第四話

 軍事国家「イーダフェルト」が建国されて一年。

 各産業の促進やインフラ整備など島内のさらなる開発が進められる一方で、軍事力の拡張も凄まじい速さで行われた。

 この一年の間にイーダフェルト軍は各種通常兵器の生産と配備だけではなく、ICBMやSLBMといった戦略兵器の実戦配備がなされていた。


「――ここまでは全て予定どおりに進んでいるな」


 政治・経済・軍事の中心として第一特別行政区と名付けられたイーダフェルト首都。

 その一画に位置する総帥官邸の総帥執務室では、各省庁から送られてきた裁可を求める書類に蔵人が自身のサインを書き入れていた。


「自分で計画したこととはいえ、まさか国家元首になるとはなぁ」


 ペンを走らせる手を止めリクライニングチェアを回転させた蔵人は、背後のガラス越しに広がる市街の景色を眺めながら感慨深げに呟く。

 平凡な学生だった蔵人にとって国家運営という仕事は精神的にかなりの重責を背負わされるものだったが、シルヴィアや総帥府の優秀なスタッフたちに支えられながらなんとか国家元首としての職責を果たしていた。


『主様、よろしいでしょうか?』

「ああ。入れ」

『失礼いたします』


 総帥執務室に併設された副総帥執務室に繋がる扉が開かれると、総帥府と総帥軍の職員であることを示す紫紺色のダブルスーツを着たシルヴィアが入室した。


「主様、そろそろ定例会議のお時間になります」

「もうそんな時間か……」


 リクライニングチェアから立ち上がった蔵人は、ポールハンガーにかけられたシルヴィアと同じ紫紺色の上着に袖を通し執務室を出る。


「――しかし、こうも会議が多いと疲れてくるな」

「主様のお手を煩わせてしまい申し訳ございません。ですが、主様にご裁可求め

なければならない案件がまだ多くありますので……」

「いや、すまない。責めるつもりはなかった。シルヴィは本当によくやってくれているよ」


 謝罪の言葉を口にするシルヴィアに対し、蔵人は軽く手を振り労いの言葉をかける。

 副総帥と総帥府総裁という二つの要職を兼務するシルヴィアが多忙なことは蔵人も理解しており、彼女が各省庁へ指示して自分に送られてくる仕事量を調整してくれていることも知っていた。



