0話ー2
「ねえ、これで本当に大丈夫なんだよね?」
僕は不安を紛らわすように言う。一度は通った道なのだが、先程よりも嫌な感じを強く感じた。人数が減ったからだろうか?
シン君は僕の質問に答えず、足早に目的の自動販売機へと向かう。
「……大丈夫な訳ないじゃん」
シン君に代わりにミマちゃんが答える。正直言って、僕も同じ事を思っていた。きっとこれがトザマの考え方なのだろう。
「知らねえよ。ただ、アレを土疼柊の部屋に隠す事が、俺たちにできる精一杯だろ。それともなんだ? 何か他にいい方法があるのか?」
シン君にそう言われて、僕は言い返す言葉が思いつかなかった。しかし、シン君もこれで安全だと思っていない辺り、三家の子供にしては考え方がトザマに近いと感じ、妙な親近感を感じる。嫌みな奴だが、嫌いにはなれない。
やがて目の前に例の自動販売機が見えてきた。思わず安堵のため息が漏れる。
「……ねえ、あの自販機の辺り、何か居ない?」
「ミマちゃんさぁ、柄にもなく冗談言うのやめてくれよ。つまんねえぞ」
シン君は強がった事を言っているが、その額には脂汗がにじんでいた。僕はライトで自動販売機の周囲を照らすが、何かが居るようには見えなかった。
「代わりに行ってこようか? お釣りの出てくるところに鍵を入れてくればいいんでしょ?」
ちょっとした優越感の中、僕は言う。怖くないかと言われるとそうではないが、珍しくシン君にマウントを取れるチャンスだ。
「……言ったな? じゃあお前が置いてこいよ」
トザマには任せられないんじゃないか? そう言ってやっても良かったが、僕は黙って鍵を受け取る。
そのままライトを構えて自動販売機の場所へと向かう。目的の場所へと近づくたびに、ライトの光が照らす面積が狭くなり、周囲の闇が濃くなるように思えた。
「エイジ君。それ以上ダメ!」
ミマちゃんの声が暗闇の中を反響する。その声に驚いて、僕は振り返って二人の方をライトで照らす。
「大丈夫。すぐ戻るから」
僕は努めて明るく振る舞う。シン君に強がって見せた以上、恐怖心を表に出す事はできない。
しかし、再び自動販売機に向かおうとした瞬間、その強がりが一瞬にして砕け散る。
ライトに照らされた自動販売機の前、僕の手が届きそうな距離に、何かが居た。人型のそれは大人の人間ぐらいの大きさで、顔があるべきところが歪んでいる。服も着ているように思われたが、どんな服装かを認識することが出来ない。まるで夢の中に登場する人物のように、そこに存在している事は分かるのだが印象というのもを抱かせない異常性を感じられた。
僕は目の前のさっきまで存在していなかったソレが許容できず、動きも思考も止まる。その隙にソレは腕を伸ばし、鍵を持つ僕の右手を掴んだ。
心臓が跳ね上がり、喉が潰れそうな感覚を覚える。僕は自覚しないままに悲鳴を上げていた。その悲鳴に驚いたのか、ソレが仰け反るような動きを見せ何か言葉を発したような気がしたが、気に留める余裕が僕には無かった。そのまま掴まれた腕を振り払い、硬直した左手ががっちりとライトを握ったまま元来た道へと駆け出す。
「走れ! 逃げるぞ!!」
シン君が叫ぶ。そんな事、言われなくても分かっている。陸上は得意ではなかったが、今なら運動会で学年一位を取れるのではないかと思えるほど、全速力で走る。ミマちゃんとシン君にもすぐに追いつくことができた。
「な、な、なんだよ、アレ」
「し、知るかよ」
息が切れるのを感じながら、T字路まで戻って来る。どうやらアレが追って来る様子は無い。
「ね、ねえ、アレ……」
ミマちゃんが土疼柊の部屋に続く道を指さす。その先には、はっきりと人間の子供だと分かる存在が居た。
僕たちはその顔に見覚えが無かったが、それが異常なものだという事は理解できた。こんな所に子供が迷い込んでくるなどあり得るだろうか。
子供はニヤリと笑みを浮かべながら、土疼柊の部屋へと続く道へと消えていった。
「……お前らはなにも見なかった。鍵は元の場所に無事に返した。それでいいな?」
シン君は僕とミマちゃんにそう言って階段を足早に登り始めた。
僕とミマちゃんは頷く事しかできず、疲労で上手く動かせない足を引きずる様にシン君の後に続く。
地上に戻ると、割れた窓ガラスから斜陽の光が僕たちをオレンジ一色に染め上げる。ライトを消して廃墟の出口に向かうが、暗闇から解放された僕たちは何処か安心感を覚えていた。
廃墟の出口には、先に戻っていた面々が所在なさげに待っていた。なんだかんだ言って心配してくれていたのだろう、僕たちの姿を見ると安堵の表情を見せる。僕たちは駆け足で合流する。
シン君が全員を見回して、口を開く。
「よし、八人全員居るな。分かっていると思うけど、今日の事は絶対に誰にも内緒だ。家族だろうが友達だろうが、絶対に言うなよ。一瞬でも土疼柊の部屋を開けた事が大人に知られたら、どうなるか分からないからな。もしも裏切ったやつが居たら……」
シン君は大まじめな表情で、冷たく言い放つ。
「その裏切り者を他の全員で殺す。三家の子供だろうと関係ない。例え俺が裏切ったとしても、ちゃんと約束を守れ。大人になってもこれは有効だからな。俺たちの新しい掟だ」
殺すという言葉は子供ゆえの誇張表現だと思われるかもしれない。けれど、シン君はもちろん、他の仲間たちもその言葉を真に受けていたように思う。
もちろん、僕もその約束を本気にしていた。もしも裏切るとしたら、お調子者のケン君か口の軽いユウコだろうと思い、この二人を殺すにはどうしたらいいのか考えた事もある。それは成長して二十歳になった今でも時折思い返す程に、僕の心に深く刻まれていた。
これが、八年前……中学生の頃に、廃墟になった黒士電気第六事業所の地下で僕が体験した不思議な出来事でした。
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