第四話 【日常】

 長い一日が終わり、セレスがようやく寝床につけたのは朝日が昇る頃であった。

 それから少し仮眠を取り、いつもの時間に起床する。

 体に染みついた習慣というのは恐ろしいもので、どんなに疲れていても寝床から這い出すことが出来た。

 少し覚束ない足取りで食堂に入る。

 そこには、朝ごはんを作っている叔母さんと、椅子に座って新聞を読んでいる叔父さんが見えた。

 どうやら叔母さんの体調は回復したようだ。

 ほっと胸をなでおろしていると、後ろからキーカが食堂に入ってきた。


「邪魔なんだけど」


 吐き捨てるようにそう言うと、セレスを押しのけて食堂へ入っていった。

 ここ数日一緒に仕事をしたというのに、セレスへの態度は変わらない。

 少し残念に思いながらも、自分の席へ向かう。

 そうしているうちに叔母さんたちはこちらに気づいたようだ。


「おはよう。あんたたち、ホントに世話になったね」


 叔母さんが朝ごはんを作る手を休め、こちらに声をかける。

 寝込んでいた時とは打って変わり、いつもの元気な姿であった。

 

「おはよう叔母さん、もう体調大丈夫なの?」

「あぁ、もうバッチリさ」


 シャツの腕をまくり、人懐っこい笑顔で力こぶを作って見せた。

 叔母さんはとても茶目っ気がある人だ。

 年齢不詳だが見た目もかなり若く見え、ブロンドの短い髪に、チャームポイントである青いヘアバンドをいつも身に着けていた。


「キーカも、ホント助かったよ。ありがとね」

「……うん。今度は無理しないでね……」

「わかったよ。もう迷惑はかけられないからね」


 キーカは心底嬉しそうに笑顔を見せた。 

 叔母さんが倒れた時、一番心配していたのは彼女である。

 キーカは生粋のお母さん子であり、真っ先に宿の手伝いを申し出た。

 叔母さんに余計な心配を掛けたくない為の行動であったのだろう。

 

 叔母さんの元気な姿が戻ってきたことで、和やかな雰囲気が場を包む。

 不意にグゥーと僕の腹の虫が鳴った。

 安心したことでお腹が空いてしまったようだ。

 隣にいるキーカが怖い目で見てくるのは気付かないふりをしておく。


 今まで意識していなかったが、食堂には美味しそうな匂いが溢れている。

 既にテーブルには、こんがり焼けたトーストと目玉焼き、サラダが置かれていた。


「さぁ、せっかくの朝ごはんが冷めちゃうよ! 早く食べな!」

「「「いただきます!」」」

 

 そう僕と叔父とキーカが一斉に言うと、目の前の食事に夢中になるのであった。



「そういえば、セレス……あんた試験は大丈夫なのかい?」


 食事もひと段落した頃、真剣な顔で叔母さんがそう聞いてきた。


「うん……。できる限り頑張ってくるよ」


 そう、できるだけの笑顔を作って答える。

 試験は明日。

 今更ジタバタしたってしょうがないし、今の自分にできることの全てをぶつけるつもりでいた。

 それで不合格であればしょうがないとも思っている。

 しかし、簡単に諦めはしない。


「そうか……。私が邪魔してしまったみたいなものだしね……。何もしてやれないけど、せめてこれを何かに使っておくれ」


 そう言って、手渡されたのは一枚の金貨であった。


「そんなっ、こんなの受け取れない!」

「いいんだよ。それに、昨日までのお給金を支払わないとだしね。私からの応援の代わりさ」

「それにしたって多すぎるよ……」


 いいからいいからと押し切られ、金貨を手に握らされる。

 こんな大金を手にしたのは生まれて初めてだった。

 ずっしりと重くなった手には、金貨の重さよりも大きなものを感じる。


 自分は1人じゃない、ここに応援してくれる人がいるんだ……。

 叔父さんに叔母さん、キーカは……そう思ってないかもしれないけど。

 少なくともこの人たちの期待を裏切らないように全力でぶつかろう。


「ありがとう……叔母さん。大切に使わせてもらうよ」

「うん。いい顔になったね。それでこそシュタインの息子だ! 頑張りな!」

「うん!」


 僕は精一杯の感謝を込めて答えた。

 

「そうそう。今日は2人とも宿を手伝わなくてもいいから、必要な物でも買い物しておいで!」


 そう言うと、叔母さんは使い終わった食器を洗い始める。

 カチャカチャと洗い場で鳴るその音は、いつもの朝の光景であった。


「じゃあちょっと行ってくるね!」


 僕は町に出かけるため、用意していた外套を手に出かける準備を始める。


「じゃあ、私は部屋にいるから……」


 キーカは自室に戻ろうと席を立った。

 その時。


「何言ってるんだい? キーカはセレスについて行ってやりな」


 叔母さんが食器を洗いながら、ふと発した言葉。

 その言葉に一瞬でその場が凍り付いたのだった。

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