第十三話

 ルディリア大陸において二大強国の一国に数えられるダールヴェニア帝国。

 その帝都ヴェルデンの北端に城下町を見下ろすように建つ帝城カルティア城は、帝都全体を囲う城壁とは別に二重の城壁で囲まれた強固な要塞でありながら紺と白の石材で彩られた優美さを併せ持つ帝国の象徴として有名だった。


「実に喜ばしいことだ。これで王国の滅亡は決まったも同然である」


 壮麗な外見に全く引けを取らない絢爛豪華な謁見の間。

 参集した上級貴族や高級文官、高級武官を前に城の主たるダールヴェニア帝国第三二代皇帝オルヴァルト・ルデア・ダールヴェニアは、金箔や様々な宝石が施された玉座に座り上機嫌な声で言った。


「これも全てキョウジ、卿の類まれなる頭脳のおかげだ」


 謁見の間の中央に敷かれた赤い絨毯を挟み左右に並ぶ上級貴族と高級文官、高級武官の列を睥睨するオルヴァルトは、高級武官の最前列に立つ男に声をかける。

 帝国軍将官の儀礼服に身を包んだ男は堂々とした歩調で絨毯の上を進むと、玉座の前で恭しく片膝をついた。


「恐れ入ります。これもひとえに皇帝陛下の御威光の賜物です」

「そう謙遜しなくてもよい。宿敵であった王国をここまで追い詰めることが出来たのは、卿の開発した兵器群のおかげなのだ」


 オルヴァルトはそう言って傍らに控える式武官から一個のスクロールを受け取ると、書かれている内容を厳かな口調で読み上げ始める。


「ローゼルディア王国侵攻の功績により、汝、ムラオカキョウジを帝国護国卿に任ず。また、帝国軍統帥総長に任じ、帝国軍全軍を汝の指揮下に置くものとする。ダールヴェニア帝国皇帝オルヴァルト・ルデア・ダールヴェニア」


 読み上げ終わると、ムラオカと呼ばれた男が玉座に続く階段を上りオルヴァルトから辞令と金銀の装飾が施された元帥杖を受け取った。


「卿の才があれば大陸統一はさらに早まるだろう。卿のより一層の働きと忠誠に期待する」

「はっ。皇帝陛下の御期待に沿えるよう努力いたします」


 元帥杖を受け取った男――蔵人よりも数年早くこの世界に転移していた村岡恭二は、そう言うと最敬礼をもって応じた。


「これで帝国軍はあの男のものか……」


 元帥杖を持ち階段を降りる村岡の姿に、上級貴族のひとりが複雑な表情を浮かべながら呟く。

 突如として帝国に現れたあの男は、皇帝の恩顧を笠に着て上級貴族出身の若手将校のほとんどを取り込んだ巨大派閥を作り上げ軍の中で絶大な権力を持つに至っていた。


「あの男を懐疑的に見ていたルハインツ元帥も、先の王都攻略作戦失敗の責任を押し付けられて軍を追われたと聞く。もはや軍の中であの男に意見できるものはいなくなったということだ」

