第170話 凍てつく

 引き裂かれるような体の痛みを感じるが、叫ぶことすら許されない。


(ここはいったいどこだ、早くレナンの元にいかねば)

 意識はあるのに、体は動かせない。


 まるで水の中にいるように体が重く、周囲も暗くて音も映像もない。


 それでも懸命にもがいた。何もしていないとこのまま消えてしまいそうで怖かった。


 だんだん時間の感覚も自分がどちらを向いているかもわからなくなる。上も下も分からない程感覚がなくなり、痛みも感じにくくなってきた。


(このまま死んでしまうのか?)

 自分が? 家族を置いて?


 そんな事許されるはずがない。


 一生懸命に手を伸ばす。


 このまま終わるわけには行かない――





「エリック様!」

 凄まじい冷気に、レナンは近づきたくても近寄れない。


 魔力があってもバルトロスには及ばない。


(助けたい、でもただ近づいたのでは何も出来ずに凍ってしまうわ)

 エリックを助けられるのはレナンだけなのに、早くしないとエリックが死んでしまう。


「レナン様、僕と一緒に行きましょう」

 二コラがそう提案してくれる。


「僕ならエリック様がいる限り、凍っても死にません。行きましょう」

 失礼します、と言ってレナンを抱え上げる。


「二コラ、狡いわよ!」

 キュアの怒りの声がするが、二コラは涼しい顔だ。


「キュアには任せられません。あなたは普通の人なのだから。レナン様、エリック様を必ず助けてください」

 二コラはおだやかな顔をしていた。


「気を付けていくのよ」

 オスカーも気遣いの声を上げる。


「えぇ。あなたとメィリィ様の結婚も楽しみにしていますからね」


「まぁ! あなたがエリック様以外に関心持つなんてめずらしいわ。ぜひスピーチを頼むわよ」

 オスカーのそんな軽口に二コラは苦笑する。


「生きて帰れたら考えますよ」

 二コラはそう言うと加速する。


 可能な限り氷の間を避けていくが、二コラの体は凍り始める。


 そもそも防御壁を張っていない。


 レナンを守れればいいと、レナンを中心に張っているために、二コラ自身は無防備な状態だ。


「お願いします、レナン様」

 途中でバルトロスに気づかれたら終わりだ。


 念じるだけで二コラは死ぬ。だから急ぐ必要があり、自分にかまけている余裕はない。


「っ貴様!」

 バルトロスが気づいたようだ。


 二コラの心臓がドクンと跳ねるが、レナンからは手を離さない。


「エリック様!」

 レナンから放たれる魔力である程度緩和されるが、それよりも早く二コラが失速する。


「すみません、レナン様……!」

 ついに二コラの体が傾いた。


 レナンを庇うように自身の体を下敷きにし、鋭い氷の上に滑るようにして落ちる。


「!!」

 その衝撃にレナンは目を閉じて耐えた。動きが止まるのを確認して、二コラの腕から這い出るようにして起きる。


「エリック様」

 バルトロスの周りは凍える寒さだ。


 動かなくなった二コラがあっという間に氷に飲まれていく。


(急がないと)

 早くエリックを戻さないと、二コラも本当に死んでしまう。


 もうほんの数歩の距離だ。


「もう貴様も要らん」

 間近で見るエリックの全身には夥しい亀裂が走っていた。


 命までも費やし、魔力へと変換しているのだ。


「いい加減にして!」

 ガタガタと震えながらもレナンは前に進む。


 防御壁はかろうじて張れているが、全ての遮断は出来ていない。


「バルトロス、これ以上エリック様の体で好き勝手するのは許さない!」

 レナンは手を伸ばすが、バルトロスはあっさりと避ける。


「はっ、お前ごときに言われる筋はない」

 レナンに向けてバルトロスは黒い杭を向ける。


 無数のそれはレナンを飲み込むように放たれたが、その全てが霧散した。

 エリックの贈り物のネックレスと共に。


「なっ?!」

 驚くバルトロスにレナンの手がようやく触れる。


「もう逃がさない」

 レナンは目を閉じて、集中する。


「そうは簡単に返してたまるか」

 そう言うとバルトロスは自分ごとレナンを氷で包み込んでいく。


「レナン様!」

 二人はそのまま氷像と化した。

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