第21話「ビジネスと信頼関係」
せんべいをかっ食らっているくま子は一旦置いておくとして、俺たちは今回の本題に入ることにした。
ずばり、新しいギャンブルの提供である。
もはやこの町、賭場を公式化してギャンブルを主軸に回したほうが良いんじゃないだろうか?
『んじゃ、早速紹介して行こうかね』
『んふふ、楽しみだねぇ』
『今回は変に儲けが偏るような奴ではないじゃろうな?』
そこんとこは心配いらん。今日のギャンブルは、なるべく均等な奴にしたからな。
俺はもふもふの毛の中から、とある品を取り出す。断じて肉からではない。
それは、羊皮紙を簡単に丸く切って、真ん中に串を通した代物だ。
『なんだいそれは?』
『これか? コマだよ』
『にゃー? 貴重な羊皮紙で出来とるのう』
『おう、重ねて接着してるからソコソコ金かかってるぞ。適当にちょろまかして作った』
『『外道だね(じゃな)』』
『うるせぇわ』
コマには、黒と白に交互に塗られており、そこに数字が書いてある。
黒と白、それぞれ1から5までの数字だ。
これを見たのなら、同郷者は簡単に理解できる事だろう。
『とにかく、今回やるのは
『るーれっと、ねぇ』
『そりゃあコマって名前じゃないんか?』
『コマはルーレットの概念を説明する為に作った教材だよ』
『ほぉん……』
なんかギルネコは着眼点がずれてんな。まぁいい。
ルーレットは単純明快。色や数字を当てるゲームだ。
回転する円形の盤上を玉が転がり、その結果としてとある一点に着弾する。
それが黒なのか白なのか、はたまた何の数字なのか、それを考える。
まぁ、やってみるべ。
『じゃあ、この小石が目盛な?』
『ふむふむ』
『んで、コマを回す。本当ならこのコマの上で更に玉が回るんだけど、今回は簡単に目盛制でいくぞ』
『なんでもいいから早くおしよ』
『おう。んじゃあ手始めに、このコマは、黒に目盛がとまると思うか? それとも白か?』
俺の質問に、ナディアは「そういうことかい」と笑い、黒を選択した。
ギルネコは無言。参加しないんか。
『んじゃ、回すぞ~』
両足でテシッとコマを掴み、摩擦で火を起こすアレみたいに回す。重心も上手く安定しており、綺麗に回転してくれた。
ナディアは感心したように声を出し、ギルネコは目を見開く。
やがてコマは回転を衰えさせ、軸をブレさせていく。
『っとと、そりゃずれるか……まぁ、目盛に指定した石から近い目が当たりだからな?』
『となると……ふふ、黒の4ってわけだね?』
ナディアの言う通り。目盛石から最も近いのは、黒の4番であった。
つまり、黒を選択したナディアの勝ちという事だ。
『この場合、単純に色を選ぶだけなら2つに1つ。確率は半々だ。つまり、倍率は低い。当然だな』
『色に関係なく、数字を当てにいく事もできるんだね? このコマには1から5まで書いてあるから、この場合5分の1……色を当てるよりも倍率が高い、と』
『そうだな。そして当然……』
『色と数字を当てる、一点張りが最難関……最高倍率ってわけかい』
流石、理解が早い。
このギャンブルは、複数人がまとめて賭けるが、それぞれがディーラーと一対一だ。
負けたら当然没収。勝てばその場で有り金が増える。
客と客とが争う心配はほとんどない。わりとクリーンな部類のギャンブルと言えよう。
『ふぅん……もちろん盤はでかく、数字は多くするとして……さっきは、玉を転がして遊ぶって言ってたね?』
『あぁ。それぞれの数字の場所に溝を作って、そん中に勢いが落ちた玉が入るんだ。回転する盤と、転がる玉を見つめるヒリヒリ感を味わうんだよ』
『いいじゃないか。是非職人に依頼して盤を作って貰うとしよう』
このルーレットに、ナディアはご満悦だ。何度もコマを回しながら、確率の計算なんぞ始めている。
気に入ってくれたら何よりだが……。
『一応言っとくが、法外なオッズはだめだからな』
『心配するんじゃないよ。一番信用のある賭場に置かせるさ』
『ホント頼んだぞ。約束破ったらもうアイディアあげねぇからな』
『怖い怖い。それはゴメンだから必ずそうさせるさ』
うん、これで大丈夫だろ。
坊っちゃん達に話は通してないが、まぁ一個くらいギルドオリジナルがあってもいい筈だ。
うん、そのはずだ。そう思っておこう。
『……のぉ、ところでカク』
『あん?』
と、ナディアとの会話が途切れた所で、ギルネコが割って入ってくる。
何だ? やっぱりルーレットダメだったか?
