第18話「もふもふ集会」

 

 夜の街というのは、なんとも背徳的な響きを感じさせるものだ。

 昼の活気とは打って変わって、酒場からの喧騒が騒音の大半を占めている。

 明かりは少ない。この世界には魔法具こそあれど、その属性によっては大変貴重なものである。

 光の魔法具を町全体に設置なんて、町民全員のへそくりを出し合ったって、買えるかどうか怪しいもんだ。



『さってと、この辺だったよな』



 そんな夜のホーンブルグを、俺は1人で歩いている。

 坊っちゃんは目下お休み中だ。子供は夜寝る、これ当然の摂理である。

 俺は大人な上にペットなので、夜更かしして昼まで寝てたって許されるのだ。これもまた当然と言えよう。

 さて、そんな俺が、なぜこんな夜の町に足を運んだかと言うと……。



『んにゃ、やっと来たのぉ』


『おう、待たせたな』



 コイツに呼ばれたからだ。

 街角の簡素な路地。家の前に立ててある樽の上に寝転んでいるのは、最近よくツルムようになったギルネコだ。

 なんでも、俺をほっといたら嫌な予感しかしないとか訳わかんねぇこと宣って、町に降りたら必ずと言っていい程一緒に行動してくる。

 まぁ、こいつといるのは楽しいから別に良いんだがな。



『んで、なんでまた俺を呼び出したわけ? おっさんに許可取って、坊っちゃん達に内緒で抜け出してくんの結構大変だったんだけど』


『なぁに、今日はおみゃあに紹介しておきたい事柄があったんでのぉ』


『あん?』


『警戒せんでもえぇ。おみゃあにも利になるもんじゃからの』



 それだけ言って、ギルネコは樽から飛び降りて地面に着地する。音も無い、実に優雅な挙動だ。

 この前俺がこれやったら、肉がはずんだってんでチビっ子に爆笑されたんだよな……コイツの無駄なスタイリッシュさが恨めしい。



『おい、さっさとついて来ぃ』


『チッ、わぁったよ。なんだってんだまったく』



 ぶつくさ言いながらも、俺はギルネコに付いていく。

 コイツはなんのかんのでこの町の顔みたいなもんだからな。言うことを聞いてて損という事はない。

 路地裏に入り、細い道を進んでいく。



『今日おみゃあを呼んだのは他でもない。会わせておきたい奴らがおったんじゃよ』


『へぇ、彼女でも紹介してくれるってのかい?』


『惚れたんなら口説いてみるのも一興じゃの? 雌もおるでにゃあ』


『ハッ、そうかい』


『なんにせよ、おみゃあはこの町で暮らしてる魔物達と顔を合わせるべきと判断したんじゃよ。そいつらもまた、冒険者ギルドや盗賊ギルドに厄介になってる奴らじゃからのぉ』



 ……なるほどねぇ、やっぱりあるんだな。そういうギルドも。

 冒険者ギルドはわかる。この世界の治安を考えれば、魔物を相手にどんぱちやって金もらう職業があってもおかしくないからな。当然、この町が田舎とはいえ、数人くらいの冒険者はいるだろう。


