第83話 シェスタ国の王太子

 ロキが来る数日前の話だ。


 属国の王太子として、グウィエンはアドガルムに直接出向き、妹の無作法を謝罪しようと考えていた。


 グウィエンは鷹揚ではあるが、考えがないわけではない。


 この国を今までのような閉鎖的で独善的なものから変えたいのだ。幸い新しい世代のものはグウィエンを支持してくれている。


 男は騎士、女は治癒師など拘らなくていいという考えだ。


 治癒師の力が弱いもの、力自体を持たない者、剣に向いていないもの、そして文官が劣るわけではない。


 回復魔法を持たない女性が必要以上に蔑まれる謂れはない。


 自分が国王となった際はそういうものを無くして行きたいのだ。馬鹿なふりをして、父達を欺いてはいるが、従者セトと共に声なき声を拾っては味方を増やしている。


 そんな今、アドガルムの不況をこれ以上買うのは良くない。


 戦で負けたのは仕方ない、しかしこんなくだらない理由で王家取り潰しになるわけにはいかないのだから。


 どちらにしろ会って話をせねば。グウィエンは文をしたため、アドガルムへ向けて出発の準備をする。






「シェスタ国の王太子より先触れか」

 エリックは興味深く、文章を読む。


 妹ユーリのしたことへの謝罪、そしてマオが元気にしているかの確認。個人的な訪問をしたく、ぜひ王子達と話がしたいという事が書かれている。


 すぐにリオンから聞いた話を思い出した。


「悪い人ではないが、女性好きですね。会うならばレナン様や女性は遠ざけて方がいい」

 エリックは会う事を決めるが、レナンとキュアの同席は遠慮させる事にした。


 国力的にはシェスタは強く、皆が戦いに意欲的で、攻守ともに鍛えている。


 帝国との戦いの前に信頼関係をより深められたら戦の上でも有利だ。


 治癒師達の力も強く、先の戦で苦戦を強いられたが、リオンのお陰で足止めが出来、多数の治癒師の捕縛に成功した。


「何を話したいのかが気になるな」

 王太子自ら会いたいなど何をどう話すつもりなのか。


 まさか本当に妹の謝罪だけでは来やしまい。次代の国王になるものがどの様な考えを持つ者か見極めたいのもある。


 ヴァルファルとの戦の際に手を取り合って助け合える国か、それとも見捨てるべき国なのか。


 国王アルフレッドに頼み、ぜひ見極める役目をとエリックは請け負った。






「おぉ! 会ってもらえて嬉しいぞ」

 満面の笑みと両手を広げる好意の行動、ニコニコとした笑顔は裏がなさそうだ。


「シェスタ国の王太子、グウィエン=ドゥ=マルシェ殿。本日はお越し頂きありがとうございます。それにしてもなかなかな贈答品の数、大変だったでしょう」

 シェスタから送られたものを見て、エリックは苦笑していた。


「何、宗主国への尊敬の表れだ。先の戦ではシェスタはボロ負け、アドガルムという国は本当に凄いのだと思ったぞ」

 豪快に笑うグウィエンは敬語の全くない話し方で、尊敬の念などなさそうだ。


 正式な挨拶も礼儀もない。


 ニコラも眉を僅かに顰めているし、オスカーも訝しげな表情だ。


「何をおっしゃいますか。シェスタの強さも侮れませんでしたよ。騎士達の腕前も巫女達の治癒の力も。どれも一級品でこざいました」

 エリックは真意を探るために、グウィエンの言葉遣いなどは指摘しない。


 挑発し、怒らせようとしてる可能性も考慮していた。


「そんな冗談をエリック殿も言うのだな。一級品などと言うが、軽くあしらわれてしまっただろ。リオン殿の魔法でてんやわんやだったからな。そんな強い男のもとに嫁げてマオはさぞかし幸せだろう」

 ふと、グウィエンの表情が和らいだ。


 マオへの気遣いの言葉が出るのは本心心配してるのだろう。


「そうですね、幸せかと思います。今本人達はいませんが帰国したら伝えます」


「それは残念。ならば王太子妃は? ぜひ会ってみたい。相当な美人とお聞きしたが」

 ピクリとエリックが表情を動かす。


「生憎と体調を崩してましてね。申し訳ない」


「そうなのか、残念だ。まぁこのような美人を見られたのだからまぁいいか」


(美人?)

 該当するものがわからない。


 いるのは自分とニコラ、それにオスカーだ。


 あとは騎士たちはいるが、侍女たちは控えてもらっている。


 そうなればオスカーか?


「金髪翠眼、噂に違わぬ綺麗さだ。男にしておくには勿体ない」

 自分の事かとエリックはようやく気がついた。


「グウィエン殿は男色の気もおありなのか。知らなかった」

 目の端でニコラが剣に手をかけるのが見えた。


「美しいものが好きなだけだ。男女問わずにな」

 エリックも幾度となく容姿を褒められたことはあるのでわかるが、グウィエンの言葉に好色の雰囲気はない。


 かといって不快感を覚えないわけではないが。


「女性を見ると見境なく口説くとは聞いていましたが」


「マオからか? まぁ跡継ぎも欲しいしなぁ。しかし先の戦もあったし、これから帝国とやり合うようにもなるし、その余裕もない。なかなか良い女性も見つからなくて困ってる。なのでエリック殿が正直羨ましい。このような戦乱の最中に相思相愛のものが見つかるとは、ぜひコツが知りたいものだ」

 政略にて結ばれた婚姻なのはもちろん知ってるはずだ。


 その後寵愛の噂は流させているが、他国の者では信用してない者も多い。


「そうですね。レナンとは仲睦まじく過ごさせて貰っています、熱意をもって口説きましたから」

 さらりとそんな事をいうエリックに、おぉ!と感嘆の声を上げる。


「やはり熱く思いを伝えることが良いか。今後の参考にさせてもらう」

 目をキラキラとさせ、希望に満ち溢れる目に調子が狂う。


「そろそろ本題に入りませんか?」

 エリックの促しにグウィエンは虚を点かれた。


「全て本題だが?」


「はっ?」

 エリックもまた驚いた。


「でもユーリのすることについての謝罪がまだだったな。愚妹が失礼した。許されればティタン殿、並びに配偶者殿にも直接謝罪したい。度重なる非礼の手紙は不愉快だったろうからな。なので兄であり王太子である俺が来たのだ」

 グウィエンは頭を下げる。


「心から詫びる、申し訳なかった」

 何ともおかしな男だ、エリックも図りかねる。


「なればユーリ王女の行動を諌めてくれ。ちなみにティタンへの謝罪は不要だ。手紙は全て俺で止めている」

 余計な心労を与えたくなくて、ティタンには伝えていない。


「それは有り難い。俺は手紙の内容は知らないが、きっと碌でもない事が書かれているのであろう。そして愚妹は何度諌めても止めてくれず、父も困っている。なのでだ」

 グウィエンは決意を込めた目でエリックを見た。


「もしもユーリがこれ以上馬鹿なことをしたらシェスタ国はユーリを見限る。それで許してほしい」

 もう庇い立てをしないという宣言だ。



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