「――ところで、今日の報告を行うのは?」


 三階の会議室に向かうエレベーターの中で蔵人が尋ねると、シルヴィアは懐から手帳を取り出し予定の記載されたページを開く。


「本日は国土開発省とエネルギー省、統合軍需省、統合参謀本部の四機関になります」

「統合参謀本部……もしかして深部偵察の経過報告か?」


 蔵人の問いに、シルヴィアは手帳を懐にしまいながら頷いた。


「はい。アッシュフォード議長からはそのように聞いております」

「そうか……どんな報告が聞けるのか楽しみだな」


 蔵人は笑みを浮かべながら嬉しそうに呟く。

 予定されている統合参謀本部の報告は、計画を次の段階へ進めたいと考える蔵人にとって一番心待ちにしているものだった。


「総帥閣下並びに副総帥閣下、御入来!」


 会議室にいた総帥府職員が厳かに告げる。

 その瞬間、会議室中央に置かれた長卓の両側に居並ぶ閣僚や統合参謀本部のスタッフは一斉に立ち上がり上座へ歩を進める蔵人とシルヴィアにそれぞれの最上級の例を示す。


「楽にしてくれ」


 礼を解き全員が着席したのを見計らい、蔵人は隣に座るシルヴィアと視線を交わす。


「では、定例会議を始めます」


 シルヴィアは会議の開始を厳かな口調で告げると、予定されている最初の報告者を指名した。


「――では、国土開発省から報告いたします」


 国土開発省長官が会議室正面の右端に置かれた演台へ移動すると、正面の壁に埋め込まれた大型モニターに電源が入る。

 パソコンを操作する総帥府職員に長官が合図を送ると、赤や青の線が引かれたイーダフェルト本土の地図が表示された。


「こちらの地図は、現在のイーダフェルト本土における幹線道路網の進捗状況になります」

「第一から第六行政区まで開通済みか……当初の計画より各区間の開通する時期が早いみたいだが?」


 一年前の会議で説明された計画よりも早い進捗に、突貫工事による欠陥等を危惧した蔵人が長官に胡乱な視線を向ける。


「ご安心ください。この期間の短縮は、総帥閣下のお力により第一から第三行政区までの工事が早く完了したことによるものです」

「なるほど。報告を遮ってすまなかった。続けてくれ」

「はっ。この地図からわかるとおり、工事は順調に進んでおります。島内全域にわたる幹線道路網の完成は、当初の計画より若干早まり二年後となります」


 長官が職員に新たな指示を出すと、モニターに表示される地図は行政区ごとに拡大されたものへと切り替えられた。


「続いて、各行政区におけるインフラ等の区画整備状況になります」

「インフラの整備もだいぶ進んできたな」


 地図で進捗状況を見た蔵人は、感心するように呟く。

 二十の行政区に分けられたイーダフェルト本島の中で、第一特別行政区などの国民の生活するエリアや現在開発中のエリアのインフラ整備はほとんど完了していた。


「現在は、工業地区となる第十二行政区の整備を進めています。工事は順調に進んでおり、完了予定は計画どおり半年後になります」

「ほかの開発事業の進捗はどうなっている?」

「農業地区となる第十九、第二十行政区の開墾作業及び水耕プラント建設工事も順調に進められています。高速鉄道を含む鉄道の敷設も予定どおり進んでいます。島内全域への敷設完了は、幹線道路網と同じく二年後の予定です」

「よろしい。――管理島の開発状況についてはどうか」


 管理島と名付けられたイーダフェルト本島の周囲に点在する十五の小島嶼は調査終了後、蔵人によって警備隊の駐屯地や港が召喚されていた。


「エネルギー省の報告とも被りますが、海底油田開発のため第六管理島に製油所を建設する予定です。また、第十三管理島には囚人等の収容施設を建設中です。両管理島以外は、駐屯地や港周辺の雑木林の整備を行うのみとなっています」

「開発方針も決まっていないから仕方ないか……わかった。国土開発省は引き続き本島の開発と管理島の用途検討を進めてくれ」

「かしこまりました。以上で、報告を終わります」

「――続いて、エネルギー省長官」


 演台を離れ自席に戻った国土開発省長官と入れ替わるように、指名されたエネルギー省長官が演台に立つ。

 それに合わせ、モニターの画面も管理島の一島と周辺海域の地図に切り替えられた。


「――第九管理島近海の海底油田開発の進捗ですが、当該海域に石油プラットフォーム、管理島に製油所の建設工事を進めています。現在の計画では半年後に各施設が完成し、掘削及び精製を始めることになっています」

「ふむ……海底油田の推定埋蔵量は、たしか十億バレルだったか?」


 海底油田発見時の報告を思い出した蔵人が尋ねると、長官は少し気まずそうな表情を浮かべた。


「推定埋蔵量なのですが、訂正がございます」

「訂正……?」

「海底油田を再調査した結果、石油は一三〇億バレル、天然ガスは一兆立方メートルの埋蔵量があると推定されます」

「北海油田並みの規模だな……それだけの埋蔵量なら、エネルギー事情は解決しそうだな」

「はい。油田とガス田が本格的に稼働した暁には、我が国は完全にエネルギーの自給体制に入ることができます」

「それはうれしい誤算だったな。本格的な稼働が待ち遠しところだ」


 そう言って蔵人は、上機嫌な様子で椅子の背もたれに身体を預ける。


「続いてイーダフェルト国内で採掘される鉱物資源についてですが、配布している資料をご覧ください」 


 長官に促され机の上に置かれていた資料に目を通すと、国内で採掘可能な鉱物資源の分布図と推定埋蔵量が記載されていた。


「これは……なんというか、凄いな」


 記載されている内容に、蔵人は思わず感嘆の声を漏らす。

 採掘可能な鉱物資源の中には、鉄や銅といったベースメタルのほかにクロムやタングステンなどのマイナーメタルも多く含まれていた。


「分布図にもあるように、一部の鉱物は管理島に鉱脈が存在しています。これらの開発も進めたいと思っているのですが……」

「わかった。開発については国土開発省と調整しながら進めてくれ。長官もそれでいいな?」

「かしこまりました」

「ありがとうございます。エネルギー省からの報告は以上となります」


 エネルギー長官が着席すると、蔵人が待ち望む報告者――アッシュフォード統合参謀本部議長が演台に立つ。


「――それでは、大陸で実施中の深部偵察について報告いたします」


 アッシュフォードが報告を始めると、モニターにイーダフェルト本島や管理島ではない大陸の衛星写真が表示される。

 この大陸は哨戒機による航空偵察によってイーダフェルトから北西に二五〇〇キロ離れた海域で発見され、複数の都市や村落が確認されており国家も存在すると目されていた。


「現在、大陸東端に拠点を設け偵察活動を行っています。偵察活動の内容は現地民との接触を目的とするもので、分隊規模の十個偵察隊が活動中です」


 報告は続き、大陸へ派遣した各偵察班の現在位置や状況などが説明される。


「――各偵察班からの情報資料により、大陸についてある程度のことが判明しました。大陸の名前はルディリア。二つの大国と若干数の中小国家群が存在しています。技術レベルは国によって異なりますが、一部の国は近代に匹敵するとのことです」


