第20話
「ギャアアアッ!」
薄暗い洞窟の中でゴブリンの断末魔が響き渡る。
魔物の数が減り、多くの人が別のダンジョンに行く中、僕はまだ東京ダンジョン12番に居た。
僕がまだ此処にいる理由は主に3つある。
一つ目が家から近いということだ。
他の銅級下位ダンジョンは電車を何度か乗り換える必要があり、装備に多くのお金を使ってしまった僕にとって、そのような小さな出費も抑えたいのだ。
二つ目が魔法の練習だ。
未だに僕は『風断』以外の技を取得できていない。
その為、以前教官に見せてもらったような、自分の弱点を補填するような魔法、それが全くイメージできないのだ。
自分の弱点…というよりかは自分の足りない部分は何となく分かっているのだが、それを補う魔法がどうしてもイメージできない。
その為、僕は『風断』の特訓をしつつ新しい技の開発を行っている。
新魔法は何となく形には成っているが…という感じだ。
三つ目が東京ダンジョン12番の攻略だ。
これから先、稼ぎを増やしたいのであれば銅級中位で活動していきたい。
その為には、銅級下位ダンジョンの攻略、もしくは冒険者協会の会長からの承認が要る。
そして、今、ダンジョンの魔物の数は激減している。
だから今は攻略には絶好のチャンスなのだ。
その為、このダンジョンに残り、ちまちまptを稼いでレベルアップをし、ダンジョンの主を倒す…と思っていたのだが…。
現在、魔物の数がかなり減少している。その為、当然稼げるお金の数は減る。
しかも、レベルアップも遠くなってしまう。
そう…実はこの選択よくよく考えてみたらデメリットの方がデカいのだ!
その事実に僕が気づいたのは唯一個体を倒してから2週間が立った日の事だった。
残り一週間で魔物達の数が戻るという日に、僕は想定よりもptが集まっていないことに気付いた。
そして、「あぁ…これ、土日で別のダンジョンに潜れば余裕で稼げるじゃん…。」という事実に気付いた僕はその場に静かに項垂れてしまった。
正直、前述した理由の大半は僕がミスした事実から目を逸らすための後付けの理由である…。
しかし、その事実を認めてしまうとこの一週間の意味がなくなってしまう為、僕は今も必死に目を逸らしている…。
けれど、魔法の開発は以前よりも確かに進んでいるし、貯金も、ダンジョン攻略も、決してマイナスではない。
僕はそう自分に言い聞かせながら、最後の階層、5階層へと続く階段を見下ろしていた。
この先に此処のダンジョンの主、”オーク”が待っている…。
あの魔物は今の僕が真正面から戦って勝てるような相手ではない…少なくとも今は…。
自分の弱さを感じながら僕はその場を後にした。
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「微小魔石が8点、小魔石が15点、グレーウルフの毛皮が7点、ゴブリンの耳が3点、
合計で9800円になります。」
4階層まで言ったというのに稼ぎは少なく、何処か物足りなさを感じてしまった。
香取さんが差し出したトレーからお金を受け取り、財布にしまっていく。
人が増え始めた冒険者協会を出て、電車の時間を確認する。
10分ほどで電車が来るので、少し早歩きで人混みを掻き分けていく。
余裕をもって電車に乗ることが出来たため、席に座ることが出来た。
片道5時間程かけて行った4階層は戦闘をあまり行っていないとは言え、かなり疲れる。
何時、何処から来るとも知らない魔物達に警戒しながら向かうのはかなりの集中力を要する。
それなら魔物避けを使えばいいと思う人もいるかもしれない。
けれど、デパートを探してみたのだがどこにも売っておらず、新しいのを買えていないのだ。
その為、僕の手元にあるのは寿命が来て動かなくなった魔物避けしかない。
小さく溜息をついて、ポケットに入れているスマホを取り出す。
東京ダンジョン12番のダンジョンの主であるオークについて調べる。
奴は魔法などの遠距離攻撃は全く使わない。
しかし、ステータスがとても高く、知能が低い。
その為、冒険者協会はオークの推奨討伐レベルを5として、パーティーで討伐することを勧めている。
大体の冒険者は複数人でヘイトを分散しながら、何人かの後衛に少しづつ体力を削る戦い方をしている。
けれど、僕はソロで攻略しているから、冒険者協会が出した戦い方は僕には出来ない…。
さて…どうしよう…。
幸いなことに僕には風魔法がある為、遠距離攻撃は出来なくはない。
けれど、『風断』は休憩なしで10発が限度なので、期待は出来ない。
そして、開発中の魔法はまだ実戦で使える程仕上がっていない。
やはり、来週から魔物の数が元に戻るので、そこでレベルを上げてから攻略に向かうのがベストだろう。
まぁ…仕方ないな、功を焦っても良いことなどない。
一歩ずつ堅実に行くしかないだろうな…。
一通り情報を見終わった後、車内の電光掲示板には最寄り駅の一つ前の駅が表示されていた。
スマホをポケットに戻し、席を立つ。
目線を前に向けると周りの人はかなり減っていて、車内はスカスカだった。
最寄り駅に着くと電車を降りる。
今日は特にセールはやっていないのでスーパーに寄ることなく真っすぐ家に向かっていく。
晩御飯の献立を考えながら、久しぶりに空を見上げる。
夏が終わり、少し肌寒くなった秋の夜に美しく輝く星々。
ここ最近ずっと見る余裕が無かった。
今もあるとは言い難いけれど、ようやく一息つける程度にはなったと思う。
…さて、夕夏も待っていることだろうし、急いで家に向かうとしよう。
雲一つない夜空の下、僕は家へと向かうのだった。
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夕夏と一緒にご飯を食べ、近くの銭湯へ言った後、今は布団を敷いている。
夕夏は部屋の端で船を漕いでいて、とても眠そうだ。
僕は明日から体育祭の予行が始まるから、今日は夜遅くまで運動が出来ない。
だから今日は思い切って寝ることにしよう。最近疲れているし…。
僕も若干ぼやける視界に耐えながら、寝る準備を着々と進めていく。
最早寝ている夕夏を布団に寝かせて、僕もその横に寝転がる。
明日は…6時半に起きれば何とかなるか…。
いや、6時には起きないと…夕夏のお弁当…作らなきゃ…。
スマホのアラームをセットし、僕は意識を夢の世界へと飛ばした。
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夜の2時半、僕は虫の知らせの様な何かを感じ、目を覚ました。
何故だか止まらない震え、徐にスマホを開き、通知を確認する。
見ると、母さんと姉さんが入院している病院から数分前に電話が入っていた。
震える体を抑えながら、折り返し電話をかける。
病院からは、ただ一言、こう言われた。
それ以外に何か言われたかもしれないけれど、その時の僕には、聞く余裕が無かった。
「星巳日葵…君の姉の病状が悪化した。」…と。
僕は自分の状況を再認識する必要がある。
僕に余裕など…無才で平凡な僕に休む暇などないのだ。
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補足コーナー
・開発中の魔法…主人公の戦いに足りないものを補うための魔法。
大体は完成しているが、魔力の調整が難しい為、今まで5分以上展開できたことが無い。
・魔力症の悪化…このような事例は殆どなく、今まで数人しか起こったことが無い。
星巳日葵の場合、元々目を覚ますことがほとんど無いとまで言われる程の状態だったが病状が悪化したことにより、今までかけていた凍結が解けかけており、魔力が辺りに流れている。
このまま治らなかった場合、最悪、本当に目覚めなくなるかもしれない…。
・星巳昇太…覚悟を決めろ。時間などない。その器を作り始める時が来た。
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