第2話 合言葉は
中学に上がり、俺と京介は疎遠になった。
詳しい理由は分からない。環境の変化もあったかもしれない。そもそも小学六年生に上がった頃には教室も離れ離れで、互いに別の友達も増えたので、そう頻繁に遊ぶ機会もなくなっていた。
加えて俺自身の問題もある。中学に入ったのは両親が離婚し、母子家庭となった後の話だ。精神的に不安定な思春期も相まってか、また友達作りが上手くいかなかったのか、元々そういう気質だったのか……理由は幾つも挙げられるが、まあ、俺はありていに言えばグレてしまった訳だ。
「はぁっ」
あれから少しも変わらない『黄金色』の天上。夜になっても、秋特有の高い空はなんとなく認識できた。
そんな空の下、俺は風情も無くコンビニ前で仲間とたむろする。迷惑なのは分かっているが、半端に田舎なこの町では他に娯楽というものがない。落ち着ける場所がない。なのでコンビニの駐車スペースで数人と寄り集まって、街灯を頼りに夜の羽虫が如く賑わっている。ただそれだけだった。
こいつらとは『仲間』という程何かを共有したこともないし、下衆な笑い以上の笑顔を見せたこともない。所詮、俺が誰よりも早くグレて、中学校で早々に問題児扱いされたことで、あやかるようについてきた奴らだ。ただ、拠り所がないのも事実なのでこうして肩を寄せ合っている。
「はぁ~っ」
何度か吐息をかけて、眼鏡のレンズを曇らせる。街灯をそのレンズで通せば、乱反射により虹の輪が見えてくる。即席のヘイローの出来上がりだ。
「なぁ、そこ立ってよ」
「なんだよ界人」
仲間の一人と輪を重ねてみたが、とくにこれと言った感慨はない。黄金色の夜空を背景にしても、やはりそこに立つのは薊京介でなければならなかった。
「榎本さん、たまに変っすよね」
「なんだよ」
「いやっ、そのっ」
時折こういう投げやりな振る舞いをして、人を困らせている。別に楽しくもないし、面白くもない。当然周囲との距離は開いていく。こんなことをしているから友達ができないのだ。
「あれ、あいつ」
一人が目を細めて言った。コンビニエンスストアの自動ドアが開閉するメロディと同時だったので、期待をするほどの仲ではないにしろ、つい、なんとなく俺も見てしまった。
「京介」
その人物は、どれだけ遠くに居ようと見紛うことはないだろう。世にも珍しい艶やかな白髪に、数年経っただけでは褪せることのない色白の肌。夜だからこそ映える、限られたライティングが誇張した端正な顔立ち。彼は俺の記憶通りの美少年だった。ただ一つ違和感があるとすれば、帽子を目深にかぶり、その表情が読めないように俯いていること――いや確かに読めないのだが、それでもどこか悲しげに見えるのは気のせいだろうか。
ときめきにも似た衝動が、俺の背中を突きとばすように押した。いつの間にか、コンビニから出てきた薊京介を呼び止める形で、彼の後ろに立っていたのだ。
「か、界人……?」
そこから出てきたということは、その前に一度入ってきたということ。一度通り過ぎたところから、かつての親友である俺が出てきたのだ。彼のどもった反応も当然だろう。だが一方で俺自身も二の足を踏んでいた。
次に出る言葉が見つからなかった。なんで一緒に遊んでくれなくなったのかとか、いやその前に学校でも見かけないけど何かあったのかとか、俺はこんな感じだけど昔と変わらないんだぞとか。言いたいことは沢山あるが、整理がつかなかったのだ。
まずい。このまま時間が立って、何も言葉が出なければ京介が去ってしまうような気がする。俺は――言葉というならアレだ、と思って京介に問いかけた。
「あ、合言葉は」
遠くの駐車スペースで見守っていた不良グループは、訳が分からないと言った様子だ。大丈夫、ここなら彼らにも聞こえないだろう。ただ俺達だけが知る、秘密の合言葉だ。
応えてくれ、京介。
「えっと、その……」
「ごめん」
「……は」
しかし、俺の期待とは裏腹に彼は言葉を濁すようで、加えてその足を後ずさりさせていた。そんな筈は、と思ってもう少し、苦し紛れに待ってみたが、やはり期待した反応は返ってこない。
信じ切れず「京介……」と俺が弱弱しく一歩踏み込んだ次の時には、彼はすっかり怯えるようにしてその場から立ち去ってしまった。
「あぁっ」
「榎本さん、アイツとなんかあったんですか」
「……うるせえ」
その場で腰を落として頭をぐしゃぐしゃとする。気の毒そうな仲間達の視線が痛い。
「そんな怖いかよ……俺」
いいや、そんなことが理由じゃないことは分かる。だがあれだけ仲が良かった親友を拒絶するような事情を、こんな気持ちの中でまともに考えたくなかっただけだ。
そうしてしゃがみ込む情けない姿の俺に、仲間の一人が擁護するようにして、しかし遠慮がちに口を開いた。
「――薊京介って、確か重い病気なんだってよ」
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