釣瓶落としの後始末 -明善寺合戦始末記- 〜謀将・宇喜多直家の合戦~

四谷軒

01 火蓋

 火縄がちりちりとする音が聞こえる。

 聞こえてくれるな、と思うが、そんなことは仕方のないことだと一方で思う自分もいる。


 夜。

 この時代――戦国時代の夜、星明り、月明かりが煌々と照らす中、火縄の銃の筒の先に見ゆるは、三村みむら家親いえちか備中びっちゅうの戦国大名である。

 筒を構え、埒もないことを思うは、遠藤又次郎である。

 又次郎は銃の名手だ。

 弟の喜三郎も同様である。

 そして今、又次郎と喜三郎が家親の暗殺を企んでいる(喜三郎は別の場所で狙っている)のは、わけがある。

「家親を撃て。さすれば終わる。三村は、釣瓶落としじゃ」

 とは、宇喜多うきた直家なおいえの言葉だ。

 直家は備前びぜんの戦国大名、浦上宗景うらがみむねかげの被官である。が、事実上、彼もまた戦国大名と言える立ち位置にある。

 備中を制した三村家親とは、美作をめぐって角逐の関係にある。

「場所は美作みまさか。興善寺じゃ」

 又次郎の回想の中の直家は、悪相ともいえるその顔をさらに歪ませ、地図の一点を指し示す。

「廃寺ゆえ、周りが開けておる。塀も崩れておる」

「ここに、三村家親は来ると」

 又次郎の横から喜三郎は顔を出す。

 直家は得たりかしこしとうなずく。

彼奴きゃつめ、それなりの兵を率いておる以上、このあたりで屯し、打ち合わせなぞ、する必要がある」

 直家は地図を又次郎に渡して寄越す。

「撃て。仔細しさいは任せる。報酬ははずむ」


 ――それだけ言って、直家は去った。

 まるで又次郎と喜三郎が断ることなどありえない、とばかりの振る舞いである。

 実際、又次郎と喜三郎に断るつもりはなかった。それどころか――震えた。

 何故なら――。

「火縄で大将首なぞ、日ノ本で初ではないか」

 種子島に漂着したポルトガル船から火縄銃がもたらされて、幾星霜。

 合戦で用いられることはあった。

 威嚇や、奇襲などでは。

 だが、個人を狙うというのは。

「決闘……とは言えんな」

「決闘ではないぞ、兄者。こりゃ、いくさじゃ」

 喜三郎の脳裏には、もう狙撃計画が出来上がっていた。

 興善寺にて軍議を開く三村家親。

 荒れ寺にて、障子など無い。壁など無い。

 そして、直家の言ったように塀など崩落している。

「穴があるはずじゃ」

 これは又次郎である。

 彼も乗り気であった。


 ――こうして、遠藤又次郎、喜三郎の兄弟は、日本発ともいうべき火縄銃による暗殺に挑み、そして……。



 銃声が響いた。

 興善寺の本堂にいた、三村家の諸将は、また何ぞ雑兵が火縄をいじったかと愚痴った。

「玩具ではないというに」

「軍紀を厳正にせねば」

 さざめく諸将のひそひそ話に、三村家親の息子、三村みむら元親もとちかは眉をひそめた。

 元親は、おほんと咳払いし、「父上」と家親に一喝をうながした。

 が。

「…………」

「父上? 居眠っておられるのか? 父上?」

 いぶかしむ元親が家親の肩に手をかけると。

「父上!」

 ぐらりと。

 家親は倒れた。

 その表情は今までどおり、宙空の何かを睨むような表情だ。

 命を奪われたのは、一瞬だったのに相違ない。

「……そんな」

 元親は驚愕し、思わず叔父の三村親成みむらちかなりを見つめた。

 親成はすぐに変事を察し、近寄って来た。

「!」

 親成もまた硬直するも、すぐ「兄上は気分がすぐれぬ」と家親の遺骸の肩を抱き、そしてそのまま、興善寺の本堂を出た。

 目線だけでうながされ、元親も外に出る。

「下手人は」

「追うな」

 親成は、それよりも家親の死を秘匿する方が肝心、とささやいた。

「このまま、このままだ」


 陣をまとめて、帰る。

 幸いにも、戦況は落ち着いている。

 二月の寒風に調子を崩したとして、城へ帰るのだ。


 永禄九年二月五日。

 こうして――三村家の軍は美作を去り、事態は宇喜多直家の目論見どおりに運ぶかに見えた。

 だがしかし、それは――三村家を継いだ元親からすると屈辱の極みであり、彼は必ずや直家に仕返しを、すなわち釣瓶落としの後始末をせんと、虎視眈々と機会をうかがわせることになる……。

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