『いや、ルーレットに関しては別に良い。割と公平であったしの』
『俺顔に出てた?』
『口から出とったわい。それよりも、これじゃこれ』
そう言ってギルネコが前足で包むのは、ころりと転がるコマである。
『コマがどうかしたのか?』
『こりゃあ、紙だけじゃ無しに、いろんな材料で出来るもんじゃろ?』
『そうだな。これは軽いから指で回せるけど、木とかで作った奴は紐巻いたりして遊べるぞ』
『なるほどにゃ……ちなみに、これもご家族には見せたんかのぉ?』
『坊っちゃんに作ってもらった。つまりは共犯』
そこまで聞いて、ギルネコは思い切り舌打ちを打った。なんだよ、感じ悪いな。
コマがどうかしたんか?
『となると、兄君にご挨拶に伺わんとならんのぉ。こりゃあ、工芸品としてはいい線言ってる玩具じゃわい』
『……あぁ、コマ売る算段してたのか!』
『当たり前じゃ。初めて見る玩具じゃぞ? 職人達に作らせれば市場のバランスを取りやすくなる! 食文化と娯楽はまた加速するだろうし、こういうので職人達にテコ入れせにゃあ……!』
お、おう、たくましいなぁコイツ。
まぁ、坊っちゃんと話が通れば問題ないだろうし、別にいいんじゃね? 知らんけど。
「ぐぉ~……ふしゅるるる……」
俺たちがここまで話したところで、後ろからいびきが聞こえてきた。
振り返ると、くま子が少し膨らんだお腹を上下させながら寝ているのが見える。あの上に寝転がったら、絶対気持ちいいだろうな。
気づけば、せんべいは無くなっていた。あの山を、ほとんど1匹で食べたんか。
昼間とはいえ、秋空の下でこんな無防備に……風邪ひかんか? ……いや、この毛皮でそりゃ無ぇか。
『それじゃあ、早速情報を上に持ってかせてもらうさね』
『んにゃ。ワッシはくま子が起きるまで見とるよ。おみゃあらはさっさと行くとよい』
『そうか? じゃあお言葉に甘えて先に帰るわ』
ギルネコがいるならくま子は心配いらねぇだろ。
俺も後は帰って飯食って寝るだけだ。そして昼に起きて飯食ってまた昼寝するんだ。
あぁ、素晴らしきかな異世界ペット生活。
『んじゃな~』
『今度顔を出させてもらうからの、兄君に伝えといて欲しい』
『あ~、うんわぁった~』
覚えてたら伝えておこう。
集会場の塀を飛び越えながら、俺は帰路につくのであった。
『……あれは絶対伝えんな。手紙を送るかのぉ』
◆ ◆ ◆
『うるわしの~我が家~。愛しの~、ベッド~』
酒に酔ったような調子でフラフラと歩く。
この世界の暑さは尾を引くことなど無く、見事な判断で撤退せしめている。後は心地の良い涼やかな風が吹く清涼な空間が残るって寸法だ。
その風が木々を揺らし、まるで俺が歩く後ろから小人の大群が追い抜いて行くかのような錯覚を覚える。
