第22話

「あれ?夕夏ちゃん…どうしたの?ショウは?」


何故か私の家にいる夕夏ちゃんにショウの居場所を聞く。


振り返った夕夏ちゃんの目には薄っすらと涙が――…


「どうしたの?!」


急いで夕夏ちゃんのそばに駆け寄ってその涙を優しく拭う。


「お兄ちゃんが…何処にもいないの…。」


普通ならば「あぁ…そんな事ね。」と一蹴するところだろうが、ショウの場合話が変わって来る。


あのショウが…家族に何も言わずに何処かに行くだろうか?


彼に限ってそんな事はありえない。

少なくとも、私かお母さんのどちらかに一言伝えるだろう。


不安だ…。


秋になり、空に居る時間が短くなった太陽は既に落ちていて、夜の訪れを伝えていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



…――駆ける。


薄暗い洞窟の中を


……――――駆ける。


誰もいない、自分の呼吸音しか聞こえない洞窟の中を


………――――――駆ける。


胎動するかのように魔力が蠢くダンジョンの中を


僕は、全速力で駆け抜けていた。


以前、魔法を習得して以降、僕は魔力を感じられるようになった。

感じられるようになったと言っても、何処か曖昧な感覚な上に、ダンジョンの様な魔力の濃度が濃い場所だけで、地上では玄哉さんや教官などの凄まじい魔力を持つ人達しか感じることが出来ない。


しかし、今はハッキリと分かる。

凄まじい量の魔力がダンジョン内を蠢いていることが。


ダンジョン内に突入して2時間程、現在は3階層の中腹辺りだろうか、突如として周りの壁が崩れ、ゴブリンやスライムが現れた。


しかし、それらは全て


ゴブリンには大剣を、スライムには槍を、それぞれアイテムボックスから取り出し、それぞれ振う。


両方とも寸分違わず魔石に直撃し、直ぐに塵へと姿を変えた。


……新しい魔法は問題なく発動しているみたいだ。


僕は空中に浮かんでいる翡翠色の糸に目を向ける。


以前から開発していた僕の弱点を補うための魔法。


これがその『風糸かざいと』だ。


ざっくり半径1.5メートル程に展開された風の糸、それらは何かにぶつかった際に衝撃が糸を通して僕に伝わる為、奇襲に備えることが出来る。


更に、武器に糸を巻き付けることで、アイテムボックスにある武器を自在に取り出すことが出来る。


これにより、アイテムボックスに仕舞える武器の量がかなり増えた。


しかし、この魔法には欠点が多く存在する。


まず第一に体力の消費が多すぎるという点だ。

この魔法、風で糸を作る。と言う時点でかなりの集中力を要す上にそれを複数本、それも維持する必要がある。

その為、これを使うと集中力がどんどん削れていく。


次に、糸を出せる本数が少ないと言う点だ。

これは純粋に僕の魔力の問題で、この魔法を30分も発動すると、その時点で魔力は空っぽになってしまう。

なので、出来る限り本数を減らして、長く持たせる必要があるのだ。


その為、僕が常時展開している『風糸』の本数は7本程度しかない。


それでも、今は時間をかけて攻略している暇はない。


まだダンジョンはまだ


魔物の数はかなり減少していて、今ならば簡単に5階層まで行くことが出来る。


けど……


「…っく!数が増えて来たな!」


さっきのゴブリンたちの出現を皮切りに次々と魔物が現れる。


徐々に数が増えていき、攻略速度が大幅に低下する。


―――このままじゃ不味い…。


僕はアイテムボックスから壊れかけの魔物避けを取り出す。


自分なりに修理し、直したものなんだけれど…何だか変な音が鳴っていて少し不安だ。

しかし、効果はかなりあるみたいで先程まで周りに居た魔物達が蜘蛛の子を散らすように何処かへ逃げていく。


―――これなら行ける。


そう思った僕は両足に力を込めて一気に3階層を駆け抜けるのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



4階層の終盤、遂に魔物避けが煙を上げて動かなくなった。


5階層への階段まではもう少しだ。


それならっ……!


今まで温存しておいた魔力を使い、『風糸』を使用する。


此処までくればあと少し…。


走り抜けた先には以前見た5階層へと続く階段があった。


此処まで、急いできたからまだ時間に余裕がある。


魔力用のポーションと普通のポーションの両方を飲んで、少しだけ休憩する。


……良し、その場で伸びをしてから5階層へと続く階段を下りる。


目の前に現れたのは重厚な門。

そこからは異様な気配があふれ出ている。


「すぅ……――――はぁ…。」


大丈夫、何度も自分に言い聞かせるように心の中で唱える。


この部屋に入ったら外から助けが来るまで誰にも助けてもらえない。


だから………。


零れてしまいそうになった弱音をグッと押し込み、僕は門を開く。


中心に立つは緑の巨人。

およそ3メートル程の巨体、およそ自分の2倍程の大きさに尻込みしてしまいそうになる。

そんな弱気な自分を鼓舞するように頬を叩き、大きく一歩を踏み出す。


途端、こちらに視線を向けるオーク。


僕はアイテムボックスを開き、『風糸』を全力で展開する。


大きく息を吸いこんで、既に引き抜いた夜半嵐に風を纏わせる。


己のイメージを…より鮮明にっ!


『風断っ!!』


風の刃がオークを襲う。


この瞬間、戦いの火蓋が切って落とされた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「昇太……」


月明りが差し込む病院で、母は独り子の安全を人知れず願っていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

補足コーナー


・アイテムボックス…魔力を使わずに使えるスキル。かなり有能なので、初心者冒険者から上級者まで多くの人に愛用されているスキル。


・『風糸』…星巳昇太が作り出した魔法。索敵、物の回収、罠、等々多くの使い道のある高性能な魔法。しかし、魔力と集中力の減りがかなり多いので慣れるまでが大変。


・オーク…星巳昇太にとって最も相性の悪い魔物と言えるだろう。

奴はスキルや小手先の技術ではなくシンプルにステータスでごり押ししてくる魔物だ。故に、ステータスの低い昇太は…。





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