第四章

第十五話

 ローゼルディア王国への派兵が決まり、はや五ヶ月が経とうとした頃。

 総帥官邸の地下に造られた総帥危機管理センターの会議室には、アッシュフォードを始めとした国家安全保障会議の全メンバーが集められていた。


「主様、全員参集いたしました」


 上座から見て右側の席に座るシルヴィアから告げられた蔵人が無言で頷くと、五度目となる国家安全保障会議の口火が切られた。


「アッシュフォード、早速始めてくれ」


 蔵人の言葉に従いアッシュフォードが演台へ移動すると、会議室正面の壁に埋め込まれた大型モニターが起動しルディリア大陸の地形図を画面に映し出す。


「それでは王国領内に侵攻した帝国軍の排除を目的とする反抗作戦、『フィンブルの冬』について説明いたしますが……」


 そこで言葉を区切ったアッシュフォードは、蔵人に鋭い視線を向ける。


「総帥閣下には無礼を承知で申し上げますが、本作戦は帝国の理不尽な暴力から王国を救うという安っぽいヒロイズムで行うものではないと今一度認識していただきたいと思います」


 アッシュフォードの暴言ともとれる発言は、会議に臨席していた全員を驚愕させた。


「あ、アッシュフォード議長、総帥閣下に対しなんということを……!」

「統合参謀本部議長といえど、今の発言は礼を失している!」


 右壁側で控えていた総帥軍の参謀たちが立ち上がりアッシュフォードを糾弾しようとしたが、当の蔵人は気にする素振りを見せず殺気立つ参謀たちを宥めにかかる。


「落ち着け。アッシュフォードも考えなしに今の言葉を言ったわけじゃない」

「で、ですが、今の発言は限度を超えているとしか……」

「いいから落ち着けと言っているんだ。なにか問題があれば俺が直接処分を下す」


 憤る参謀たちを着席させ場を落ち着かせた蔵人は、演台に立つアッシュフォードを真剣な眼差しで見据え厳かな口調で話し始める。


「その言葉、この胸に深く刻んでおこう。この戦争は王国を救うためではなく、建国時に定めた我々の最終目標への第一歩にすると約束しよう」

「それを聞いて安心しました。先程の閣下に対する暴言については、いかなる処分にも服する覚悟です」

「それには及ばん。アッシュフォードの言葉のおかげで戦争への心構えを改めてすることが出来た。ここにいる全員も、これ以上は彼女の発言を問題にするな」


 蔵人はそう言って全員が頷いたことを確認すると、アッシュフォードに説明を再開するよう促す。


「派遣するルディリア方面軍はラガルム近郊に戦力の集積を続けています。集積は順調に進んでおり、所定戦力の八九パーセントの移動が完了しました。態勢を整えた部隊から各方面への移動を開始し、帝国軍と対峙しています」


 アッシュフォードの説明が再開されると、モニターには各拠点の位置や展開している部隊の詳細な情報が逐一表示される。


「本作戦の最終目標は、王国と帝国の国境に建てられたルーヴェスト防壁要塞の奪還です。総帥閣下のご裁可が下り次第、『フィンブルの冬』を発動いたします。作戦の第一段階は、空軍と海軍による敵の航空施設に対する空爆です。この攻撃により敵の航空戦力を早期に無力化し、大陸の制空権を我々が掌握することで続く航空作戦の実施を容易ならしめます」


 説明に合わせ画面上に表示された味方の航空部隊を示す青色の輝点が動き、帝国軍の拠点を示す赤色の記号に次々とバツ印が付けられていく。

 アッシュフォードが話を区切ったところで、エネルギー省長官が手を挙げた。


「帝国軍の航空戦力についてお伺いしたい。その航空艦というものについて帝国軍はどれだけの数を王国戦に投入しているのか」

「航空基地は中部に二ヶ所、西部に三ヶ所が確認されています。各航空基地には四隻から八隻の戦闘型航空艦と六隻から九隻の輸送型航空艦の存在が確認されています。このため、王国侵攻には五十隻から八十隻近くが投入されているものと思われます」


 モニターに別のウィンドウが開かれると、説明に出た航空基地と思われる画像が映し出される。

 鉄道の駅が併設された基地には航空艦を格納するものであろう巨大な格納庫が建ち並び、発着場と思われる敷地には数隻の航空艦が停泊停泊していた。


「各航空基地には高射砲を始めとする対空火器の存在は確認されておらず、基地自体の無力化は比較的容易に行えるでしょう」


 そう言ってアッシュフォードが手元の端末を操作すると、モニターの画像は再び地形図をメインとしたものに切り替わった。


「――航空攻撃により制空権の掌握と敵地上軍に一定程度の打撃を与えた後、各戦線に展開する展開する地上部隊が進攻を開始。これが本作戦の第二段階になります。主攻は二個機甲師団を擁し中部に位置する第一軍団になります。南部に展開する第三軍団と北部に位置する第二軍団は展開する敵部隊を各個撃破しつつ側面より第一軍団を支援し、中部に展開する敵野戦軍主力の包囲殲滅を目指します」