『……んぉ?』
ふと、屋敷が見えてきた道すがらにて。俺の視界が人影を捉える。
一本の木の下に腰掛け、瞳を閉じ、自然の旋律に耳を傾けるオーディエンス。
こんな所でこんな事して、こんなに絵になる男は、俺が知る限りでただ1人。
テルム坊っちゃんが、そこにいた。
「……フスッ」
俺はそんな坊っちゃんに近づき、隣に腰掛ける。
坊っちゃんは瞳を開けない。しかし、わずかに腕を動かし、俺のスペースを作ってくれた。
だから、遠慮なくそのスペースに体を詰め込み、密着する。
「……おかえりぃ」
『おう』
「お友達と一緒の時間、楽しかった?」
『あ~、まぁそだな。せんべいは好評だった』
「あはは、よかったぁ」
どちらともなく語り出し、適当に相槌をうち、適当に笑う。
遠慮も心遣いも謙遜も自慢もない、ただただ適当な時間。
『……ってわけで、気づけば全部くま子の腹ん中よ。あいつは何だな、絶対将来はギルドの財政を崩壊させるぞ』
「あはは、支部長がいっぱい稼がないとねぇ」
『つっても、この町でそんな冒険者が活躍出来る機会あんのか?』
「さぁてねぇ……」
そんな適当な時間が、何とも心地いいもんで。
なんだかんだで、俺はこの人と一緒にいるのが一番好きらしい。
「……ねぇカク?」
『あん?』
「今ねぇ、ホーンブルグとノンブルグ、結構忙しいみたいなんだよね」
『そうだなぁ』
「お米のメニューは開発され始めたし、職人達は一般の家庭に釜を作ろうとしてくれてる。盗賊ギルドは前以上に領主家とコンタクトを取ってくれるようになったし、商人ギルドは頻繁に屋敷に足を運んで商談してる」
はたから聞けば良い話だ。だが、すなわち坊っちゃんやおっさんがスゲェ忙しいって事だわな。
『ご苦労な話だねぇ……俺ならそんなに忙しい日々はゴメンだね』
「あはは、カクがこの状況作ったようなもんじゃない」
『知らねぇよ。俺がタッチしてんの米関係ぐらいじゃねぇか』
「ひどいなぁ、少しくらい手伝ってくれてもいいんだよ?」
『断るわ~。俺には向かん。以上』
「あっはははっ」
しばらく坊っちゃんの笑い声が響き、俺はそれを聞きながら鼻をひくつかせる。
一陣だけ強めの風が吹き、木々を薙いだ。
俺の耳が揺れ、坊っちゃんの前髪がなびく。
「……ありがとね、カク」
「……フス?」
ふと、坊っちゃんの方を見る。
いつの間にか坊っちゃんの顔は俺に向いており、お互いの視線が交差した。
「カクが僕の契約獣になってくれたから、僕はこうして毎日を楽しく過ごせてるよ」
『……忙しいって愚痴ってたじゃねぇか』
「あはは、そりゃ忙しいけど、逆にさ……前が暇過ぎたんだぁ」
契約する前の話か?
