第144話 強大な駒

 ティタンの心を上手く操ることが出来た。


「ふふっ脆いわね」

 本人ではないと気づいてるはずなのに、妻が怪我をし動揺したのだろう。


 痛かったが体を張って良かったと、すぐに回復魔法で傷を塞ぐ。


 ミューズが凄腕の治癒師というのは知っていた、だから捨て身でティタンを欺いたのだ。


 全てはティタンの心の隙をつくために。


「この体を今失うわけにはいかないの」

 ルビアの体はティタンによって破壊された。


 このままこの体まで失ってしまっては、ルビアは魂だけの存在になり、消えてしまう。


(次なる依り代の目処は立っているけれど、あちらも無事に手に入れたかしら)

 それまでこの体は大事にしなければいけない。


 ミューズの力も利便性がある為、従順な誰かの魂を入れてもいいかもしれない。


「ティタン様、起きて」

 ティタンはゆらりと立ち上がると、虚ろな目でルド達を見た。


「あいつらを殺しなさい。ただしあまり傷つけないようにね、新たな手駒にするから」


「わかった……」

 静かにティタンは返事をし、走り出す。


「ティタン様?!」

 身体強化の術を掛けたティタンはまずは手近に居たルドを狙う。


 殺すなという命令故に素手ではあるが、それでも強い。


 剣を抜くわけにはいかない為、体術にてルドも躱していく。


「お止めください、ティタン様!」

 正気を失っているのはその目でわかる。


 それでもルドは必死で避け、声を掛け続けた。


「こんな事、ミューズ様が悲しみます」

「……」

 ティタンの拳がルドの腹に入る。


 骨の折れる嫌な音、そして余りの衝撃に視界が定まらず、前が見えない。


「がはっ!」

 口から血を吐きながら後方へと飛ばされたルドは受け身を取ることも出来ない。


 追撃しようとするティタンに向かって、セシルが草魔法を放つ。


「落ち着いてください! ティタン様、どうか正気に戻って!!」

 こんな攻撃で止められるとは思わないが、時間稼ぎくらいはしなくては。


 いくら鍛えているルドでもティタンの攻撃をまともに受けて無事なわけがない。ピクリとも動かず地に伏している。


 ティタンはセシルの魔法などものともせず、硬い木も全て腕力でねじ切っている。ほんの僅かな時間で、殆どを破壊してしまった。


「もう少し保ってくれ」

 今度は結界にてティタンの周りを囲む。檻のようになったそれは拳だけでは破れないはずだ。


 セラフィムの時は大剣にて叩き切ったが、今はそれも制限されている。そしてセシルの魔力はセラフィムの王子よりも多い。


「ライカ! 早くルビアを捕えてくれ!」

 ティタンを止めるには命令している者を止めるしかない。


 ライカは身を低くし、風のように早く走る。


「くっ!」


「逃がすかぁ!」

 身を翻し、距離を取ろうとしたルビアを火炎魔法で囲み、逃げ道を塞ぐ。


「本当に捕まえられると思った?」

 あと少しで捕まえる、そんな時にルビアの姿が消えた。


「稚拙なものね。脳筋王子の部下はこの程度なの?」

 ルビアはティタンの元へと転移していた。


 セシルの張った結界は脆くも崩れ去り、キラキラとした結晶となって散っている。 魔力の差は歴然だ。


「この体が誰の者か忘れたの? あなた如きでは敵いっこないわ」

 ルビアは楽しそうに笑っていた。こんなにも豊富な魔力を手に入れられるなんて思ってもいなかった。


 今なら何でも出来そうだ。


「ねぇティタン様。あの者達は私に傷を付けようとしたのよ。許せないわ」

 ミューズの姿をしたルビアはティタンへと囁く。


「ぜひ懲らしめてくださいませ」

 怒気が強くなり、その覇気だけでアドガルム兵たちはへたり込んでしまう。


「ティタン様……」

 ライカは剣を抜いた。


 勝てるとは思わない。だが無抵抗でやられるわけにはいかない。


 今まともに戦えるのは自分だけだ。


 そもそもセシルは戦闘要員ではない、後方にて補助を行う者だ。なのに前線にまで駆りだしてしまっている。


 ルドもまだ戦える程回復していない。


「止まっては下さいませんか?」

 ライカの声掛けにもティタンは言葉も発せず足も止めない。


「動けるものは今のうちに逃げろ。セシル、後は頼んだ」

 セシルの転移魔法で撤退する時間を稼ぐしかない。


 ライカは炎を剣に纏わせる。


「あなた様に剣を向けることをお許しください」

 殺す気でもないと時間は稼げないだろう。ライカは殺気を纏いティタンへ向けて走り出した。





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