第15話 王都潜入と、即席運営ユージ


王都に足を踏み入れた瞬間、ユージは確信した。


――これは、完全にやらかしている。


街のあちこちで立ち尽くす人々。

視線は合うのに、どこか現実感がない。

だが全員が混乱しているわけではなかった。


「え、これ異世界転移っしょ?」


いきなり軽い声が飛んできた。


振り向くと、二十歳前後だろう若い男が、妙に落ち着いた顔で腕を組んでいる。


「だってさ、王都とか魔法とか、どう考えてもテンプレじゃん。俺、勇者枠? それとも隠し職?」


「いや待て待て待て」


ユージは思わず突っ込んだ。


「順応早すぎだろ」


「だって配信とかで散々見てきたし。異世界=最初は混乱、でも実はチュートリアル期間、みたいな」


「いや、現実世界の住民の体を使ってる時点でだいぶおかしいからな?」


その横では、真逆の反応をしている男もいた。


「いやいやいや! おかしいでしょ!? 俺、さっきまで残業してたんだぞ!? なんで剣とか見えてんだよ!」


「落ち着いてください!」


ユージは両手を上げた。


このままでは、兵士が来る。

そうなったら終わりだ。


「フィゼル!」


「はっ」


「この辺の……その、“意識が変わった住民”を、一か所に集めてほしい。できるだけ穏便に」


「承知しました」


フィゼルが手早く指示を出す。

やはりプロだ。


集められた転移者――プレイヤーたちは、広場の一角に集結した。


ざっと二十人以上。


年齢も性別もバラバラ。

反応も、当然バラバラ。


「説明しろ!」

「帰れるんだろうな!?」

「これ夢じゃないの?」

「スキル画面、まだ出ないんだけど?」


――収拾がつかない。


ユージは深く息を吸った。


(……はったりだ)


ここで黙ったら終わる。

だから、一番それっぽい役を演じるしかない。


「――えー、テステス」


全員の視線が集まる。


「突然の転移で混乱していると思うが、まず安心してほしい」


「誰だよお前」


「運営側だ」


言った瞬間、ユージは内心で土下座した。


(俺、何言ってんだ)


だが――反応は悪くなかった。


「運営?」

「マジ?」

「やっぱりゲームか!」


若いプレイヤーたちの目が輝く。


「これは……新作ゲームのテスト版だ。いわゆる、ベータテスト」


「え、じゃあ選ばれたってこと?」


「そうだ」


即答した。


(実際、上位プレイヤーが転移してるっぽいしな……)


「うわ、俺すげぇ!」

「倍率どれくらい?」

「配信禁止?」


一方、年配組は不安そうだ。


「待て、そんな説明で納得できるか!」

「体はどうなる!? 元に戻れるんだろうな!?」


そこだ。


ユージは一拍置き、断言した。


「――このベータ版をクリアすれば、元の世界に戻れる」


完全な嘘だった。


だが、誰もそれを否定できない。


「クリア条件は?」


「冒険者として登録し、モンスターを討伐する」


「魔王は?」


「……魔王も、倒す」


(そんな設定、ないけど)


「うおお! 王道じゃん!」

「神ゲーの匂いしかしねぇ!」

「俺、魔法職やりたい!」


騒ぐ若者たちの横で、ハゲた中年男性が腕を組んで呟いた。


「……いや、冷静に考えておかしいだろ」


「何がです?」


ユージは一瞬ヒヤリとした。


「ベータ版にしちゃ、リアルすぎる。痛覚とかどうなってる?」


「……調整中です」


「死亡時は?」


「……リスポーンします」


「何回?」


「……未定で」


「ほら見ろ!」


場がざわつく。


(やばい、論理派だ)


だが次の瞬間、若いプレイヤーが割って入った。


「でもさ、異世界転移って基本、死んだら終わりじゃね? それより生き残った方が勝ちっしょ」


「そうそう!」


「現実戻れるなら問題ないし!」


空気は、完全に“ゲーム側”に傾いた。


ユージは内心で頭を抱えながら、笑顔を貼り付ける。


「……とにかく、今は王都の混乱を避けるため、ここに集まってもらった。冒険者登録は順次行う」


「クエストは?」


「……準備中だ」


その場しのぎの言葉ばかり。


(俺、現実世界戻ったら、これ全部説明するのか?)


――誰に?


――どうやって?


そんな未来を想像し、胃が痛くなる。


だが今は、前に進むしかない。


こうして、嘘と勢いで始まった

異世界ベータテスト(仮)。


即席運営ユージの前途は――


限りなく、多難だった。

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