第81話 焦燥と成長

 嵐のようにやってきて去っていったロキに戸惑いと怒りが湧く。


「ロキ殿はミューズをどこに連れていったんだ」

 信頼するシグルドとキールの身内とはいえ許容できるはずがない。


 ロキがいない代わりに二人を問い詰める。


 行先も告げずミューズを連れ去ったのだ、ティタンの憤りは当然なものであるが、二人とて知らない。


 家族であってもロキの行動はよくわからないのだ。


「ロキが来たと聞いたが、彼はどこにいる?」


「父上?」

 怒りに満ちたティタンの元を訪れたのは、国王のアルフレッドだ。


「こちらも知りたいです。彼は急遽現れ、そしてミューズを攫って行った。彼は一体どういう人物なのですか?」

 怒りはそのままアルフレッドに向かう。


 アルフレッドよりティタンは大きいので、息子とはいえ威圧感が強い。


「ロキ=ガードナー伯爵はこの国でも特別な者だ。彼にはアドガルム国の魔術師の統括をお願いしてる。数々の魔道具のアイデアも彼が生み出しているからな」

 普段は他国へ行き、様々な情報を集めている。


 仕事というよりは趣味のように好き勝手に動いている、気まぐれで自由、一か所に留まるのをよしとしない男だ。


「今回の帰国はアドガルムがヴァルファルに攻め入られると知って帰ってきたのだ。厄介な転移魔法と国の防衛を何とか出来ないかと思ってな」

 魔術師で結界を張るのも魔力に限界がある。


 その為、それに代わる何かがないかロキに相談したかったのだ。


「転移魔法を使い、今まさにどこかに行きましたが。結界なんて関係なさそうでしたけど」

 その為魔術師達がしばしざわざわしていた。


「そのような凄腕の者が何故今までアドガルムに居なかったのです?」


「表向きは他国の魔法と魔道具についての情報集めだが、それと病気の治療法も探していた。姉と義兄が死んだ病気の特効薬を探し行きたいと言っている。長年国を離れていたが、どうやって移動してるかと不思議だったな。まさか転移魔法も会得していたとは」

 思っている以上に重要な仕事を請け負い、そして確たる動機があったようだ。


「そのような人が、何故ミューズを連れ去った? いくら身内とはいえ腑に落ちない」


「身内?」

 その言葉にアルフレッドはシグルドを見る。


「どういうことだ、ティタンに話したのか?」


「愚息が全てを。ミューズ様もいる前での事です」


「知っていたのですか、父上も」

 アルフレッドの胸倉を掴み、持ち上げる。


 さすがにこれは許されない。


「何故秘密にしていたのです。少なくとも、この国に来た際に話しても良かったことではないですか? ミューズの出生に関わる事、そして事実を知るものも多くいた。ならば改まった場でしっかりと告げるべきであったはずなのに、何故このタイミングで、このような告げ方になったのです。答えてください」

 これはまずいと周囲が止めに入る、ティタンの力で詰め寄られたら呼吸も出来なくなる。


 咳きこむアルフレッド、そのような八つ当たりをされても困ると泣きそうになる。


「俺達はミューズ嬢に話さないと取り決めていた。ロキが話したのは完全にあいつの独断で、陛下は悪くない」

 師であるシグルドの言葉にティタンは深く息を吐いた。


 彼女が側にいない事で、ここまで感情が押さえられないとは。


 ロキを知らないティタンからしたら、ただミューズを傷つけ連れ去ったものとしか思えない、最悪の印象しかないのだ。


 身内とは言っていたが、それで収まるはずがない。


「早く戻ってきてくれ……」

 そう願わざるを得ない。






 ロキに連れてこられ、三日は経過した。


 野営についてや見張り、及び結界についてのレクチャーを受ける。


「何かあった時の為に覚えておいて損はない。結界石を作ると便利だぞ」

 一つの魔石を渡された。


「これが何で出来ているかは知っているな?」


「魔獣などの命の源と聞いております。魔力が豊富に含まれていると」

 ロキがそれに何かを唱えると何やら文字が刻まれる。


「人や魔獣を寄せ付けない魔法を刻んだ。こうして魔力が豊富な魔石に直接刻めば、しばらくもつから便利だ。過信は出来ないがお守り代わりにな」

 それを四方において腰を掛けた。


「野宿もなれたか?」


「いいえ。正直体は痛いし、眠れません」

 着替えはないし、シャワーも浴びれない。


 浄化の魔法で汚くはないが、髪や肌は痛むし、疲れも取れていない。


 ロキが渡す回復薬で何とかなっている。


「明日には帰る、だいぶ鍛えられただろう」


「そうですね……」

 ロキと会って驚きの連続しかない。


 実の父についてや、このような戦場に急に連れてきてもらった事。


 恩人として国に来て欲しいと言われたが、それを断り、あっという間に山の中に転移した。


 人の回復が終われば転移魔法の練習に移った。


「場所の記憶が大事だ。まずは見える範囲で」

 数メートルの移動から始める。


 身体が浮く感覚と、透明な膜を破るような感覚に、少し酔ってしまった。


「これを覚えろよ。アドガルムに戻ったら信頼できる魔術師にだけ教える。俺様一人で教えるのはめんどくさいからな、ミューズも手伝え」


「信頼できる者だけ、ですか?」

 力あるものに教えれば有利になるような気がするのに、ロキはそれを拒否する。


「悪用されると困るからな。今回の帝国のように」

 魔力がある程度あれば使えてしまうが、便利な力は使い方次第で悪ともなれる。


 慎重に見定めねばならない。


「転移魔法についての対策も、フェンに話して大規模な魔道具を用意してもらっている。完成すればアドガルムを囲う巨大な結界を張れるようになるだろう」

 それは凄いものだ。


「原動力は魔石だが、魔術師の魔力でもいい。蓄えるものを用意してあるから、魔力を持つ者さえいれば半永久的に使える」


「叔父様は何でも出来るのですね」

 変な人ではあるが凄い実力の持ち主だ。


 ずっと結界を維持しているのに魔力切れすら起こさないし、眠っている様子もない。


 不思議な人だ。

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