 問題は盗賊ギルドだ。詳しくは知らんが、生前の知識や名前の語感からして、この町の裏稼業を仕切ってんのは間違いない。

 だったら、確かに顔を会わせておきたいな。これは願ってもない話だ。



『ほれこっちじゃ。早ぅ来ぃ』


『へいへいっと』



 裏路地を迷いなく進んでいくギルネコの後ろを、えっちらおっちら付いていく。夜目が効くとはいえ、俺は猫程の運動神経は持ち合わせていない。

 早く目的地についてほしいもんだ。これで屋根の上登るとか言われたら、俺はUターンするぞオイ。



『この屋根の上ぇ登って行くぞい』


『また後日にさせてください!』


『にゃにぃ!? ちょ、待たんかぁー!』



 二分で捕まった。ネコの狩猟本能怖い。





    ◆  ◆  ◆





『まったく……ここじゃ、ここ』


『わ、わかったから、もう尻を押すな……もう逃げない、逃げないからよぉ』



 屋根の上とか塀の上とか渡っていった先には、夜風の気持ちいい空間が広がっていた。

 家々が連なった場合に発生する、僅かな隙間。まるで町の中にある、四角く切り取られた隠し部屋だ。

 その中でも特に広い場所がここなんだろう。夜空が見え、かつ建物があるが故のビル風によって、なんとも居心地の良い立地となっている。



『よぅ、来たみたいだねぇ』


『遅いよー! 待ちくたびれちゃった!』



 そこには、2匹の魔物が待ち受けていた。

 ……待ち受けて、うん、いるんだけどさ……。



『ギルネコ。悪い事はいわねぇから帰ろう』


『今更なに言っとんじゃお前』


『うっせぇ! デケェよ! デカすぎんだよ! 想定の倍を超えてきたわ!』



 そう、目の前にいるのは、坊っちゃんをゆうに上回る巨体であった。

 夜の暗さであっても映える、真っ赤な毛皮。丸太のような腕に、俺くらいは丸呑みしちゃえそうな大きな口。

 森の中でも頂点に君臨する、絶対王者……赤毛熊レッドベアその人(熊)であった。

 大きさ的には子供だろうが、それでもヤバイやつであることに変わりはない。



『どうしたの~? こっちおいでよー!』


『ほれ、あいつは何もせん。観念しぃ』


『観念って言った! 諦めろってか!? 命を!』


『うるさい男だねぇ……』



 赤毛熊の横にいるのは……こっちは小せぇな。というか、お仲間じゃねぇ?

 角こそ無いが、見た目はスリムなラビットボディ。

 特徴的な点と言えば、二本足で歩いているということだろうか?

 端的に言えば、人間に近い形状の兎であった。扇情的なラインをしていて、どこかエロい……なんていう種族なんだろうな。



『はぁ、埒が明かんわい。慣れるまではこんまま話すとするかの』


『肝が小さいもんさね。コイツが本当に例の角兎なのかい?』


『スッゴク頑張ってるんだってねー!』


『例のかどうかはさておいて……まぁ、はい。肝の小さい角兎こと、カクです。どうも』



 2匹の魔物に自己紹介し、ようやく始まる魔物の集会。

 こいつら、名前をそれぞれ「くま子」と「ナディア」って言うらしい。

 ナディアはまぁ、いいとして……くま子って、お前……それでいいのか?



『さて、今回アタシらは、挨拶も顔見せもしないアンタに見かねてここに呼びつけたわけだが……』


『え、なにこれ校舎裏なの? 事務所に連れ込まれた系なの?』


『訳わからんこと言うでない。ワッシが仲介になっただけじゃよ』


『あはは、君面白いねー』



 つまるところ、この2匹が俺に興味を示して、ギルネコに頼んで呼びつけたと?

 やっぱ校舎裏じゃん……!



