第5話「全然手軽じゃないクッキング」

 

 アッセンバッハ家の厨房は、そこそこの大きさがある本格的なものだ。この国の食文化で使う設備は、一通り揃えてる感じなのが見て取れる。

 ハムなどの保存が効き、かつ使用頻度の高い食材が手の届く場所に吊ってある光景はどこかワイルドだ。

 そんな食材もなるべく傷まんよう、室温はつねに一定の温度に保たれているらしいが、これどんな技術なん? 俺には皆目検討もつかん。



「料理長、無理を言ってごめんなさい」


「……フスッ」



 そんな厨房の中心に立つ俺ら。その横にいるのは、例の料理長だ。

 顔は良いのになんでか信用できない胡散臭さを放つそいつは、ニヤニヤと笑いながら俺たちに一礼する。



「いえいえいえいえ! 私もまた、新たな調理の知識を得るやもしれない場面に立ち会えて幸せ絶頂感謝の極みに存じますれば! えぇ、遠慮なさらず、なんなりとお申し付けくださいませ!」



 ……う、うさんくせぇ。うさんくせぇが、コイツはこれがデフォなんだよなぁ。

 こんな言動しつつ、俺にこっそり人参の切れ端くれたりするから、悪い奴ではないんだよ。



「ん、じゃあカク。たく《・・》って言うのを教えてもらっていいかな?」


『んぁ、はいはい』



 米の炊き方。この世界には炊飯器なんてもちろん無ぇから、必然的に釜で炊く事になる。

 生前、ってか前世か。俺の母親は女で一つで俺を育ててくれた。お袋が仕事の時には、婆ちゃん家に厄介になることがかなりあった為……釜での炊き方ってのはまぁ、慣れてたりする。


 もちろん、玄米の炊き方も教わってたから、米は長時間水に漬けてもらってる。半日くらいは漬けときたいが、まぁ念入りに擦り洗いしてもらって、ある程度ヌカ取ったから水吸うだろ。多分。

 ……しかし、参った。この世界には釜なんてねぇよなぁ。それ、どうすっかな?



『……あ~……釜、釜なぁ』


「なにか道具がいるの?」


『そうなんだよなぁ』



 とりあえず、坊っちゃんに釜についてを説明し、それを料理長に伝えてもらうことにした。


「ふぅむ。つまり鍋とはまた違う物がいる、と! 底が丸い金属の器と、それがすっぽりハマる竈 《かまど》! いやいや豪気な事を仰る! 今から準備するとなるとホホっ、鍛冶屋と土木屋に依頼して、夕餉が明後日になってしまいますな!」



 ハッハッハ! 違ぇねぇ!

 でもそんな時間は無いんだよ! 夕食までは、腹時計的にあと2~3時間だ。こと食事に関しての俺の時間感覚は正確だから間違いない。



「んぅふふ、では時間が無いので、即興でこしらえてしまいましょっ」



 そんな困り果てた俺と違い、料理長はどこ吹く風だ。視線を横に向けると、隣には給仕の姉ちゃんがいる。

 その手には、金属の鍋と……金槌が、握られていた。



「……料理長? まさか……」


「新たな味の探求の為でしたらば、必要経費というものですなぁ?」



 そして、一分後。

 周囲に響き渡る轟音に、チビっ子が駆けつけてきて「うるさぁぁぁぁい!!」と大声を上げるまで、料理長は鍋をボッコボコにし続けたのであった。

 こえぇよ、こいつ!





    ◆  ◆  ◆





「ふぅむ! 少々不格好ではありますが、まぁ概ね丸くなったでしょう? 『たく』という調理法が今後も使えるものであれば、専用の釜を作らなくてはなりませんねぇ」


「そ、そう、だね……」


「……フゥ」



 未だにキンキンと幻聴を響かせる状態を引きずりながら、俺と坊っちゃんは料理長に同意する。

 ご満悦なそいつの手に持つ鍋は、そこが丸く形成され直していた。いやまぁ、どことなく歪ではあるんだが……まぁ誤差だべ。うん。

 とにかく、これで鍋は揃った。後は炊くだけだ。



『じゃあ、坊っちゃん。今から俺が教える通りに動いてくれな』


「ん、わかったよ~」



 厨房のテーブルには、だいたい2合くらいの量の米が置いてある。まずは、この場にいる面子で味見をするための量だ。

 こうして見ると、ちゃんと米だな。乾燥やら脱穀やらで相当手間がかかると思うんだが、ここまでお膳立てが済んでるのはありがたい。

 坊っちゃんに指示を出し、給仕の姉ちゃんに水やらなんやら準備してもらう。



「そもそも、この米なる種子。まだ発見されて日は浅く、研究され尽くしてはおりませぬ故! つい最近、乾燥させて皮を剥けば、形になると私が! この私が調べ上げたのでございます!」



