第55話  セラフィムでの異変

 パルス国の襲撃事件、そして帝国からの宣戦布告から数日、今度はミューズの元へ手紙が届く。


「お兄様が大怪我を?」

 その内容にミューズは驚いた。


 セラフィム国の王太子であるミューズの兄が怪我をしたらしい。


「ギリム山脈の薬草取りの時に魔獣に襲われ大怪我をしたそうです。至急戻ってきて私の回復魔法をかけてほしいとかいてありますわ」

 ミューズの使用する回復魔法はとても効果が高い。


けれどわざわざ他国に嫁いだ妹を呼ぶということは、余程の怪我をしたのだろう


「何故王族が薬草取りを? 部下に頼めばいいんじゃないのか」

 王太子自らが取りに行くなんて、不自然だと疑問を口にする。


「ギリム山脈は危険なところですが、貴重な薬草が生える大事な土地です。国が管理しているのもあり、腕の立つお兄様が取りに行くことは多いですわ」

 しかし、近衛兵なども一緒だし、これまで此の様な事はなかった。


 強い魔獣が移住でもしてきたのだろうか。


「パルス国の事もあるし、俺も行く」

 ティタンはそう名乗り出る。あのようなことがあったのだし、一人では行かせられない。


「くれぐれも気をつけて行くんだぞ」

 何が起きるかはわからない。


「はい」

 エリックの言葉に殊勝に頷いた。







 暫くぶりのセラフィム国だ。


 穏やかな気候で絶えず何らかの花が咲き乱れている。国王への挨拶もそこそこに、ミューズはすぐに兄のもとへと向かった。


「皆さん、来てくれてありがとうございます」

 ミューズの兄で王太子のフロイドは本当に酷い怪我をしていた。骨が折れたのだろう、腕を吊り、痛々しく包帯が巻かれている。


「お兄様、大丈夫ですか?」

 折れた骨が変な形でつかないように気をつけ、回復魔法を掛けていく。


「手伝うぞ。フロイド殿、失敬する」

 ティタンがフロイドの折れた腕を支えてくれて、ミューズはホッとする。


 力の入らない人間の身体は結構重く、こうして支えて安定した状態にしてもらえると回復もしやすい。



「ありがとうミューズ。そしてティタン様も」

 すっかりくっついて良くなった腕に、フロイドも安心した。


「珍しいですね、お兄様が怪我をするなんて。余程強い魔獣だったのですか?」


「急に襲ってきたんだ。どうやら手負いで気が立ってたらしく、あっという間に迫ってきたよ」

 折れていた腕をさすり、フロイドは当時を思い出す。


 ミューズの魔法で傷跡も残っていないし、痛みもない。元のように動かすことが出来てホッとしていた。


「相変わらず凄い魔力だ。ミューズは何でも卒なくこなせて、羨ましいよ」


「そんな事はないですわ」

 フロイドの褒め言葉にミューズは苦笑いをする。


「謙遜しなくてもミューズが優れているのは俺達兄弟の中でも話題だ。それで、少し相談もあったのだけれど」

 ちらりとフロイドの視線がティタンに移される。


 ティタンに聞かせたくないということだろう、セラフィムに関する事かもしれない。兄妹だけにするかとティタンはしばし退室する旨を伝える。


「俺は国王ヘンデル殿ともう少し話をしてきます、先程は挨拶だけでしたので。ただセシルとライカは護衛として置かせてもらいます。何があるかわかりませんから」

 帝国についての話もせねばならないだろう。


 改めての報告書は父と兄が作成してるだろうから、口頭での注意喚起をするつもりだ。ティタンに命じられた二人は恭しく頭を下げた。


「何かあればすぐ呼ぶんだぞ」

 同じ城内だ、離れていてもすぐに駆けつけられる。通信石で知らせてもらえれば、辿り着くまでそうかからないだろう。


「分かりました」

 二人は威勢良く返事をする。


「ミューズも。何かあったら遠慮なく言ってくれ」

 ポンポンと優しく頭を撫でられた。


「お気遣いありがとうございます」

 兄の前で子どものように扱われて少々気恥ずかしさを感じ、照れくさくなる。


「夫婦なんだ、遠慮するな。それではまたな」

 ティタンが部屋から出ていった後、フロイドは驚いたように話しかける。


「あれが虐殺者って呼ばれた王子なのか? 信じられない」

 フロイドはアドガルムで捕虜になっていたので、ティタンの話も間近で聞いている。


 犠牲になったものの怨嗟の声も耳にした。それなのにあのように優しく気遣い、穏やかな声で接する様を見て、噂と違い過ぎて信じられないという気持ちだ。


 ティタンの従者達の前だというのも忘れ、思わず妹に確認してしまう。


「本当はとても優しい人なのです。戦いさえなければ、そんな風に呼ばれることもなかったでしょう」

 普段は気性が荒い事もなく、とても静かだ。自信満々な時もあれば気弱な時もあり、いい意味で人間味がある。


「戦、そうだね。あれさえなければ、いつまでも平和だったのだろうな……」

 少し遠い目をしてフロイドは外を見た。


 草と花に囲まれた自然豊かな国、人々も穏やかなこの国は、変わらずにあり続けただろう。


「ティタン様がミューズを大切にしているとは噂で聞いていたけど、本当なんだな」

 ティタンの声掛けなど短い言葉ではあったけれど、仕草や表情は慈愛に満ちていた。ミューズを本当に想ってくれているのであろう。


「そうですね、とても大事にしていただいております。アドガルムの人たちは皆お優しい方たちばかりですわ。ぜひお兄様も遊びに来てください」

 その言葉にフロイドは顔を歪めた。


「幸せなんだな。あぁ、それなのにこんな事になってしまって、呼びつけてしまって……本当にすまない」

 兄の謝罪にミューズは訝しむ。


「何をおっしゃいますか。お兄様の為に戻って来ることは苦では無いですよ」

 怪我をしたのはフロイドのせいではないのだから、仕方ない。


 ミューズは首を傾げた。


「違うんだ、本当に申し訳ない」

 そう言ってフロイドは項垂れるばかりだ。

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