「光輝ある帝国軍があの男の玩具になり果てる、か。たった一回の勝利であの男をあそこまで祭り上げるのはどうかと思いますな」

「声が大きいぞ」


 話していた顔馴染みの上級貴族を窘めた男は、自分たちが並ぶ列の最前列に並ぶ一人の女性に憐憫の視線を向けた。


「こうなっては殿下も歯痒い思いであろう。最初からあの男の脅威を唱えていたのだから」


 男が目を向けた女性――皇帝の娘の一人である第一皇女ルーテシア・ジゼル・ダールヴェニア。

 当初から村岡の怪しさを唱えていた彼女は、当時軍の最重要人物だったルハインツ元帥と協力し権力が村岡一人に集中しすぎぬよう関係各所の牽制に努めていた。


「聞くところによると、殿下も相当苦労されているようだ。最近では陛下はあの男の言葉だけを聞き、殿下との面会は拒否されているらしい」

「なんと。どんなに忙しくても殿下との面会は欠かさず行っていたというのに……」

「帝国は一体どこに向かっていくのだろうな……」


 そう言って会話を止めた二人の上級貴族は、上機嫌で村岡を称えるオルヴァルトの姿を見つめながら帝国の今後を憂うのだった。



   *    *    *      



 護国卿就任式典の翌日。

 各省庁の庁舎が建ち並ぶ官庁街の中でも一番の敷地面積と大きさを誇る帝国軍参謀本部。

 その庁舎内の黒色の御影石と大理石で出来た廊下を護国卿となり帝国軍内外に絶大な権力を築くに至った村岡は我が物顔で歩き、三階にある帝国軍の中枢と言っても過言ではない戦略指揮統制室に足を踏み入れた。


「「「閣下、護国卿のご就任おめでとうございます!」」」


 そう言って村岡を出迎えたのは、肩から金糸で編まれた参謀飾緒を吊るし胸には勲章を下げた彼腹心の高級将校たちだった。


「ありがとう。私がこの名誉ある職に就くことが出来たのも、ひとえに諸君らの働きのおかげである。王国占領という美酒を共に味わうため、今日も職務に邁進するとしよう」

「「「はっ!」」」


 満足気に頷いた村岡が部屋の大部分を占める作戦盤の前に移動すると、参謀たちもそれぞれの位置に立ち会議の開始が告げられた。


「それでは、現在までの戦況を報告いたします。セアン地方に敷かれた防衛線を突破した我が軍は既定の進出線まで到達。各部隊は、第二進出線進攻に向け補給と整備を行っています」

「前回の報告では第六軍の進攻が遅れいているということだったが」

「はい。機械トラブルにより進攻に遅れが出ていた第六軍でしたが、二日前に既定の進出線に到達しました。現在は他の部隊と同様に整備と補給を受けています」


 作戦参謀が説明するたびに、作戦盤を囲む別な参謀たちの手によって盤上に置かれた部隊の符号の書かれた駒が動かされていく。


「各戦線の兵站状況についてはどうか」


 村岡から尋ねられると、作戦参謀は後ろに下がり代わりに兵站線を担当する戦務参謀が一歩前に進み出た。


「野戦軽便鉄道の敷設が完了した戦域については滞りなく物資の集積が進められています。敷設が完了していない戦域は、航空輸送艦を使用した輸送で集積を行っているという状況です」

「全体的な集積量としてはどうだ」

「予定している量の六十パーセント程度です。鉄道が開通している戦域の中には集積が完了している箇所もあるのですが、やはり鉄道線の敷設が完了していない戦域向けの輸送に時間を要しています」


 戦務参謀は苦い表情をしながら説明する。

 兵站線の構築は作戦の当初から重要視されており戦務参謀も補給に穴をあけないよう努力していたのだが、どうしても広大な戦域になるにつれて物資の集積に差が出てしまっていたのだった。


