第75話 苦手

 今日は秋晴れだ。気持ちのいいそよ風も吹いている。

 こういう日は外で思いっきり運動したいのだが、今日から体育は跳び箱に変わるため、体育館という巨大な箱の中での運動になる。

 変わりやすいことで有名な秋の空が、ヘソを曲げずに真っ直ぐな姿勢を見せてくれているのが非常にもったいない。

 学習指導計画を作成した人に文句を言いたいところだが、骨折り損のくたびれ儲けになるだけなのでやめておこう。


 ***


 体育館に1組と3組の児童が集まった。


 この学校の体育は男女に分かれて2クラス同時に行われる。ただし、別の空間で別の授業をやるわけではなく、同じ空間で男女に分かれて同じ授業をする。

 体育館の場合、真ん中に仕切り用のネットが掛けられ、それによって男女が分けられるのだ。


「まずは準備運動! 怪我しないためにしっかりやりましょう!」

「「はい」」


 高学年男子の体育担当である上田うえだの大きな掛け声とともに、児童たちは準備運動を始めた。



 ——数分後、全員の体が整った。


「ではこれから跳び箱の準備をしてもらいます! みんなで協力して一式を二組ふたくみ準備してください!」

「「はい」」


 児童たちは体育倉庫から跳び箱と踏切板とマットを運び出し、ある程度の間隔をとって平行に並べた。


「よーし! じゃあ君たちから見て左側が得意な人、右側が苦手な人が使うということで、自分に合うほうに並んでください。後で変えてもいいからパパッと移動しよう!」


 児童たちの移動は十数秒で完了した。

 左側には半分以上の児童が並んでいる。拓真はその中にいた。


「よし! まずは開脚跳びを3周やろう!」


 左側も右側も止まることなく進んでいる。そこまで難しくないからだろう。

 問題は少しずつ難易度が上がる技にある。どの技も普通に生活する上で全く必要がない。将来、体操選手かパルクールの選手にでもならない限り、使うことはないであろう技の数々。

 そんなものが評価を得るために必要とあらば、無理にやる人も出てくる。豪太ごうたもその中の1人だった。


 開脚跳びの次は抱え込み跳びだ。ここからはクリアするごとに技の難度を上げていくことになる。

 海誠かいせい大輝だいき、達也の3人が難なくクリアする中、豪太は跳び箱の上に乗ってしまった。


「あれ、豪太どうしたー?」

「ちょっと失敗しちまった」

「じゃあさっさと並び直してこいよー」

「早く終わらせて次の技やろうぜー」

「おう」


 豪太が列に並び直していた時、拓真はささっとクリアしていた。

 その後ろに並んでいた颯人はやとも後に続いた。

 豪太の前にいた児童たちが次々とクリアしていき、再び豪太の出番が来た。


「よし……」


 勢いよく跳んだ豪太だったが、結果は先ほどよりも悪く、跳び箱の上にお尻で着地してしまった。


「いってぇ」

「また失敗してんじゃん」

「どうした? もしかしてできないとか?」

「ち、違うわ! 調子悪いだけだ!」

「本当かよ」

「先に次のやっちまうぞー?」

「待ってろって。すぐクリアするから」


 豪太はそう言って、再び並び直した。

 失敗した児童は他にもいたため、豪太の順番が来るまでは少しあった。

 そんな中、拓真は豪太の跳び方に違和感を覚え、声を掛けに行った。


「あんま無理すんなよ」

「は? 何が?」

「苦手なんだろ?」

「な、何言ってんだ……今日はちょっと調子が悪いだけだ」

「怪我したら笑いごとじゃ済まないかもしれないぞ?」

「……」


 拓真の言葉で豪太は一瞬止まったが、心はまだ揺らいでいた。


「でもよぉ、あっち恥ずかしいじゃん」

「別に恥ずかしくないだろ」

「なんでだよ。恥ずかしいって言えよ! どうせできないやつの集まりだってな!」

「あのなぁ……」


 拓真は落ち着いた声で続けた。


「誰にだって苦手なことはあるだろ? 気にしすぎなんだよ。意地張って怪我するほうがよっぽど恥ずかしいぞ?」

「……確かに、拓真の言うとおりだな」


 豪太は納得し、後ろに並んでいた児童に順番を譲った。


「俺さ、めっちゃ体硬いから器械運動が苦手なんだよな」

「なんとなくそうだと思った」

「分かるやつには分かるってことか……」

「まぁそう気を落とすなって。柔らかくなればできるってことだろ? 柔軟あるのみだよ」

「ははっ、そうだな。今回は無理せずあっちに行くわ」

「おう」


 豪太は右側に移り、柔軟をしながら順番を待った。

 それを見た豪太待ちのみんなが拓真に駆け寄った。


「クマちゃん、豪太どうしたん?」

「そうだよ、なんであっち行ったんだよ」

「だよな、せっかく待ってたのによー」

「やっぱりできなかったってこと?」


 拓真はひと呼吸置いてから答えた。


「体痛いのに無理してやってたんだと。怪我するからやめとけって言っといた」

「なんだ、それならそうと早く言ってくれればいいのに」

「だよな。じゃあさっさと次やろうぜ」

「おう」


 拓真はみんなとともに左側の列に並んだ。

 気付けば最初より人数が減っている。

 拓真と豪太の会話を聞いていた児童たちが右側に移っていたのだ。


「みんな気にしすぎだろ」


 拓真はそう思いながら台上前転をした。

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