第6話 エヴァン視点

 オレの名はエヴァン・フォン・アーセナル。

 歴史あるアーセナル王国の現国王の子で第三王子に当たる人間だ。

 アーセナル王国は小国ではあるが冒険者ギルド関連の産業や魔法技術において他の大国と張り合えるほどの力がある。

 そんな国の王子に生まれたオレはきっと幸せ者なのだろう。


 幼い頃から何一つ不自由のない生活を送り、面倒なことは全部他人に任せる。

 王族としての責務だってオレよりもはるかに優秀な兄さん達が優先される。

 一応『第三王子派』を名乗る貴族たちから王位を目指されてはいかがかと口煩く言われることもあるが、王位継承権第五位の俺にいったい何を期待しているんだか。


 どうせヴィレム兄さんとナスカ兄さんのどっちかが次期国王となる。

 だったらオレはなるべく目立たず、変な争いごとに巻き込まれないようおとなしくしているのが吉だ。

 ぐーたらダラけてまったりしているだけでオレはいいのさ。


 10歳のころまでは本気でそう思っていた。


「エヴァン! 今夜、ヴィレム兄さんの誕生日祝いのパーティを開いてもらえるらしいんだ! お前も来てくれよ! 一緒に祝ってやろうぜ!」


 ある夜――ヴィレム兄さんが15の誕生日を迎える記念に盛大なパーティが開かれることをナスカ兄さんが伝えてきた。

 意外かもしれないけれど、俺たち兄弟の仲は非常に良い。

 引っ込み思案でだらけ者のオレをいつも兄さんたちは気にかけてくれている


「実はでっけえプレゼントボックスを用意してもらったんだ! だからさ、それに隠れて兄さんに箱を開けさせるんだ! そしたら中から俺たちが飛び出して派手に祝ってやろうぜ!」


 俺の3つ上のナスカ兄さんはとても頭が良く、それでいてこう言ったイタズラともドッキリとも呼べるような計画を練るのが大好きな人だ。

 実際過去にもオレの誕生日の日に俺が超苦手な虫を模した変なぬいぐるみを押し付けてきたけど、実はその中身がずっと俺の欲しがっていた希少な本だったなんてこともあった。

 とても家族愛の強い人だけど、努力の方向性は少し心配だ。


「今までいろんなドッキリ仕掛けてきたけどさ! 今年は兄さんが成人する記念日だからパーティに集中できるようオレ達は出席しないって伝えておいたんだ。兄さん多分悲しむけど、これが上手くいったら兄さん喜んでくれるに違いないぜ!」


 どうせ断ったって無駄なのは分かりきっているから、オレは二つ返事でオーケーした。

 兄さんはオレなんかと違って賢いからあらゆる弁舌でオレの参加意欲を刺激してくるに違いない。

 それにオレもヴィレム兄さんは大好きだから、祝いたいという気持ちは本気だ。


 そして夜、兄さんの誕生日と成人を迎えたことを記念するパーティは盛大に執り行われた。

 箱の中はかなり窮屈で暑苦しかったけれど、ここ一番という場面でドッキリは大成功した。


「お前らなぁ……」


 他にもいろいろな演出を仕込んでいたらしく、結果としてパーティも大盛り上がりしたんだ。

 まぁ結局その後二人纏めてヴィレム兄さんに思いっきり説教を食らう羽目になったけれどね……


 その後、パーティがひと段落付いて、オレはヴィレム兄さんに声をかけられ、二人で席を外した。

 ちなみにナスカ兄さんは主犯と言うことで父上にさらなる説教を食らっている最中だ。


「まったく。ナスカには困ったものだ。あれだけの面子が揃っている中でのドッキリとは、肝が据わっているのか、恐れ知らずなのか」


「はは……」


「エヴァンもどうせアイツの口車に乗せられたんだろう? お前も大変だな、まったく」


「うっ、ごめんなさい」


「なぜ謝る? 確かにあれはまあ「問題行動だったけど、お前たちが祝ってくれたのは嬉しかったぞ? 本当にな」


「へへ、良かった」


 ヴィレム兄さんは笑っていた。

 最近は次期国王の最有力候補と言うことで忙しくしていたようだったけれど、きっと本心で喜んでくれている顔を見るとオレも嬉しくなる。


「でも! 今回は馴染み深い者しかいない場だったが、そうでない場合――例えば他国の人間との場でああいうことはしちゃだめだぞ! 父上もそう仰ると思うが、お前からもナスカによく言っておいてくれ。アイツ、お前の頼み事には弱いからな」