『まぁ、アンタが冒険者ギルドにも盗賊ギルドにも行く環境にないってのは理解してるさ。だからこうして会ってんだからね』


『うんうん! ちなみに、くま子が冒険者ギルドでお仕事しててー、こっちのナディアが盗賊ギルドにいるんだよー』


『へぇ……まぁ、会ったからにはよろしくだわな。今後もご贔屓に』


『軽い奴だねぇ』


『にゃっはっは。まぁコイツはこういう奴なんで気にするでないわい、2人とも』



 それからは、俺にとっては実りのある話が続いた。

 冒険者ギルドでは、ホーンブルグとノンブルグの間にある道の警備を率先して行ってくれるから魔物の被害は滅多にないだとか。

 領主の統治がちゃんとしているから、盗賊ギルドとしても犯罪に走る奴らが少なくて助かってるだとか。

 特に、冒険者達やギルド職員から米は大変人気になっており、はやく収穫して広まらないかと切に願われているそうだ。



『米ねぇ……それも金になるだろうが、アタシとしちゃあ他に気になる所があるのさ』


『あん?』


『アンタの考えた、2つの博打さね。あれの権利で領主様もずいぶん儲けてるらしいじゃないか』


『あ~……ワッシとしては、頭の痛い話じゃのぉ』



 あぁ、インディアン・ポーカーとチンチロリンな。

 確かにまぁ、あれでアッセンバッハ家はいい感じに潤っているらしいが……。



『あれでアタシらが管理してる賭場も充実しててねぇ……どうだい、他にも良いアイディアないのかい? 言い値で買わせてもらうよ』


『あー! くま子ねくま子ね、美味しいご飯教えて欲しいー!』


『ふざけるでないわ! 今出回ってるやつがもう少し市場に馴染んでからでないと許さんからな!』


『お、おう、いやどうでも良いけどよ……ギルネコが言うなら止めとくわ』


『『ぶーぶー』』



 なるほどな、コイツら俺がなんかネタ持ってんじゃねぇかって考えてた訳だ。鼻がいいな。

 確かに、まだ前世の知識を扱えばやれそうな事はいくらかある。

 けど、俺にメリットがねぇのにそれを教えることなんてあるわけがない。当然黙秘だ黙秘。



『良いじゃないかい、少しくらいさ? 今なら高値で買い取るよぉ?』


『金なら家にあるし、どうせ俺は管理できんしなぁ』


『じゃあじゃあ、くま子がギューッてしてあげる! ふかふかで気持ちいいって言われるんだよー?』


『いやいや、俺がお前に抱かれたら熟れたトマトみたいにペシャッてなるのは目に見えてるからな!?』


『えー、カクくん気持ちよさそうなのにー』


『お前が俺の肉を味わいたいだけなんだな? そうなんだな!?』



 まったくなんてやつだ。純粋無垢な顔して、俺のプリティボディを虎視眈々と狙ってやがったとは。



『はぁ……しょうがないねぇ。じゃあ、ギルネコから許可が出たら教えとくれな』


『えぇ……』


『アタシら盗賊ギルドは、裏の治安を管理している部分もあるんだ。そんなアタシらにご褒美の一つでもあっていいだろう? アタシの伝手つても使えるようにしてやるからさ』


『うぅん……まぁ、それでいつか助けてくれるっつぅんならやぶさかじゃねぇけどよ』


『あ、くま子も! くま子も助けるよー!』


『あ~はいはい、助けてくれたら教えてやるよ』



 まぁ、こうして横に広がる伝手が出来るのはありがたいもんだ。

 それが情報一つでできるってんなら、安いもんなのかもしれねぇな。


『ところで、ナディア。伝手はいいんだが、俺お前みたいな種族の魔物見た事ないんだけど?』


『おや、そうかい? じゃあしばらくは内緒にしておこうかねぇ』


『悪戯心ぉ……』


『女は秘密が多い方が魅力的なのさ。あぁ、アンタと子をなす事はできるよ? 同じ兎だからねぇ』


『はいはい、お友達からお願いしますっと』


『ふふ、ツレないじゃないかい』


『女は怖いって知ってんだよ』





    ◆  ◆  ◆






 冒険者ギルドのマスコット、盗賊ギルドの顔役魔物、商人ギルドの苦労人に、領主の息子の契約獣。

 立場的によくよく考えたら、なんとも面白い組み合わせの井戸端会議も、宴も酣えんもたけなわとなってきた。

 楽しいと言えば楽しい時間だったが、あんまり遅くなりすぎてもなんだしな。この辺でお開きと行こうじゃねぇの。



『さて、じゃあそろそろおいとましようかね』


『ん、もうかい?』


『そこのくま娘も限界だろ?』


『んいぃ……』


『まぁ、仕方あるまいよ。このままくま子に寝られたら運べんからの』



 つうわけで、ここで会合はお開き。それぞれの帰るべき場所に帰ることとなった。

 くま子はのっそりと塀を乗り越え去っていく。ナディアは気づいたらいなくなっていた。



『んじゃあ、この場所はもう覚えたかいの?』


『おう、普通に帰れるわ』


『そしたら、ワッシももう行くわい。気をつけて帰りぃ』


『ん、またな』



 ギルネコとも別れ、また夜の町で1人になる。

 意外と話し込んでいたのか、酒場の喧騒ももう聞こえてこない。

 ゆっくりと夜風を味わいながら町を離れ、屋敷への丘を登る。

 ふと見れば、その道すがらに人影が見えた。



「おかえりなさいませ」


「フシッ」



 アッセンバッハ家の執事、コンステッド氏だった。

 寝ずにお出迎えたぁ、ご苦労なこったな。



「お疲れでございましょう。どうぞ肩へ」


「フシッ」



 言われるがままに肩に登ると、コンステッドは屋敷に向かって歩きだす。

 しばらくの無言。しかし、まったく気まずさはない。それが当たり前のような感じ。

 従者とは空気たるべしとは、よく言ったもんだな。



「……いかがでございましたか?」



 ふと、あちらさんから声がかかる。



「皆さん、いい人達だったでしょう?」



『ハッ、人じゃねぇっての。まぁ、今後も仲良くして欲しいわな』


「ホホ、さようで。そのご意見で満足でございます。是非とも、皆さんと町を良くしていってあげてください」


『んぁ~、まぁ気が向いたらな。明日は絶対ぐうたらすんぞ』


「かしこまりました」



 それで会話はオシマイ。

 愛すべき我が家が見えてきたから、俺は肩から飛び降りる。



「それでは、おやすみなさいませ」


『んぁ、おやすみさん』



 長いようで短い、一晩の物語。

 それは、この挨拶と共に幕を降ろした。

 

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