「現在の集積量で侵攻を再開した場合、どこまで軍を進めることが出来る?」

「攻勢の最大限界はティブル周辺になるでしょう。予想以上に王国軍が脆かったため、事前の計画に従った兵站線構築が追い付いていません」

「王国軍も策士ですな。わざと脆く崩れてこちらの兵站を圧迫するという作戦を立案するのですから」


 戦務参謀の報告を聞いていた参謀のひとりが吐いた皮肉に、村岡を含むその場にいた全員から笑いが零れる。


「――冗談はさておき、兵站線構築の遅れは由々しき事態だ。野戦軽便鉄道が全戦域に開通するのにどの程度かかる?」

「現在の工事のペースだと半年は必要です。工兵をさらに動員し、昼夜問わず工事を進めることが出来れば三ヶ月程になるかと」

「わかった。新設した二個工兵旅団を増援として派遣させる。作業も兵士たちには申し訳ないが、昼夜交代制で実施するよう命令を出せ」

「はっ」


 各部門からの戦況報告を聞き終えた村岡は目を通していた資料から視線を上げると、駒が整然と並べられた作戦盤に視線を移す。


「兵站線構築に多少の問題は残るが、王都攻略作戦に話を進めるとしよう」


 村岡の言葉に全員が同意の意を示すと、再び作戦参謀が前に進み出た。


「本作戦の最終目標はもはや言うまでもありませんが、王都ヴィレンツィアになります。作戦開始後、増強された五個航空艦隊が各空港を出撃し制空権の確保と対地砲撃により残存する王国軍部隊に打撃を与えます。地上軍はこれまでと同様に中央軍を主攻とし、北部軍、南部軍は中央軍の助攻及び沿岸部、内陸部の平定を担います。海軍は海上封鎖を担う分艦隊が各主要港を出撃し、本作戦の主力艦隊である第五艦隊もルスラウ島を出撃し王国海軍最大の拠点であるルベルトアの基地機能を完全に破壊します」

「基地機能の破壊ということは、ルベルトアは占領しないのか」

「占領となると補給が追い付かなくなります。本作戦では制海権の掌握が目標ですので、王国海軍を行動不能にさえ出来ればいいと判断しました」

「なるほど。話を遮ってすまなかった。続けてくれ」


 作戦参謀の説明が進むにつれて盤上に配置された駒たちが王都ヴィレンツィアに向かって動かされ、ついに王都を模した模型の前で駒が止まる。


「――以上が本作戦の全容になります。作戦開始から王都占領までに要する時間は、一二〇時間を見込んでいます」

「随分と作戦の終了が早いな」

「航空艦と機械化部隊を中心とした作戦になりましたから。閣下が新たに開発された新兵器と併せれば、さらに作戦の終了は早まる可能性があります」

「その新兵器の配備状況はどうなっている?」

「先程の戦務参謀の報告と被ることになりますが、地上用の配備が予定より遅れています。航空用は各空港に停泊する航空艦に搭載済みです」

「やはり兵站線が問題になるか……ほかに懸案がある者はいるか?」


 村岡がそう言うと、作戦盤を囲んでいた参謀たちの中から手が上がった。


「情報参謀」

「はっ。王国に潜入させている諜報員の報告では、王国が同盟を結んだイーダフェルト軍の展開が始まっているということです」

「イーダフェルト軍? 聞いたこともない国だが、どれ程の軍を展開させている?」

「報告では三個師団相当の部隊が王国領に入ったとのことです」


 情報参謀はそう言うと駒の配置や移動を担当する参謀に指示を出し、敵であることを示す赤色の駒を盤上に置かせる。


「細かな編成は不明ですが、どうやら歩兵主体の部隊であるとのことです」

「三個師団相当ということは多くて四万か……」


 顎に手を当て思案顔で盤上を見つめる村岡に、参謀たちは威勢のいい言葉を口にする。


「閣下、三個師団の敵など恐れるに値しません」

「その通りです。中央軍だけでも三十個師団以上の部隊がいます。三個師団程度でなにが出来るでしょうか」

「そうだな。だが、イーダフェルト軍に関する情報収集は引き続き行え」

「了解しました」


 情報参謀の報告が終わりほかに報告者がいないことを確認した村岡は、全員を見回しおもむろに口を開いた。


「この戦争が終結すれば、我々の偉業は後々数千年以上にわたり帝国民に語り継がれるだろう。そのためにも気を抜かず作戦の精度を高めてもらいたい。以上、解散」


 会議を締めた村岡は一足先に部屋を後にすると、四階にある自分の執務室に入り深い溜息を吐きながら椅子に座り込んだ。


「あの老いぼれを薬で操って今の地位を手に入れたが、まだまだ先は長そうだな……」


 誰にも聞こえない声量でポツリと呟いた村岡は、椅子から立ち上がり壁に掛けられた大陸地図の前に立った。


「まずは帝国を手に入れた……次にこの大陸。そして最後はこの世界全てを俺のものにしてやる」


 村岡は低い声でくくっと喉を鳴らして笑うと、悦に入った表情を浮かべながら地図を手で撫でるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る