第三四話

 フォールヴィル高地での戦闘が始まって二日。

 王都ヴィレンツィア開放の前線基地となっている同都市も主力部隊が出撃したことでここ数日は閑散としていたが、数日前から増派された部隊の兵士達で活気に満ちていた。


「総帥閣下、現在の状況について説明いたします」


 派遣部隊の司令部となっている領主館の大広間で、スクリーンに投影された戦況図の前に進み出た司令部付幕僚が告げる。

 彼の視線の先には派遣部隊司令官アーロン・ホランド中将と、その隣に「前線視察」という名目でフェルジナを訪れた蔵人が座っていた。


「第一、 第二機動旅団はフォールヴィル高地にて機甲部隊を含む叛乱軍主力と交戦中。第三機動旅団は後衛として前進しつつ、投降兵の収容を行っています」

「フォールヴィル高地以外の王都近辺に展開する叛乱軍の動向は?」

「王都近郊に駐屯していた部隊は、フォールヴィル高地への移動が確認されています。王都に残るのは一個旅団規模の部隊だけです」


 幕僚は片手に持つクリップボードに挟んだ資料を読み上げながら、戦況図に表示された敵味方の部隊符号を指揮棒で示す。

 話を聞き終えた蔵人は、背もたれに身体を預けると隣のホランドに視線を向けた。


「頃合いか……?」

「当初の計画通り敵部隊の誘引には成功しました。次のフェーズに進めて問題ないでしょう」


 総帥軍作戦本部と国家情報局が合同で立案した王都開放作戦「フェーデ」は大きく三つのフェーズに分けられる。

 第1フェーズは、第一、第二機動旅団による敵主力や王都周辺に展開する部隊の誘引。

 第2フェーズは、王都に潜伏している国家情報局の特別行動部隊による大使館職員の救出及び王都に存在する対空火器の無力化。

 そして最終フェーズは、多数のヘリを運用し機動力に富む第四機動旅団によるヴィレンツィアの強襲及びクーデターの首謀者であるロディアス・ドゥ・レスヴァントの捕縛とクーデターに加担した者の粛清。

