第31話「決意」
どうも、(脅迫の末)婚約が確定した兎です。
やべぇ奴に捕まったが、そのおかげで坊っちゃんのある程度の居場所は絞られた。
俺の群れがいた所とは大きく離れて、奥に奥に進んでしまっていた様子。ナディアに頼んだのは結果的に正解だったな。
アイツが言ってたけど、居場所がわかったって事は魂が無事って事だから、まだ生きてる証拠らしい。少しは重たい気分も晴れたっつう訳で、今俺は改めて森の中に足を踏み入れていた。
周囲は既に暗くなっている。いくら夜目が効くとしても、変に走り回ったら迷子になりそうだ。
しかしここは生まれ故郷。土地勘はあせてねぇ。
経験を頼りに、教えてもらった場所まで急ぐ。
ギルネコとナディアは人手を確保してまた来てくれるそうだ。頼もしいことこの上ないぜ。
『後は、坊っちゃんが怪我してなけりゃあハッピーエンドなんだがな……っと!』
もう少しで、ナディアに指定された範囲に来るんじゃないだろうか?
俺は倒れた丸太を飛び超えながら鼻をひくつかせる。
坊っちゃんが近いのならば、匂いがするかもしれない。
『……獣臭いな』
しかし、漂ってきているのは、血生臭い獣の匂い。これほどまでに濃く残っているのは、この森でも珍しい。
つまり……この辺に最近まで、肉食の獣がいたわけで。
『おいおい、頼むぜ……』
焦る気持ちを抑えながら、獣の匂いが薄い場所を探す。
何かに鉢合わせしないように、慎重に。
一度草むらに隠れ、耳をすませる。虫の声が心地いいが、今はそんなもん聞いてる場合じゃねぇ。
気配を探るんだ。それが結果として手がかりになる。
「……フスッ」
感じた。
ここからそう離れてねぇ場所で、何かが動く音。
今の俺には、確認しないという選択肢はない。ハズレでも、見に行かにゃあならん。
『頼むぜ、一発ツモしてくれよ……?』
今度、麻雀でもナディアに教えてやるか。そんな現実逃避をしながら、俺はそっちに足を運んだ。
◆ ◆ ◆
さってと、お目当ての場所は、小さな洞穴かい。中で音が反響したから、俺の耳に入ったんだな。
ん~、鬼が出るか、蛇が出るか……。
『……もしも~し』
坊っちゃんだったら反応してくれることを祈って、念話をしてみる。
しかし、返事はない。
『……お~い?』
今度は、魔物用語。
これで話のわかる魔物なら、質問してみよう。
「っ」
『お』
反応あり。
洞窟の中で、もぞりと何かがうごめいた。
小さなシルエットだな。あのくらいの大きさなら、交渉できそうか?
俺よりは大きい、がっしりした体格。
タレ気味の耳、尖った角。
……んん?
なんか、見たことあるシルエットなんですが……。
『……兄貴?』
『おま……』
『兄貴ぃぃぃぃ!!』
『す、スケ!? 何して、ぶへぇぇ!?』
俺は、そいつに思い切り抱きつかれ、潰された。
図体ばかりでかくて、情けない声のあんちくしょう。
角兎のスケ。俺の弟分が、何でこんな所にいるというのか!?
『良かったよぉ! 兄貴が来てくれた! あ、あっし、もうどうしていいかわかんなくて……!』
『落ち着けってぇの! なんだってお前、こんな所にいやがる! 群れの皆はどうした!』
『へ、へぇ、群れの皆はミトと、アーキンって娘っ子が見てくれてるはずでさぁっ』
『なにぃ? ……おい、詳しく聞かせろ』
俺が凄むと、スケはビクッと体を震わせる。
しばらく言葉を探していたようだが、背中をポンポン叩くと落ち着いたように体を震わせる。
『ひ、ひとまず、見てもらった方が早いはずでさぁ。兄貴、こちらへ』
『……あぁ』
洞窟の中に案内され、その後ろをついていく。
メガネの話題が出たって事は、やっぱり坊っちゃん達は群れの皆と一緒にいたんだな。
でも、それだとなぜスケが離れてるのかがわかんねぇ。
この先に、その答えがあるっていうんなら……。
『……先程、ようやく寝付いてくれやしてね』
『な……』
洞穴の中腹。
そこには、臭い消しの葉っぱが積まれていた。
否、それは積んでいるわけではなく……包んでいるのだ。
何をって?