 モニターでは前線に配置されていた自軍を示す青い矢印が一斉に動き始め、対峙する帝国軍を圧迫しながら北部と南部から進攻する部隊が徐々に包囲網を形成していく様子が鮮やかなまでに表示される。


「これらに呼応し第1海兵遠征軍は王国領西部の港湾都市セーヴィルを占領。ここを橋頭堡とし、帝国軍の反攻がないと確認された時点で後続の第18空挺師団がセーヴィルから北東三十キロに位置する航空基地を攻撃、これを制圧します。セーヴィルと航空基地を制圧することで敵の注意を惹き、ルーヴェスト要塞に控えていると思われる戦略予備の前線投入を阻む効果が期待されます」

「アッシュフォード、セーヴィルには帝国軍の守備艦隊がいたと記憶しているが?」


 セーヴィルの奪還を計画した王国海軍の主力艦隊が壊滅したことを思い出した蔵人が尋ねると、アッシュフォードも同意するように頷き端末を操作した。


「総帥閣下の仰るとおり、セーヴィルには駆逐艦級と砲艦級等の艦艇からなる守備艦隊が確認されています」


 新たに表示されたウィンドウには、港湾に停泊する多数の艦艇群の姿が見て取れた。

 やはりというべきか停泊している艦艇はこの世界の技術水準と比較すると遥かに先を進んでおり、駆逐艦級は日本海軍の「松」型、砲艦はドイツ国防海軍のAFPをどことなく思わせるものだった。


「セーヴィルに駐留する海上戦力は駆逐艦級八隻、砲艦級十二隻。これに加えて軽武装の哨戒艇が三十余り確認されていますが、我が方の艦艇と比べ性能的に優越しているとは考え難く撃滅は容易だと考えております。ですが、敵の海上戦力はこれだけではありません」


 また別のウィンドウが開かれると、どこかの島の衛星画像が表示される。

 島の港湾施設と思われる場所には大小様々な艦艇が停泊しており、その威容に蔵人や各省の長官は思わず息を飲んだ。


「こちらは帝国から南東に三〇〇キロの海域にある環礁に存在する帝国海軍の拠点です。ここに写る戦力だけでも戦艦級八隻、巡洋艦級二十隻、駆逐艦級五四隻、用途不明艦八隻、哨戒艇多数となっています」

「随分な数だな。これが侵攻艦隊の本隊か?」

「はい。統合参謀本部ではそのように考えています。また、このほかに帝国本土の軍港と思われる複数の港湾にも主力艦を含む艦艇が確認されています」


 アッシュフォードの言葉に嘆息すると、深く椅子にもたれかかった。


「なんとまあ、立派な海軍をお持ちなことで。とすれば、制海権を握り続けるためには最低でもこの画像の艦隊を壊滅ないし行動不能にしなければならないということか」

「はい。作戦は現在立案中ではありますが、衛藤海軍作戦総長からは必ず敵艦隊を撃滅するとの言葉を受けております」

「そうか。アッシュフォード、作戦の開始時期はいつ頃になりそうだ?」

「当初の計画と大きく変更はありません。敵の集結状況にもよりますが、我が軍は後一ヶ月で全ての用意が整います」

「わかった。作戦の細部について俺から言うことはない。横槍を入れては現場を混乱させてしまうだけだからな。だが、統合参謀本部も現地軍も敵を過小評価せず作戦を遂行してもらいたい」

