決闘開始

 決闘場所として用意したのは、アイラ領都の中央にある広場だった。騎士団の演習場や公爵邸の庭を使って、後から何か言いがかりをつけられないようにだ。


 また、観客を入れやすくするためでもある。


 広場は民に向けての公的な発表をしたり、何かの儀式をする際にも使用されるが、普段は人々が憩いの場として親しんでいる場所だ。商人たちが露天を開き、人通りが多い。隣接する建物には、貴族たちがバルコニーから広場を眺められるような場所もある。


 アイラの家臣たちには、あらかじめ声をかけてあった。中でも、帝国の貴族と姻戚関係にあるような者たちを。


 迎えの馬車から降りてきたエルベールは、やや不機嫌そうに観衆を見渡した。何の催しかと集まってきた領都の民がかなり多い。


 中には、「ヴィクトリア様!」と笑顔で手を振ってくる子供もいて、ヴィクトリアも微笑んで手を振り返した。



「なんだこれは。なぜこんなに人が集まっている?」


「わたくしも驚いたわ。それだけ注目されているのね」



 貴族の決闘など、関係の無い者にとっては娯楽でしかない。民衆たちだけでなく、ヴィクトリアが呼んでいない貴族たちまで興味津々で集まってきたようだった。


 観客が増える分には何の問題も無い。



「それではエルベール殿、準備はよろしいかしら?」


「ああ」


「もう一度確認を。武器は刃を潰した練習用の長剣。スクロールの使用は、攻撃、補助を問わず三つまで。時間制限はなく、どちらかが勝つまで勝負を続ける。相手を殺すような手段は禁止。どちらかが降参した場合も終了とし、もし降参後に攻撃を加えたら攻撃した方の敗北とする」



 ヴィクトリアは決闘のルールを並べる。エルベールは頷いた。


 さすがに練習用の武器は持っていないようなので、こちらで用意した。だがスクロールを準備する時間はたっぷりあったはずだ。


 長剣を受け取ったエルベールは、背の低い柵で区切られた決闘場に入る。


 ヴィクトリアは剣の具合を確認していたリアムに声をかけた。



「リアム」


「はい、お嬢様」


「必ず勝ちなさい」


「もちろんです」



 頷いたリアムは、最後に腰に下げたスクロールを確認し、柵を乗り越える。


 リアムの勝利を疑ってはいない。ヴィクトリアは彼の実力をよく知っている。


 向かい合ったエルベールとリアム。剣を握ったことで余裕を取り戻したのか、エルベールは口の端に笑みを刻み、リアムを睥睨していた。対して、リアムはいつもの陰気な顔で俯いている。


 応援に駆けつけてくれたユージェニーとレスターが、ヴィクトリアの隣で囁きを交わす。



「リアム卿、大丈夫でしょうか」


「俺はリアム殿をよく知らないのですが、剣の腕前はいかほど……?」


「私も知りませんの。戦っているところは見たことがありませんから」


「あまり、自信があるようには見えませんが」



 そのやりとりを聞いて、小さく笑みが零れた。



「ヴィクトリア様?」


「安心して見ていていいわ。リアムが負けるだなんて、万に一つもないもの」



 ヴィクトリアが得意げに言い切ったことに、ユージェニーたちは顔を見合わせた。






 一方、エルベールも釈然としないものを感じていた。決闘に負けるなどどう考えてもあり得ない。そう思っているが、あまりにもリアムの態度が不自然だった。


 これまでエルベールが見たリアムの姿と言えば、主人を庇って怒っているか、エルベールの一挙手一投足を警戒して不快そうにしているか、だった。ヴィクトリアはいつも泰然としていたが、リアムにその印象はない。


 だが、昨日の鑑定の時から、リアムはいっそ不気味なほどに静かだった。



(……気味が悪い)



 鏡で見慣れた顔。同じ造形の、髪型と表情が違うだけの。


 エルベールが間違っても浮かべない、この世のすべてを諦めたような、鬱々とした表情だ。俯きがちなせいで目元に影がかかり、余計に暗く見える。


 血の繋がりを疑いようもないくらいに同じ顔なのに、あまりにも違いすぎる。何を考えているのか分からず、それがさらにエルベールを苛立たせた。


 落ち着かなければいけないことは分かっている。エルベールの心を揺さぶって、少しでも有利に持って行こうというヴィクトリアの策略に、嵌まってはいけない。


 周囲に悟られないように深く息を吸い、エルベールは傲然と顎を上げた。



「君がどれほどの腕かは知らないが、この僕に勝つことは不可能だ。早々に降参することをすすめよう」


「必要ない。俺は負けない」



 素っ気ない返事に、眉を上げた。リアムはこんな話し方だっただろうか。もっと慇懃無礼な口調だった覚えがある。


 エルベールは鼻で笑って、剣を抜いた。重さも長さも、帝国軍で使用している標準的なものとそう変わらない。自前の剣ほどではないが、手に馴染む。扱うのに問題は無い。



「その虚勢がどこまで続くか見物だな」



 一拍。あちらも剣を抜いた。


 ゆっくりと顔を上げたリアムと、視線が絡み合う。


 その瞬間、背筋に悪寒が走った。


 リアムは笑っていた。あの陰気な表情はどこへ行った。


 ただひたすらに、ギラギラと目に殺意を迸らせて。瞳孔の開いた赤い瞳がエルベールを射貫く。興奮のためか頬に朱を散らせ、綺麗につり上がった唇が震える。堪えきれない愉悦の笑い声が零れ落ちた。



「は、ははっ」



 戦闘狂、という言葉が脳裏をよぎる。



「アイラの騎士は、もう誰も俺と試合をしてくれないんだ」



 反射的に剣を構えた。何かを思考する間もない、本能的な防御の構えだった。


 リアムも正面に剣を立てた。にい、と切れ長の目が弧を描く。



「お前は、本気で俺と戦ってくれるんだろう。楽しみだ」



 開始、という調停役の声を、遠くに聞いた。

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