「はい!」


「うん。いい返事だ。それじゃあエヴァン――っ!? 伏せろ!!」


 兄さんが俺の頭を撫でようと右手を伸ばしてきた次の瞬間、オレの視界は真っ黒に染まった。

 そして――激しい爆撃音が周囲に響き渡った。

 襲い来る強烈な衝撃。兄さんはオレに覆いかぶさって守ってくれてたけど、それでも抑えきれず、二人とも激しく地面を転がって壁に叩きつけられた。


「いっ、つつ……あっ、に、ヴィレム兄さんっ!?」


「無事……だったか、エヴァン。よかった」


「兄さん! 血が……」


 何が起きたのかさっぱり分からなかった。

 でもさっきまで力強く俺を抱き留めていた兄さんは、今、力なくオレに寄り掛かっている。

 服も体もボロボロで、オレの腕には大量の血が流れていた。


「えっ、えっ……にい、さん……?」


 怖かった。

 優しくて、強くて、頼りになる。

 大好きで尊敬しているヴィレム兄さんが、とっても小さな存在に見えている。

 今手を離したら、兄さんがどこか遠くへ行ってしまいそうで。

 どうしようもなく怖かった。


「おーおー派手に吹っ飛んでくれたなァ! 流石にこれは死んだかァ?」


「おい! 長居は無用だ! さっさとずらかるぞ!」


「まあ待て待て。そう焦るなァ……せめてしたいくらい確認させてくれよ……」


 煙の中から、男が歩いてきた。

 全身を真っ黒なローブで包み、深くフードを被っていてその顔を拝むことは出来ない。

 だけどオレは直感的に察したんだ。

 これをやったのが――あいつ等であることを。


 だとしたら、許せない。

 なんでこんなことをしたのか分からないけど、大好きな兄さんを傷つけた奴を許しちゃいけない。

 オレは無理矢理兄さんを引きはがし、刺激しないように壁に横たわらせ、奴らの前へ飛び出した。


「お、おいっ!」


「あ? なんだこのガキ」


「よくも――兄さんを!!」


「コイツ――第三王子か。あれを受けて立てるとは、第一王子が庇ったか」


「よォし、こいつも殺していくか! サクッとよ!」


「ひっ!?」


 男たちは、大きかった。

 背の高い大人は何度も見てきたけど、それとは違う大きさ。

 身の危険を感じる――格上の存在を感じた。

 ヤバい。逃げないと、ダメだ。


 頭ではそう思っていた。

 だけど体は答えてくれない。 

 胸が痛いくらい鼓動し、膝はがくがくと震えて動かない。

 逃げられない。


 それでも男はおかまいなしに近づいてくる。

 その右手には刃物が見えた。

 叫ぼうとしても、声が出ない。


「――死ね」


「あ……あっ……」


「――っ! 退避だ! もう来やがった!」


 男がすぐ目の前まで来て、大きな刃物を振り上げたところで、もう一人の男が声を上げ、ものすごいスピードで男を抱え込み、空中へと飛び出した。

 オレは、動けなかった。


「大丈夫かエヴァンっ! ヴィレム兄さんは――」


「マズい! 急げ!」


 そこからのことははっきりとは覚えていない。

 爆発音を聞いて飛び出してきた人たちが一斉にやってきて、俺たちの無事を確かめた。

 オレは傷一つなかったけど、兄さんは重症だった。

 呆然と崩れ落ちるオレの体を支えてくれたナスカ兄さんの腕の隙間から見えた、血まみれで運ばれていく兄さんの姿が目に焼き付いて離れない。


 緊張の糸が解れ、限界を迎えたオレは、ナスカ兄さんの腕の中で泣いた。

 怖かった。怖くて、痛くて、苦しくて。

 そしてどうしようもなく――悔しくて。


 絶望的なまでにオレは――無力だった。





「よし。行くぞ、お前たち」


 あれから7年の月日が流れた。

 人体の急所を護る軽防具と相棒の剣を装備し、四人の部下たちと共に、その日は朝早くから出発した。

 今日の目的は我がアーセナル王国の東に位置する大森林の調査も兼ねた訓練だ。


 7年前、大胆にも王家の領域に踏み込み、オレと兄さんに向けて爆撃を仕掛けた愚か者は、次期国王の最有力候補たるヴィレム兄さんの存在をよく思わない貴族の差し金だった。

 当然その貴族には極めて重い制裁が下され、実行犯も特定し処刑された。


 だけどあの日、オレは奴らを取り逃がした。

 あの時、オレに力があれば。

 誰にも負けないくらい強い力があれば。

 ヴィレム兄さんを守り切り、奴らを取り逃がすことなくこの手で捕らえることができたはずだ。


 あの後兄さんは何とか生き延びることができたが、満足に歩けないほどの後遺症を背負ってしまった。

