2章:それぞれの思惑

 伊吹の区長室を出た後、月読と天照は新宿区庁を見上げた。

「今日は一段と長かったな、説教」

「半分はお前のせいだろ」

 月読は天照にそう返しながら、目の前に広がる街路を見る。

 忙しなく歩く人や険しい顔をした人。そして明るそうに見えて、何か腹に抱えていそうな人――

「いつになっても、人はそう簡単に変わらねえよな。好きだ嫌いだで喚いて、色恋に命がけで……そういう純粋な所に、魅入られちまったのかね」

「なんだ、月読? なんか言ったか」

 前を歩いていた天照が、こちらを振り返った。

 その彼の後ろには人が行き交う姿があり、境界線のようにも思えた。見えない線があるようで――。

「いいや、何でもねえよ。それより、前を見て歩きな。転んでも、手は貸さねえからね」

「そんなドジ踏まねえよ……それに、俺が転んでも、お前は絶対手を貸してくれるって思うぜ」

「何でだ? 貸さねえって言っているだろ」

「そりゃあ、お前は……嘘つきだからな」

「はっ……それは、ちげえねえや」


       *


 月読と天照が去った後、区長室の窓からその様子を眺めながら、伊吹は小さくため息を吐いた。

「本当に、君は苦労人だね、伊吹」

「茶化すなよ、やひろ。それに、苦労人はお互い様だろ……」

「まあ、そう心配しないでよ。あの子達の事は私がちゃんと見ておくから」

「当たり前だ。平安で終わらせる筈の戦が長引いた結果がこれじゃ。確実に、ワシらの世代で決着を……」

 そこまで伊吹が言いかけた時、伊吹の背後からやひろが窓に手をついた。

 ふいに、伊吹の肩にやひろの長い髪が落ちた。

「い、言っとくが、ワシにそんな趣味はねえぞ」

「どういう心配をしているのか知らないけど、私にもないから心配しないでよ」

「だったら、いらん色気出すな!」

 分かりやすく動揺した伊吹を見て、やひろはそっと彼から離れて笑みを零した。

 が、その時、彼の机の上の書類を見て、その笑みを止めた。


『巳岐 やひろ、危険度★6。

 担当地区:新宿。

 職業:医者、部署:医療部アヤシ課。

 能力:結界。

 神返り:八岐大蛇。

 平安の時代から中立の家系。性格的には危険性なし。


 朝燈 天照、危険度★10。

 担当地区:池袋。

 職業:サラリーマン、部署:営業部アヤシ課。

 能力:太刀の召喚、強靭な肉体。

 神返り:天照大神。

 同じく、性格的には危険性なし。しかし血縁に危険性あり。場合によっては処罰対象。


 宵町 月読、危険度★???。

 担当地区:渋谷。

 職業:自営業、部署アヤシ課。

 能力:歌術

 神返り:不明。

 件の陰陽師の家系の子孫にあたる。能力の発現一切見られず。

 ――危険性あり。観察対象。場合によっては……』


「本当に、君は、苦労人だね、伊吹」

「だから、お互い様じゃろ、それは……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る