率先して聞いたことはねぇ話題だ。
「この領地って、田舎なんだけどさ。そこそこ賑わってる部類の田舎なんだよね」
『……だな』
「だけど、この町の経済は問題なく回ってた……これってつまり、お父様の手腕が凄く良いってことじゃない? だから、さ。僕の出る幕って、正直無かったんだぁ」
さもありなん。あのおっさんはああ見えて、結構やり手だ。
その手腕は高めることよりも、維持する事に向いているって本人が言ってたがな。
「お父様が領主としている限り、この領地に冬はこない……そう言われてた。そんなお父様を誇りに思ってた」
『今もだろ?』
「もちろん。……けどさ、そんなお父様の作ってきた町を、僕が継ぐ事を考えたらさ?」
『あ~……こえぇな』
「だよねぇ~」
わかるな、それ。規模は違うけど。
前任者が優秀であればあるほど、後継は辛いものがある。
「あの人はできたのに」。「前はこんな事しなくてよかったのに」。
往々として、人とは何かと何かを比べたがる生き物だから。
「だから、ね。僕、自分からこの領地に関する事はあんまり口出ししないようにしてたんだぁ。ひたすら剣の訓練! お勉強に、狩りのお供!」
『ど~りであの強さと賢さだよ……』
「……そんな毎日だったからさ。今がありえないくらい忙しくて、凄く楽しいの」
米の新要素、発見。
稲作。
ギャンブルの考案、そして商売。
新メニュー開拓に、各ギルドとの交流。
なるほど、思えばこの何ヶ月かで色々してきたもんだ。
『……まぁ、忙しかったのは認めるわ』
「でしょ? これ、カクが来てくれたからなんだよ?」
「……フシッ」
「カクが僕に教えてくれた。カクが僕に譲ってくれた……本当は、僕の手柄じゃない。だけど……」
『なぁに言ってんだ』
「ふえ?」
なるほどな。
ありがとう。そして「ごめんなさい」ってか?
『ぶぁ~か』
そんな事言わせてなるもんかい。
『俺は、坊っちゃんと一緒ならなんっもしなくていいから一緒にいんだよ。異世界転生? 内政チート? 知るかって。知らねぇよ。そんな事より寝て暮らしたいわ』
「あ、あはは……カクらしいねぇ。ちーとはよくわかんないけど」
『だろ? 俺はそれが基本なの。基本役に立たないの! だからよ……』
坊っちゃんの横腹を軽く角で突く。
気にすんな。照れ隠しだ。
『……そんなダメな契約獣を上手く使えてるって事で、坊っちゃんが凄い……ってことじゃね?』
「…………」
あぁぁぁぁ! 恥ずかしい!!
柄じゃねぇ、柄じゃねぇぞ!
何なのこの最終回手前で和解する相棒同士みたいな会話!
ないわー、マジないわー!
「…………カク」
『っだぁ! 以上! だから全部坊っちゃんの手柄! 俺は知らん!』
「……ふふっ」
やめろ、その華が咲くような笑顔をやめろ! こっ恥ずかしい!
俺は無理やり立ち上がり、鼻を鳴らして屋敷に逃げる。
ノシノシ歩き、その場を離れ……
「そんなダメ契約獣を上手く使えてる、坊っちゃんが凄い……ふ、ふふ、かっこいい~……!」
『おうジョトだコラァ! 喧嘩売ってんだな? そうなんだな!?』
「や、止め、今止めて……んふふふふ……!」
『あああああああ!! なぁにマジウケしてんのキミぃぃぃぃ!? もう許さん、泣いて土下座するまでつつく!』
「あははははは! ご、ごめ、あははははは!!」
『逃げんなやこらぁぁぁあああ!!』
走り出す坊っちゃん。追いかける俺。
クソ、励まして損した。
……まぁ、笑い方がいつもの感じになったから、別にいいんだけどよ。
「あはははは! あはははは!!」
「フシャー!!」
それはそれとして、泣かさんと気が済まんわぁ!!
「あははっ! はぁ、ふぃ……んふ、カク」
『さぁ追い詰めたぞ。今から少年誌には載せられないようなすんごい事してキャンと……あ?』
「ありがとねぇ」
……ふん。
『ありがとうで許されると思うなよ~!』
「きゃー! あははは!」
とりあえず、くすぐりで勘弁してやるとするかね。
―――――――――――――――――――――――――――
※兎貴族をご覧になってくださっている皆様、いつもありがとうございます。
作者のべべから、一点のご報告をさせていただきます。
この度、「幕間2」の章にて、一話分の抜けがあった事が判明いたしました。
タイトルは、17話「デヴvsチビ」。一話完結のお話になっておりますので、是非とも読んでいただければと存じます。
ではでは、これからもお楽しみあれ~
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