 モニターの画像が切り替わると、衛星写真を基に作成された複数の色で着色された地図が表示される。


「偵察隊が拠点を置く大陸東端は、大国のひとつであるローゼルディア王国の領土内であるということが判明しました。使用されている言語についても我々のものと変わりなく、意思疎通に問題はないとのことです」

「それは好都合だな。それで、ほかの国については?」

「大陸西部はダールヴェニア帝国領。この二大国と隣接するのがゼネルバート諸国連合となります。また北東部にもルデニア公国など中小国家群の存在が報告されています」


 大陸に存在する国家の説明が終えたアッシュフォードが壁際に控える総帥府職員たちに目配せすると、それぞれの目の前に見たことのない貨幣が配布された。


「皆様の前にあるのは、偵察班が入手した大陸で使用されている貨幣になります。向かって右からクラール金貨、ロネル金貨、シノラ銀貨、レネス銀貨、ベルナ銅貨と呼ばれている物です」

「ほう、ずいぶんと立派なものだな」


 蔵人はロネル金貨を手に取ると、物珍しそうに眺める。

 クラール金貨とシノラ銀貨は五〇〇円硬貨、ベルナ銅貨は一〇〇円硬貨程の大きさだが、ロネル金貨とレネス銀貨は江戸時代に使用されていた二朱金のような矩形だった。


「大陸ではこれら貨幣の使い分けがされており、クラール金貨とシノラ銀貨は貯蓄。市中で実際に商取引等で使用されているのはそれ以外の貨幣のようです」


 その後も続けられるアッシュフォードの報告に、蔵人は興味深く耳を傾ける。


「――以上、各偵察班は引き続きルディリア大陸の政治体制や商工業など社会全般の情報収集を行う予定となっています」

「そうか。本格的に大陸の国家と接触できるようになるには、まだ時間がかかりそうか?」

「……軍といたしましては、最低でもあと半年はいただきたいと思います」

「わかった。大陸の国家との本格的な外交の開始は半年後の報告を待って判断するとしよう」

「閣下のご決断に感謝します。以上で、統合参謀本部からの報告を終わります」


 アッシュフォードが演台を離れると、入れ替わりで今日最後の報告者である中将の階級章を付けた統合軍需省長官が報告を始める。


「各軍で使用されている武器弾薬について、各工廠に置いて生産が開始されました。詳細については、配布の資料をご覧ください」


 配布されている資料には正規軍や総帥軍が使用する兵器や弾薬の生産計画が記載されており、その内容に蔵人は満足気な表情を浮かべる。


「短期間でよくここまでやってくれた」

「もったいないお言葉です。――続いて、総帥閣下が召喚された艦艇の近代化改装について説明いたします。資料の十ページをご覧ください」


 指定したページを全員が開き、統合軍需省長官も自分の資料を見ながら説明を続ける。


「総帥閣下が召喚された日米艦艇の近代化改装は、六五パーセントが完了しています。このうち、公試運転まで完了しているのは三十パーセント程です」

「ほう、そこまで進んでいるのか」


 予想以上の進捗に、蔵人は感嘆の声を漏らす。

 召喚された艦艇の中でも「大和」型戦艦など第二次大戦中に建造された艦艇はそのまま戦列に加えるわけにいかず、統合軍需省の持つドック設備をフル稼働して機関や電子装備、兵装の近代化改修が急ピッチで進められていた。


「――『伊勢』型航空戦艦や航空戦艦に改装中の『扶桑』型など一部の艦艇は艦体延長等の工事を必要としますので、もうしばらく時間が必要となります」

「武器弾薬の生産に加えて艦艇の改修も急がせたが、本当によくやってくれた」

「総帥閣下にそう言っていただけると、現場の工員たちの苦労も報われることでしょう」


 蔵人の労いの言葉に、長官は口元を綻ばせた。


「全艦艇が戦力化されるのはいつ頃になりそうだ?」

「最低でも二年は必要です。公試運転まで考慮すれば三年は必要かと」

「わかった。万全を期すためスケジュールどおり作業を進めてくれ」

「はい。お任せください」


 統合軍需省長官の報告も終わり、シルヴィアによって追加の報告がないことも確認される。

 最後にあと半年間は内政に注力し、大陸に存在が確認された国家との接触は次回の軍の深部偵察の結果をもって判断するという行動方針が蔵人の口から告げられ定例会議は解散となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る