 ホランドの回答を聞いて満足そうに頷いた蔵人は、席から立ち上がり自分に視線を向ける幕僚達に言い放つ。


「第四機動旅団はヴィレンツィアに向けただちに出撃。このバカ騒ぎを起こした連中に、自分達の愚かさを思い知らせてやれ」

「「「はっ!」」」


 蔵人が命じると、司令部に詰めていた幕僚達は慌ただしく動き始める。

 命令はフェルジナ郊外の臨時飛行場で待機していた第四機動旅団の将兵にも伝達され、装具を整えた者から割り振られたヘリに乗り込んでいく。


「急げ! もたもたするな!」

「一秒でも遅れた者は置いていくぞ! さっさと乗り込め!」


 点呼を取り全員の搭乗を確認した機体から空へ上がり、離陸した全機は一団となりヴィレンツィアに向けて飛び去る。

 その光景を見ていた整備員や誘導員達は、拳や歓声を上げて彼らにエールを送るのだった。


*      *


 ローゼルディア王国王都ヴィレンツィア。

 宰相であったロディアス・ドゥ・レスヴァントによるクーデター以降、叛乱軍に占領されているこの都でも動き始める者達がいた。


「閣下、第四機動旅団がフェルジナを出撃しました。王都への到着は三十分後です」


 国家情報局ヴィレンツィア事務所の医務室のベッドの上で半身を起こすシルヴィアに、事務所長の御堂一等情報官が報告する。


「こちらの配置は?」

「各隊とも所定の配置につきました。後は閣下のご命令が下り次第、行動を開始します」

「そう。では、こちらも動き始めるとしましょう」

「はっ」


 シルヴィアの言葉に頷いた御堂は、一礼して医務室を後にする。

 御堂はそのまま作戦室に戻ると、通信機に繋がれたマイクの前に座り王都内各所で指示を待つ特別行動部隊に向けて命令を発した。


「各隊に通達。状況開始。繰り返す、状況を開始せよ」

『『『了解』』』


 この瞬間、各所に待機した特別行動部隊の隊員達が一斉に動き出す。


*      *


「――了解」


 シュルーズ監獄近くに建つ家屋。

 作戦本部であるヴィレンツィア事務所との通信を切った班長が振り返ると、完全武装の班員達が自分を見つめていた。


「時間だ。行動を開始しろ」


 班長が短く言うと、班員達は務語で頷き待機していた家屋を出て連なる家屋の壁に背中を預けるように進み監獄近くの四つ辻近くにある建物の角で足を止めた。


「どうだ?」

「装甲車一輌に歩兵が一個分隊程度。いつもの配置と変わりません」

「よし。計画に変更はなしだ」


 先頭を進む班員が端末で撮影した画像を確認した班長は、後ろに控える隊員に指示を出す。

 班長の指示で二人の班員が進み出ると、M3E1を担いだ班員が四つ辻の路肩に停車するM20装甲車に砲身を向けた。


「焦らなくていい。確実にやれ」

「了解……」


 装填手の班員が円筒形のファイバーケースから多目的榴弾を取り出すと、M3E1の後部閉鎖機を開けて砲身内に弾を押し込む。


「装填完了」

「撃て」


 班長が命じ、射手は引き金を引く。

 撃ち出された多目的榴弾は路肩に停車する装甲車の側面を貫いて爆発すると、装甲車の周囲で談笑していた叛乱軍もまとめて吹き飛ばした。


「な、何があった!?」

「負傷者に手を貸せ! 残りの者は火を消すんだ!」


 辛うじて爆発を免れた叛乱兵達は、混乱しながらも負傷者の救護と消火を始める。

 班長はハンドサインで前進を指示すると、班員達は駆け出し救護や消火活動中の叛乱兵に銃口を向けた。


「な、何も……ギャッ!?」

「て、敵襲ぅ!」

「じゅ、銃が……グアッ」


 銃を構えて近づいてくる班員達の姿に気付いた叛乱兵が警告を発するも、救護と消火のために武器を携行していなかった者が多く反撃することは出来なかった。

 携行していた拳銃で変劇を試みる士官もいたが、奇襲される形となった叛乱軍側にまともな態勢をとることは出来ず即座に無力化される。


「――クリアッ!」

「クリア!」

「よし。すぐにバリケードの構築に取り掛かれ。今の戦闘を聞きつけた連中がお仲間をたくさん引き連れて来るぞ」

「「「はっ!」」」


 班長の指示を受けた班員達は、潜んでいた建物から事前に周辺の住民から買い取ったタンスや樽といった物を並べて即席のバリケードを構築する。


「周辺の警戒も怠るな! 連中がまとまった数で来るとは限らないからな!」


 班員に指示を出しながら、班長は周囲でも戦闘の音が止んだことに気付く。

 特別行動部隊の攻撃はここだけではなく、監獄周辺の四つ辻に加えて王都内四ヶ所にある対空陣地、監獄内でも同時多発的に攻撃が行われていた。


『監獄内の守備兵降伏。シュルーズ監獄は制圧した。こちらの損害は負傷一名』

『全対空陣地制圧』

「呆気ないものだったな。後はさっさと最後の仕上げをしてもらえると助かるんだが」


 各隊からの通信を聞いた班長は、遠くから聞こえてくる多数のヘリのローター音にそう呟いた。


*      *


「到着まで五分!」


 第四機動旅団の将兵を乗せたヘリの大編隊は、順調にヴィレンツィアを目指し飛行を続けていた。


「団長、SADがシュルーズ監獄を制圧。王都内に配置された対空陣地も制圧しました」

「よし。作戦に変更なしだ。後はレヴィット中佐に任せる」

「はっ。全機、王都に突入せよ!」


 第一大隊長を務めるレヴィット中佐が命じると、各ヘリは速度を上げてヴィレンツィアに殺到する。

 突然飛来したヘリの大編隊に宮殿に詰めている武官は対空陣地に迎撃を命じるが、対空陣地はすでに特別行動部隊によって制圧されており命令は届かなかった。