 おぉ、こいつ野生の米を、単独の研究でここまでのものに仕上げたのか。化け物だな



「最初はどうしたものかと思っていましたが、スープと一緒にまとめて煮込むと、トロミがついて保温に長ける事がわかりました! ここまで実に長かったですとも! えぇ!」



 米は……まぁ、炊く分には問題ない程度に水吸ってるか。

 一度水を切って、釜の中に入れて、また水を入れて……塩を少々。

 玄米だから、多少臭みが出るからな。塩でその辺を誤魔化すのを忘れない。



「その後は基本的に、煮込みの用途でしか疲れておりません! 炒めても固いだけでございますし? あとは煮込んだ物をチーズと絡めて、チーズにまた別の食感を付与するためのアクセントと言った所に落ち着きましたなぁ? そもそもそんなに量が採れませんので、こうしてゴウン様のお屋敷での食卓にだけ上げているという訳です!」



 ……うん、話が長ぇ。



「私としても、また別の用途があるならば是非に色々試してみたいのですが! この前盛大に焦がしてしまい怒られてからは研究させてもらえず……」


「あの、もう終わったよ?」


「おぉ! これはこれは失礼いたしました!」



 いかん、この人の話に付き合ってたら夕食に間に合わん。

 坊っちゃんに手順を説明し、さっさと炊いてもらうことにしよう。

 ……しかし、なんだな。この料理長なら、俺がいなくてもいずれ米を炊くという行為に気付いてただろうな。

 そう考えると、研究がストップしてて助かった。悪いが、俺の手柄の為に一つだけアイデアを使わせてもらおう。



「えっと、後はしっかり蓋をして、煮詰めるそうだね」


「ふむ、煮るとなるとこの底では、鍋が転がってしまいますなぁ」



 そうなんだよな。だから竈がいるわけで。

 研いだは良いけど、こっからどうする? そもそも普通の鍋で良かったんじゃね?

 いやでも、俺釜でしかやったことなかったしなぁ~……。



「カクも、この状態でどう火にかけたらいいかわかんないんだって……なんで最初に言わないのさ」


『いや、まさか即座に鍋一個ダメにするとは思わんかったからさ……もうなぁなぁで進めるしかないな、と』


「計画性ぃ~……」


「ふむ、でしたらば、しかたありませんな」



 料理長はそんな俺達を尻目に、鍋を片手に乗せて持ち上げる。

 キョトンとしてそれを眺めていると……ボンッ、と音がして、その手が燃え上がった、ってえぇぇぇぇ!?



「今回は、こうして魔法を使います。どのくらい待てばよろしいので?」



 ビビった、魔法、魔法か! 俺初めて見たわ。

 手が燃えるとか、一気にファンタジー味増したなオイ。



「カク? どのくらい待てばいいの?」


『あ、あぁ、悪い。中くらいの火で、そうだな……煮立った泡が、蓋を押し返して溢れるくらいだ。そしたらもう少し煮詰めて、その後は釜自体の熱で蒸らして行くんだ。大体、太陽の刻一つの半分くらいか?』



 時計がないから説明が面倒くさい!



「結構めんどくさいんだね……」


『その分、美味い』


「なるほどぉ」



 料理長にそのまんま説明してもらうと、嬉々として観察し続けてくれることを約束してくれた。

 熱くないんだろうか? まぁ、魔法なんてよくわからんし、大丈夫なら良いか。

 さて、と。



『坊っちゃん。悪いんだが、もうひとつ手伝ってくんねぇか?』


「いいけど、何するの?」


『米には、必要な物があるんだよ』



 正直、米だけ出してはいオシマイってんじゃちと不安だからな。

 もうひとつ、作ってみようじゃないの。



『いいか? 簡単にできるからやってみろ。まずだな……』



 厨房での調理が、少しずつ進んでいく。

 坊ちゃんも包丁を握る機会は滅多にない中、たどたどしく俺のアイデア通りのメニューを作ってくれた。

 こうして慣れない様子を見ると、やっぱこの子も貴族なんだなぁって再確認しちゃうな。


 出来上がったメニューは、味見をした料理長から、おっさん達に出していいかの許可ももらった。

 米も……まぁ、なんとか出来上がった。


 んで、いよいよ夕食の時間。

 俺たち二人は、エプロン姿(なぜか俺の分もあった)で3人の視線に晒される事になったのであった。

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