畜生め。お約束だよ。
『坊っちゃん!』
『お、起こしちゃかわいそうですぜ! 走り通しだったんでさ!』
坊っちゃんは、ほんのわずかに聞こえる寝息を立ててそこにいた。
銀色の髪と、陶磁器のような肌は、今はくすんでいて見る影もない。
寝ていると言うが、眉間にシワが寄るその表情は、どこか辛そうである。
血の匂いは、しない。しかし、どっかが痛むのだろう。
『……スケ、いったい何があったってんだ』
『へ、へぇ……あっしが悪いんでさぁ。あっしが、もっとしっかりしてりゃあ……』
『御託はいい。さっさと喋りな』
『っ、へぃ!』
スケが言うには。
坊っちゃんは、メガネを連れて昼頃に群れの皆に会いに来たらしい。
スケとガキ共は、坊っちゃんが俺の主だと認識していたそうで、すんなりと2人を歓迎したそうだ。
ふわふわモチモチと遊んで、2人は大層ご満悦だったという。
しかし、そんな中で、1つのトラブルが起こった。
蜜の実を作る為に、木の実を集める練習をしていたガキの一匹が、迷子になったのだという。
越冬の為には必要な知識と経験だけに、子供にも率先してさせていたのだとか。……まぁ、それは確かに必要なことだと言えるが……客人のもてなしで目を離しちまったんだな。
『お二人は、言葉も通じねぇってのに迷子だと察して、協力を申し出てくれたんでさぁ』
『あ~……まぁ、少なくとも坊っちゃんなら首突っ込むなぁ』
迷子の子供は、森の中腹で見つかったという。
メガネがそいつを発見し、胸に抱いて連れてきたのだとか。
しかし……そこで、出会ってはいけない奴に出会ってしまったのだという。
「グルォォォォォォォ……!」
『うぉっ!?』
『っ、まだ諦めてねぇんですかい……!』
スケの説明中、咆哮が響いた。
そう近くもねぇ距離だが……それでも耳に響くこの声量。
『……まさか……
『そのまさかでさぁ……運悪くあいつと出くわしちまいまして』
そいつは確かに、運が悪い。
たしかに冬の前の赤毛熊は、脂肪を蓄える為に遠出して飯をかっ食らう。
とはいえ、基本的にはテリトリーからそんなには離れないはずだ。
だから、森の中腹で会ったってことは……たまたま食い物にありつけなくて更に遠出したか、縄張り争いに負けて逃げてきたかになる。
どっちにしたって、イライラしてる状態で出会ってしまった事だろう。
『テルムの旦那は、アーキンって娘と子供を守る為に、囮になってくれたんでさぁ。あっしもミトに群れを任せて、旦那のお手伝いをしてたんですが……旦那が足を挫いちまいまして。いよいよ体力もやばくなってきたんで、ここに身を隠してたんで』
『……なるほどな』
坊っちゃんの行動は、手に取るようにわかる。
なまじ坊っちゃんは腕が立つからな……自分を囮にしつつ、細かい攻撃で気を引いて、赤毛熊を怒らせてここまで逃げてきたのだろう。ヘイトを稼いで、赤毛熊が群れに向かわないように。
しかし、その途中で足を挫いてしまう。そうなると、赤毛熊の相手は難しい。
結果として逃げるしか手はなく、今に至る……と。
『……なんにせよ、今までよく持ちこたえたな。よくやった、スケ』
『そんなっ、あっしは何にも!』
『いざという時、側にいねぇ契約獣よりはるかにマシな仕事だぜ。胸を張りな』
『あ、兄貴ぃ……』
さて、そうなると、どうするか。
赤毛熊はまだうろついているだろう。あの獣臭さの理由がようやくわかった。
そうなると、この洞穴も見つかるのは時間の問題だ。
時間を稼ぐ事ができれば、ギルネコ達が人材派遣してくれるかもしれないが……その前に鉢合わせたら目も当てられねぇ。
「ん、ぅ……」
「……フス」
坊っちゃんが小さく呻く。
俺はその顔を撫で、頭をポンポンと叩いた。
それで軽く落ち着いたのか、坊っちゃんはまた寝息を立てる。
赤毛熊の咆哮でも起きれないくらいに疲れるまで、走り回ったんだな。
『……しゃあねぇなぁ』
こんなガキが、女子供と獣風情を守る為にここまで全力出したんだ。
だったら、ケツ拭いてやるのが大人の努めってもんだろう。
『スケ』
『へ、へいっ』
『赤毛熊が遠ざかった気配を感じたら、すぐに坊っちゃんを起こして群れまで移動させろ』
『で、でも旦那は足が……』
『なぁに、歩いてたってやっこさんは坊っちゃんの方に来やしねぇよ』
『ぇぁ……?』
怖ぇなぁ。
けどまぁ、仕方ねぇわな。
『なんたって……食いでのあるデブ兎が、尻振って目の前を逃げ惑うんだからなぁ。そっち追うだろ、普通』
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