 泣き止まない俺に向かって、父上はこう言った。


「守りたければ、強くなれ」


 と。

 オレはその言葉が、頭から離れなくなった。


 次の日からオレは剣を学び始めた。

 周囲の反対を押し切って道場の門を叩き、特別に稽古を付けてもらった。

 それから魔法を学んだ。

 魔法なんて平民が扱う野蛮な術だというのが貴族たちの共通認識と言う中でもオレは気にせず力を求めた。


 強くなりたかった。


「ま、参りました。恐るべき成長速度――流石です、エヴァン殿下」


 ただひたすら、一心不乱に強さを追い求めて、軍の実力者にも見劣りしないほどにはなった。

 でも満足することは無い。もっと貪欲に、強さを求める。


 体が不自由になっても、人望と優れた先見性を持つヴィレム兄さんがいつかきっとこの国の王になる。

 そして頭が良く、視野の広いナスカ兄さんがそれを支えて国を運営する。

 ならばオレは、この国で一番強い戦士になって、どんなことがあっても二人を守り切れる戦士になろう。


 それが俺の見つけた存在価値レゾンデートル

 だからこそ、わざわざ身分を隠してまで冒険者ギルドに登録し、実戦の場に身を置いている。

 それ故に今日もその仕事の一環で森へと足を踏み入れることとなったのだが――


「うわああああああっっ!?」


「な、なんでこんなところに!?」


 気づけばそこには地獄絵図が広がっていた。

 現れたのは蛇のような鱗と巨大な四足の体、そして空を揺らすほどの立派な翼を持つ自然界最強の魔物――ドラゴン。

 こんなところでは絶対に出会うはずのない化け物だ。

 木々をなぎ倒しながら派手に着地したソイツは、赤色の鋭い瞳でこちらを睨んでいる。


「エヴァン様! お逃げください! ここは食い止め――ぐあっ!?」


 まず部下にして仲間の一人、ロアが奴のしっぽに弾かれ、吹き飛んだ。

 ロアは守りに特化した重装備と大盾を操る重戦士。

 大抵の攻撃では彼女に傷をつけるのは難しいはずなのに。

 まるで羽虫を払うかのようにあっという間に吹き飛ばした。


 それを見た魔法使いのファムとクリスが即座に防御用結界魔法を展開する。

 しかしそれはドラゴンの悍ましい咆哮で発生した強烈な突風であっさり弾き飛ばされてしまった。

 凄まじい風圧で大木に叩きつけられる。

 背中から鈍い痛みが走る。


 奴の首がゆっくりと上がっていく。

 すると奴の首元が赤く発色し、その光は喉を伝って口元まで移動し――激しい炎の塊となって飛び出してきた。


「きゃああああああっっっ!!」


「うがあああああっ!!」


 飛んで行った先にはファムとクリスがいた。

 慌てて結界を展開するも、瞬く間にそれは崩れ去り、激しい轟音と共に爆発した。


「ぐっ――殿下! お逃げくだ――あがっ!?」


 ドラゴンの攻撃の手は緩まない。

 あり得ない勢いで大地を踏み込むと、猛スピードで目の前まで接近し、その鋭く太い爪を振り下ろしていた。

 オレはグラムに突き飛ばされ、地面を転がった。

 慌てて荻上がった時に見えたのは、左腕が親友の体から引きはがされたその瞬間だった。


 腕を失い絶叫するグラムの腹に容赦なくドラゴンの前足が突き刺さる。

 そして邪魔者を振り払ったドラゴンは次なる標的オレを定めた。


「ぐっ……」


 一瞬のうちに訓練された兵士4人がやられた。

 もはや戦いとも呼べない一方的な蹂躙だ。

 傷だらけの部下たち。残されたのはオレ一人。


(ヴィレム兄さん……)


 蘇るトラウマ。

 あの時、オレに力がなかったから。

 立ち向かう勇気がなかったから。

 オレは今も引きずるほどの重い後悔を背負っている。


 ここで背を向けて逃げたら、またオレは後悔を重ねることになるだろう。

 そもそも無事に逃げられる保証なんてどこにもないし、逃げた先には民が住まう町がある。

 ここで王族たる俺が引き返すわけにはいかないんだ。


 そして何よりここで逃げることは、今日まで鍛錬を続けてきた自分への侮辱だ。

 あの日、“もう逃げない”と誓ったから。

 そのために強さを求めて生きてきたのだから。


 逃げるくらいなら、ここで引き返さなければいけないほどでかい傷の一つでも負わせてから死んでやる。

 覚悟を決め、剣先を奴の視界に突き付けた。


「うおおおォォッッッ!!!」


 力強く地面をけり上げ、オレはドラゴンへと立ち向かった。




(……ここ、どこだ?)