「はっ。閣下のお言葉、現地軍にも伝えておきます」


 説明を終えてアッシュフォードが席に戻ると、次の報告者である小夜が演台へと移動する。


「総帥軍と王国軍が共同で実施する奪還地での治安維持と食糧を始めとする各種援助についてですが、懸念事項が出ております」

「というと?」

「奪還地にいるであろう行政官等との調整です。一部の地域では早々に行政官が帝国に寝返ったという報告もあります。これを放置すれば、必ず現地で衝突が発生するでしょう」


 小夜の言葉に、閣僚や後ろに控える官僚たちがざわめく。

 この食糧支援はただの正義感だけで行うわけではなく、王国民のイーダフェルトに対する心象をよくしておくことで後々の活動を円滑にするという思惑があった。


「奪還地で荒事になるのだけは避けたいが……奪還地に存在する造反者については、総帥軍でも排除できるようオーフェリア陛下に申し入れておく」

「ありがとうございます」


 その後も関係各所の報告は粛々と進められ、最後に質疑応答を経て国家安全保障会議は終了となったのだった。



      *      *      *



 ダールヴェニア帝国の象徴であるカルディア城の東側に建つ豪邸。

 その執務室では、屋敷の主である帝国皇女ルーテシア・ジゼル・ダールヴェニアが独自の情報筋から手に入れた各省庁の情報に目を通していた


『殿下、失礼いたします』


 扉をノックし一言告げてから入室したのは、黒で統一された騎士服に身を包んだ青年。

 青年は脇目も振らず執務机の前まで来ると、直立不動の態勢で主人であるルーテシアから声をかけられるのを待つ。


「――待たせたわね。それで、なにかあったのかしら?」


 書類から顔を上げたルーテシアは、目の前に立つ自分の専属騎士で秘書も務めるギルベルト・ルア・リヒトヴァルクを見た。


「軍務省の協力者より情報が届きました。参謀本部が再侵攻の日時を決定したと」

「……そう」


 表情を険しくしたルーテシアはギルベルトから書類を受け取ると、矢継ぎ早に目を通していく。

 総動員数六十万人超という帝国史上類を見ない大兵力を動員する作戦に、書類を読み終えたルーテシアは大きな溜息と共に椅子の背もたれにもたれかかった。


「数と兵器による力押し……これのどこが作戦と言えるのかしら」

「殿下の仰りたいことも理解できますが、今の帝国軍と王国軍には兵器の性能に天と地ほどの差があります。むしろ新たな兵器で複雑な作戦を立案すると却って部隊運用に支障をきたす恐れがあり、単純な力押しの方が都合がよいのでしょう」


 ギルベルトの言葉に、ルーテシアも同意するように頷く。


「わかっています。ですが、力押しで消費する物資のことを考えれば文句も言いたくなるものです」

「と言いますと?」


 ギルベルトが尋ねると、ルーテシアは執務机の上で山積みにされている書類の中から一枚を取り出した。


「農務省は食糧統制に向けて動き出しているそうよ。市井への流通を制限して軍への供給を優先するらしいわ」

「市井の生活まで犠牲にですか……そういえば、ここ最近成立した法案はどれも戦争遂行に必要なものばかりでしたね」

「軍部だけではなく、主要な省庁の要職には奴の息がかかった人間が送り込まれている。最早この流れを変えることは出来ないでしょう」

「歯痒いですね。殿下はこの危機を前から警告されていたというのに」


 帝国が着々と総動員体制に移行していく状況に、ルーテシアとギルベルトは互いに表情を曇らせ重苦しい空気が執務室に漂う。


「話は変わるけれど、お願いしていた件はどうなっているかしら?」

「申し訳ありません。多くの密偵を放ってはいるのですが、次々と連絡が取れなくなり……」

「そう。容易ならざる相手ということね」


 ルーテシアの呟きに、ギルベルトはどこか腑に落ちない表情を浮かべる。

 彼女がギルベルトに命じていたのは、王国と同盟を結んだイーダフェルトなる国家が派遣した軍の動向だった。


「聞いたこともない国にそこまで警戒する必要があるでしょうか。参謀本部でも特段脅威にならないと片付けられたようですが……」

「航空艦隊が王都を奇襲したとき、イーダフェルトとの国交締結式典の最中だったと聞いています。私はこう考えます。航空艦を墜としたのは王国ではなく、イーダフェルトだったのではないかと」

「まさか!? 新興国が航空艦を墜とすなんてこと」

「先入観は捨てなさい。癪ですが我が国はあの男の持つ知識のおかげで兵器の性能が何十年も先に進みました。イーダフェルトにもそういう人間がいないとは限りません。現に、あなたの密偵は全員が連絡を取れなくなっている」


 ルーテシアの話を聞いているうちに、ギルベルトの表情も険しいものに変わっていく。


「では、我が軍の侵攻は……」

「考えたくありませんが、失敗する可能性があります。下手をすると短期間では回復できない損害を負うかもしれないわね」

「そんな……」

「願わくば、少ない被害で作戦が失敗すればいいのだけれど」


 二人の会話が途切れると執務室は再び重苦しい空気に包まれ、ルーテシアは椅子を回転させて窓の外に広がる帝都の街並みを見つめるのだった。

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