「ファストロープ降下!」

「前の奴に遅れるな! 行けー! 行けー!」

「第一中隊は官庁街。第三中隊は軍務省を制圧せよ!」

「第二中隊は大通りの確保!」


 特別行動部隊が確保していた四つ辻に妨害を受けることなく降下した兵士達は、各中隊ごとに集結して制圧目標へと前進を開始する。


「敵襲ぅ! 敵が空からやって来たぞ!」

「迎え撃て! 王都を蹂躙されてはならん!」


 混乱から態勢を立て直した叛乱軍部隊も負けてはおらず、詰所として使用していた建物や要所に築いていた防御陣地から銃撃を浴びせる。

 旧式ながらもイーダフェルトから供与された小銃と機関銃で奮戦するが、地上から要請を受けたAH-64Dアパッチ・ロングボウの三〇ミリ機関砲の射撃で沈黙を強いられた。


「全員、その場を動くな!」

「両手を当たもの上に! 抵抗する者は射殺する!」


 官庁街に建つ各省庁に突入した部隊は職員達には監視を付け、宰相派である幹部級の官僚を次々と拘束し外へと連行した。


*      *


「ほ、報告! イーダフェルト軍はシュルーズ監獄と対空陣地を制圧。被害はさらに拡大するものと思われます!」

「報告いたします。敵の一隊は官庁街を制圧。かなりの数の官僚が拘束されているとの情報です」


 次々と伝令からもたらされる凶報に、宮殿に集まった貴族達は顔を青くさせる。

 フォールヴィル高地における戦闘が有利に進んでいると聞き安堵していた貴族達は、まさか敵が王都を直接叩きに来るとは考えてもいなかった。


「守備兵は一体何をしているのだ!?」

「早く宮殿の周囲を固めさせろ! 敵はまっすぐここを目指してくるぞ!」


 参謀達はイーダフェルト軍を押し返そうと必死で対応に当たっていたが、貴族達はそんな彼らに罵声を浴びせて責め立てる。

 その時、宮殿が大きく揺れて爆発音が響いた。


「報告! 敵が正面広場に降り、宮殿内に侵入。衛兵と交戦中です!」

「各階にバリケードを構築! 衛兵だけではなく戦える者全員に武器を配れ!」


 参謀が伝令に対し迎撃の指示を与えようとすると、その命令を貴族のひとりが遮った。


「それよりここから脱出するのが先だ。我々がここから逃げるための兵を出せ」

「なっ!? 戦っている部下を見捨てろと!?」

「下賤な者たちのことなど知ったことか。我々が無事であるということが大切なのだ」

「左様。所詮民は高位の者が言う言葉を馬鹿正直に信じる生き物なのだ」


 自分達の事しか考えていない貴族達の言動に、参謀達は唖然としながら玉座に座るロディアスの意見を求めようとする。

 この状況においても泰然と玉座に座っていたロディアスだったが、その口から出た言葉は参謀達の望むものではなかった。


「――彼らの言うとおりにせよ。衛兵は我々が脱出するまでの時を稼ぐのだ」

「閣下、早く隠し通路まで」

「もたもたしていると手遅れに……」

「うむ。我々の護衛に兵を回すのだ。隠し通路に準備している馬車まで護衛せよ」

「は、は……」


 ロディアスの命令に参謀は不承不承ながら頷くと、一個小隊をロディアス達の護衛に付けて玉座の間から送り出した。


「イーダフェルトの連中も隠し通路があるとは思いもしておらんだろう」

「馬鹿な連中だ。だが、これで連中を侵略者として喧伝できる」


 敵の手が届く前に逃げれたことで余裕を取り戻した貴族達は話しながら隠し通路を出ると、簡素な造りの馬車と数名の人影があった。

 敵に先回りされたと身体を震わしたロディアス達だったが、目を凝らすと見目麗しい容姿のメイドであることが分かり安堵の息を漏らす。


「ほお、道中を退屈させないようメイドも用意するとは気が利くではないか」

「これは道中も楽しめそうですな」

「お前達も馬車に乗れ。すぐに出発する」


 下卑た眼差しを向ける貴族は、どのメイドがいいか勝手に品定めを始める。

 そんな視線を気にすることなくひとりのメイドが前に進み出ると、メイド服の裾を摘まみ恭しく一礼して口を開いた。


「皆様方、我が主より言伝がございます」

「何……?」

「『地獄へ落ちろクソ野郎ども』」


 およそメイドらしからぬ口調に貴族達が唖然としていると、メイド達はレッグホルスターに収めたP229を取り出しロディアス以外の帰属に向けて発砲する。


「ガッ!?

「ギャッ!」

「た、助け……ギャッ!?」


 メイドから撃たれるという信じられない状況に、ロディアスはその場にへたり込む。

 当のメイド達は無表情のまま、まだ息のある貴族に止めを刺しながら優美な所作でロディアスの目の前で立ち止まった。


「き、貴様ら……ローゼルディア王国の王たる儂に何たる仕打ちを……!」

「あなたが王……? 笑わせないでください。この王国――いえ、この世界は全て我が主のものになるのです。あなたの国ではありません」

「何だと? 貴様、一体誰のことを……」

「それでは、よくお眠りを」

「ガッ!?」


 そう言ってメイドはスタンガンをロディアスに押し付けると、そのまま電流を流し彼を気絶させた。

 別のメイドが気絶したロディアスの手足をハンドカフで拘束し、それを確認したメイドが無線を取り出す。


「シプソフィラより本部。目標を確保した。それ以外については全員射殺」

『本部了解』


 宰相派貴族を射殺しロディアスを拘束したメイド達――国家情報局が潜入させた諜報部隊「シプソフィラ」は、倒れているロディアスを冷たい瞳で見下ろしながら宮殿に突入した兵士達が来るのを待つのだった。



