午前3時のダイアリー
西瀧 睦
第1話「高校三年って、人生のチュートリアルだったらしい」
社会人になってからというもの、時間の進み方がおかしい。
一日が短い。
一週間が瞬き。
一年? 気づいたら消えている。
――そして私は、四十五歳になっていた。
はい、戸倉英子です。
独身、彼氏なし、仕事一筋。
広告代理店勤務というと聞こえはいいが、要するに「忙しさを生きがいと勘違いしてきた女」である。
……いや、別に悲観しているわけじゃない。
少なくとも、今日の夕方まではそう思っていた。
港町の駅のホーム。
仕事帰り、改札へ向かう人の流れの中で、私は立ち止まっていた。
理由?
簡単だ。
高校生が、やたらキラキラしていたからである。
制服のまま大声で笑い、スマホを突き出し、意味の分からないことで盛り上がっている集団。
なんだろう、この生命力。
若さって、音がするんだっけ?
「……高校時代の私、あんなふうだった?」
脳内検索。
結果――該当データなし。
思い返せば、私の高校生活は驚くほど地味だ。
勉強。
帰宅。
たまに模試。
恋愛イベント?
未実装です。
目立たないように生きて、失敗しないことだけを考えていた。
その結果、成績はそこそこ。
人生も、そこそこ。
後悔しているかと聞かれたら、ついさっきまでは「してない」と即答していた。
いい大学に進学。
それなりに有名な会社に就職。
努力は報われる――そう信じて疑わなかったから。
……ただし。
彼氏は、できなかった。
結婚も、できなかった。
いや、「できなかった」というより、「気づいたら機会が消滅していた」が正しい。
四十五歳になって、ようやく理解した。
人生プランって、勝手に進行してくれるイベントじゃない。
自分で選択しないと、普通に未達成で終わる。
母は五年前に亡くなった。
父は元気だけど、会うたびに余計なことを言う。
「英子もなぁ、孫の顔くらい見せてくれたらなぁ」
やめてほしい。
その話題、完全にデバフだから。
そんな現実を抱えたまま、私はまた高校生たちを眺める。
彼らは今、人生で一番「何者にでもなれる時間」を生きている。
なのに、私はその頃、
「失敗しないこと」だけを目標にしていた。
――それって、もったいなくなかった?
胸の奥が、ちくりと痛んだ、その瞬間。
「おい! やめろって言ってんだろ!」
突然、怒鳴り声。
視線を向けると、ホームの端で高校生同士が言い争っていた。
どう見ても、ヒートアップ中。
周囲の大人は、見て見ぬふり。
……ああ、もう。
「ちょっと、やめなさい!」
気づいたら、体が動いていた。
正義感?
いいえ、多分ただの職業病。
トラブルを見ると止めたくなる、社会人の悪癖である。
次の瞬間――
電車の警笛。
誰かの悲鳴。
そして、強い衝撃。
視界が白く弾けた。
――それが、私の「第二の高校生活」の始まりだった。
目を覚ましたとき、そこは病室。
ただし。
鏡に映っていたのは、私じゃない顔だった。
真夜中の三時、誰にも言えない日記が始まる。
これは、仕事しか知らなかった四十五歳が、
高校三年生として青春をやり直す――
半年間の、ちょっとおかしな物語。
……人生、何が起こるか分からない。
本当に。
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