 何も見えない。何も聞こえない。

 視界は真っ暗闇に閉ざされていて、何も感じ取ることができない。


 あ。

 身体……どこいった?


 腕。動かない

 足。動かない。

 首。起こせない。


 それどころか、どこにあるのかすら分からない。


 今、オレの周りには黒しか存在していなかった。

 冷たい。暗い。恐ろしい。

 何も感じず、何もできない。


 どうしちゃったんだろう。オレ。


(……そうだオレ、ドラゴンと闘って、負けたんだっけ)


 いくら徹底的に鍛え続けたとはいえ、ドラゴンに一人で挑んで勝てるはずがない。

 負けて当然。死んで当然だ。

 でも確か、オレの記憶が正しければ、俺の剣は奴の胸に一発大きな切り傷を刻み込んだはず。

 それで奴が暴れ狂い始めて、手が付けられなくなって、オレは激しく吹っ飛ばされたんだっけ。


 でも意識を失う直前、奴が苦しそうに咆哮し、飛び去って行くのが見えた。


(なら……引き分けだな)


 へっ、ざまーみろ、ってやつだな。

 お前はオレにとどめを刺せなかったし、その先へ進むこともできなかった。

 なら引き分けだ。実質オレの勝ちともいえる。


(ヴィレム兄さん、ナスカ兄さん、みんな。ごめん。オレ、帰れないや)


 いろんな世話になった人の顔が浮かんでくる。

 これが走馬灯と言うやつなのだろうか。

 ああ。

 どうせなら国を守った英雄として称えられるような死に方がしたかったなぁ。


 でもまあいっか。

 ドラゴンが王国へ攻めてきていたんだったら、そいつを中断させた俺は実質国の危機を救ったんだ。 

 そういうことにしよう。


 なんというか何もかも中途半端だったけど、まあ国のために――兄さんのために死ねたんだったらいいや。

 来世はもう少し強くて才能のある奴に転生できたらいいな。

 それじゃあおやすみ、にいさ――


(――ダメです!!!)


 え?


(死んじゃダメです!!)


 誰だ!?

 いったい何を言って――


(絶対に死なせない! 今度こそ、絶対に助けて見せる!)


 ……誰かが、オレに呼び掛けている。

 生きろ。死んじゃダメだ、と。

 そんなこと言ってももう無理だ。

 こんな薄暗い世界で、動かない体に閉じ込められて。

 もう役目を果たしたんだから、楽にさせてくれよ。


(――お願いです。戦ってください! 生きることから、逃げないでください!!)


 ――っ!!


 オレが、逃げている? 

 戦わずに、逃げている?


(手を、伸ばしてください。お願い。私の手を――)


 気づけば真っ暗だった世界に、ぼんやりと小さな光が見えた。

 緑色の、か細い光。

 それはオレの頭上をぐるぐると回ると、やがて目の前で止まった。


 目の前にあるハズなのに、眩しくない。優しい光だ。

 それはやがて手の形へと変化した。


 その光はとても不安定だった。

 今にも崩れ落ちそうな、頼りない光。

 オレが両手で覆ってやらなきゃ、すぐにでも散ってしまいそうだ。


 ――生きることとは、戦い続けることだ。


 師範の言葉を思い出した。

 剣を執るということは、生きる覚悟を決めること。

 何があっても最後まで生き延びて、その信念のために戦い続けると誓うことだと。


 ――‪お前オレ‬は、何を恐れているんだ?


 何が兄さんのために死ねてよかっただ。ふざけるな。

 勝手に逃げ道ゴールなんて決めて、戦いから逃げてるだけじゃないか。

 オレはまだ、生きたい。

 もっと強く、戦いたい。


 オレはその光にないはずだった・・・手を伸ばした。

 光を求めて。生きることたたかいを求めて。

 オレが手を伸ばしたその光は眩い光で全てを包んで、オレの世界を満たしていった。


「よかった……生きてて、よかった……」


 気づけばオレは、死の世界から抜け出していた。

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