*      *      *



 日が落ちて闇と静寂に支配されたダールヴェニア帝国の帝都ヴェルデン。

 帝都の中でも貴族や豪商の邸宅が建ち並ぶ高級住宅街にはおよそ似つかわしくない完全武装した一隊を乗せたトラックが数軒の邸宅の近くに停車すると、兵士達が士官の指示に従い邸宅の周囲を囲み始めた。


「貴様らぁ! ここをどなたの屋敷と心得て――ギャッ!?」

「……小隊、突入」


 屋敷を囲む兵士達に不穏な空気を感じ屋敷を警備する衛視が拳銃を抜こうとした瞬間、士官のひとりが顔色を変えることなく発砲する。

 驚きで目を見開いたまま前のめりに倒れた衛視を無感動な瞳で見下ろす士官が短くそう言うと、兵士達は門と扉を壊し屋敷の中へ入った。


「き、君達、一体これは何の真似だ!?」


 就寝中のところを起こされた貴族の男は、寝間着のまま顔を真っ赤にさせて隊長と思われる士官に怒鳴り声を上げた。


「ベーレンス伯爵、国家叛逆罪によりあなたを拘束いたします。従っていただけない場合は……」

「何を馬鹿なことを。こんなバカ騒ぎは止めて早く兵を――」


 男の話を遮るように、士官は向けていた拳銃の引き金を躊躇いもなく引き額を撃ち抜いた。


「ここでの仕事は終わりだ。次へ向かうぞ」


 そう言って踵を返す士官に率いられた兵士達は、屋敷を出ると次の目標に向かう。

 この邸宅だけではなく、複数の貴族の邸宅でここと同じような光景が繰り広げられており帝都屈指の高級住宅街は銃声と悲鳴が響く場に変わった。


*      *



 帝国皇女ルーテシア・ジゼル・ダールヴェニア邸。

 ベッドでぐっすり眠っていたルーテシアは、乱暴に扉が叩かれる音と扉の外にいるギルバートの声で目を覚ました。


「こんな時間に、一体何事です?」


 軽く身なりを整えたルーテシアは扉を開けて目の前に立つギルバートに尋ねると、彼は焦りの色を浮かべた表情で話し始める。


「殿下、軍に先手を打たれました」


 その一言で、ルーテシアの表情が強張る。


「まさか……こちらの動きを悟られるようなことは何も」

「そのまさかです。すでに反護国卿派の主だった貴族や軍人が拘束されています。未確認の情報ですが、一部はすでに粛清されたとも……」

「何ということを……」


 軍の情け容赦ない行動にルーテシアが絶句していると、外が俄かに騒がしいことに気付く。

 何事かと思っていると、邸宅の警備を担当している衛兵長が息を切らしながらルーテシアとギルバートに駆け寄ってきた。


「申し上げます。軍が殿下を国家反逆罪の容疑で身柄を引き渡すようにと」

「思ったよりも早かったな。衛兵長、すまないが時間を稼いでくれ」

「かしこまりました」


 衛兵長に指示を出したギルバートは、呆然としているルーテシアの肩を叩いて正気に戻らせる。


「殿下、一先ず帝都を離れます。地下水道を抜けた先の川に船を用意しております。そこから沖合にいる我々の派閥の駆逐艦に向かいましょう」


 ギルバートの言葉に頷いたルーテシアは、素早く着替えと済ませると使用人が用意していた荷物を持ち邸宅に地下蔵に隠匿されている抜け道へと向かう。

 その時、門の方から銃声が響く。

 痺れを切らした軍側と邸宅とルーテシアを守らんとする衛兵との間で戦闘が始まり、その音を背に受けたルーテシアは悲痛な表情を浮かべた。


「ごめんなさい……」


 命を賭して自分を守ろうとしてくれている衛兵たちを見捨てなければならないことに、ルーテシアは弱々しく謝罪の言葉を口にする。

 護国卿である村岡に全てを奪われたことで、これまで考えていた協力する貴族や軍人達と共に村岡の影響力を排除することが不可能となりルーテシアは絶望に苛まれるのだった。

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