奪おうとする者と守りたい者
第66話 君主の意
王女達を誘拐しようという帝国の行動と考えに、腹立たしい思いと戸惑いが生まれる。
帝国との全面戦争を前に出来ることはないだろうか。
「帝国の皇帝、バルトロス殿と話がしたい」
アルフレッドの心境はそのようなものだ。
あまりにも一方的な攻撃及び侵略に何か裏があるのではないかと思ったのだ。
三国との戦の後、ようやっと平和になったかと思えばこのような誘拐未遂の行動と明らかな殺意、そして各諸国であった乱暴の数々は、本当に昔、共に学んだバルトロスが命じたものだろうか。
「アナスタシア、そなたは此度の帝国の行動をどう思う?」
妻であり、王妃であるアナスタシアの意見はどうであろう。
彼女もまた学友であり、バルトロスと話をしたことがある。
「そうですね、彼は口数の少ない人ではありましたが、このような多くの人の犠牲を出すような、大それたことを考えている人には思えませんでしたわ。何より彼が皇帝になったなんて、最初に聞いた時は驚きましたもの」
アナスタシアも昔に思いを馳せ、小首を傾げる。
静かに勉学に励む男であった。
そして彼には兄がいた。
だから留学と称してこのアドガルムの学び舎にて共に勉強をしたのに。
「それが今や侵略者になるなんて……」
アルフレッドはため息をついた。
「陛下が思う程向こうはこのアドガルムに思い入れはないのかもしれませんね」
宰相のヒューイがスパッと切り捨てる。
「人は変わるものですし、真意など本人しかわからない。三国と戦い弱っているだろうと、今が攻め時と考えただけかもしれません」
辛辣な物言いに、苦笑する。
「ヒューイはいつも容赦ないな」
「当然です。人の心に絶対などないのですから、昔に縋るなど愚かな事です」
ヒューイもバルトロスの若かりし頃は知っている。
昔からアルフレッドを支えるために近くにいたのだから。
ヒューイから見たバルトロスは、何を考えているかわからない男だった。悪い事をするようには見えないが、けして否定する事も出来ない者、そんな印象だ。
アルフレッドやアナスタシアは昔から人懐こく、誰彼構わず話しかけるような二人だった。だからヒューイと、そして現王宮医師のシュナイが同級生として尻拭いに奔走することも多々あった。
アルフレッド達と話すバルトロスは、少なからず好意を持ってるように見えたのだが。
「何とか彼と話すことは出来ないだろうか?」
「いけません」
ヒューイはそれを制す。
「既に人の命が失われています。あのような戦いも起こり、使者を出すのも危険です。そして転移術という危険な魔法を使うのです。今国の重鎮達には城に滞在してもらい、この王城のみ魔力を遮断する結界を張っているくらい、切羽詰まってるんです。いい加減甘い考えは捨ててください」
今更話し合いなど行えるわけがない。
そして王子たちから報告もあったが、刺客も未知なる力を持っていた。
他にもそのようなもの達がまだいるかもわからないのだ、敵地にのこのこ行くわけにも、呼ぶわけにもいかない。
「もう昔のバルトロスではないのだろうか」
明るいとは言い難い男だったが、アルフレッドの話を熱心に聞いてくれ、自分の知らない話も沢山教えてくれた。
「いつか国同士が手を取り合って仲良くなれたらと願うよ」
陰のある表情で静かにそんな事を言っていたのが思い出される。
時折遠いところを見つめる彼はどこか寂しそうだった。
「友人に戻ることは、もうないのだろうな」
それでも尚、アルフレッドの心には一欠片の躊躇いが残っていた。
バルトロスは悉く失敗した部下達に苛立ちを覚え、それと同時にやはりあそこは脅威となる国だと確信する。
他国の勉強の為にと白羽の矢が立ったのは、バルトロスの留学先であったアドガルム国だ。
いつか攻め入るために勉強しておくように命じられていた。
帝国が目指すはこの大陸全土の統治と支配、その為に少しずつ他国を取り込んでいる。
真っ向より討ってもいいが、あのアルフレッドと少しだけ話をしたいという思いが、バルトロスにも少しだけあった。
古い友人だ。
帝国は数多くの国や民族を傘下に持ち、昔から経済力と統率力を誇っていた。
アドガルムが矢面に立ったのは、周囲を他国に囲まれていたことも、理由に挙げられる。
高い軍事力と人材を持っていたアドガルムは、その国力を持ちつつも他国の侵略など考えていなかった。
あの国は昔からそうだ。
争う事を避け、ただ民たちと普通の暮らしを望む。大きくなろうとは考えていない国だ。
そんな甘い国だから、三国同時に攻め入れさせれば、崩すのは容易いと思ったのに。どの国が勝利しても、アドガルムさえいなければ、吸収するのは簡単だと思っていた。
なのにそれを退け、しかも吸収するとは。
そして反乱も起こさせないようにそれぞれの王族を味方につけ、平和的な解決を図っている。
善人ぶったあいつを早くいためつけたい。
「あの日から貴様と俺の行く先は交わらないとわかっていた」
手を取って、助け合うなど出来ない。
昔からアルフレッドは馴れ馴れしい男であった。人との垣根をあまり感じさせない話し方で、周囲の者にも恵まれている。
今は王妃となったアナスタシアもそのような女性であった。弱きものを助け、悪しきものを挫く、太陽のような二人だ。
眩し過ぎて、目障りであった。そのくせ何かあると話しかけてくる、腹立たしい。
今でもそうだ。
何故倒れない、何故生きている。
三国から攻め入ったのに、どうやって防いだのか。
アルフレッドの息子達の評判も良く、腕も立つ。家族仲を壊し内側から分裂させることも出来ない程に信頼し合い、属国から娶った王女達との仲もいいとは。
何もかもを違い過ぎるアルフレッドと自分。
地に這い落とし、嘲笑わねば気が済まない。
地獄に落とさねば。そうでなくば、この苛立ちはいつまでも消えないだろう。
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