忠誠と、血の契約
「まあ! ヴィクトリア様の術式は、さすが美しいですわね!」
ユージェニーがヴィクトリアの手元を覗き込んで、感嘆のため息をもらした。今日の授業は、基本的な術式を応用し、独自の術式を構築するというものだった。
魔法は貴族の血筋のもの。古来より、魔力は血に宿る。
魔法とは、魔力の宿った血で術式を綴ることで発動させる。特殊なペンで指先から血を吸い取り、紙に刻むのだ。学生はそれぞれ、自分専用のペンと白紙の
「どうすればこのように美しい術式が……、私の術式と何が違うのかしら?」
ロールではなく普通のノートに書いた術式を眺めながら、ユージェニーが唸る。
「そこまで深く考えてはいないわよ? 術式の短縮が第一ですもの」
同じようにノートを開いていたリアムが、すっと手を差し出した。
「ユージェニー嬢、見せていただいても?」
「ええ、お願いしますわ」
「……特に問題はないと思いますが、ここの主語、それとここの副詞は省略できるのではないでしょうか」
座学の授業なので、使うのは普通のペンだ。リアムが添削した箇所を見ながら、ユージェニーはさらに首を傾げた。
「確かにすっきりしますわ……。でもやっぱり、ヴィクトリア様の術式には及びませんわね」
「お嬢様は天才ですから。審美眼は誰もが知るところではありますが、言葉選びのセンスも突き抜けたものをお持ちです」
普段鬱々としているリアムが、目を輝かせてヴィクトリアを褒め称える。
しかしユージェニーは、そこで意外なことを言った。
「ヴィクトリア様は当然ですが、リアム卿もとても優秀でいらっしゃるのね。一目見ただけで人の術式を修正できるなんて。バルフォア伯爵家は騎士の家系と聞いておりますが、学問に造詣が深い方もいらっしゃるのね」
自分が褒められるとは思わなかったのだろう。リアムはきょとんとして目を何度か瞬く。
ヴィクトリアの従者という立場が目立ち、リアム自身の優秀さが注目されることは少ない。自慢の従者が認められるのは、ヴィクトリアとしても悪い気はしなかった。
「リアムはわたくしが拾ってから、従者としてあらゆる分野を修めようと努力してきたの。かわいいでしょう?」
「そういえば、リアム卿も養子でらっしゃいましたわね」
平民が魔力を持っていた場合、貴族家に引き取られて学園に通うことになる。ポーラ・アーキンもそうだが、リアムも同じだった。
ヴィクトリアが拾い、アイラ公爵家と縁戚であるバルフォア伯爵家の養子になった。バルフォアの血は引いていないため継承権はないが、その身分があるからこそ、ヴィクトリアの従者として傍にいられるのだ。
リアムは少し複雑そうに目を細めた。
「お嬢様にお仕えするため、できることは何でもやろうと決めております」
「リアム卿の忠誠は素晴らしいですわね」
ユージェニーはどこかうっとりした顔で言う。
「でも、今時主従契約を自分から言い出すのはやりすぎだとは思わない?」
「使用人たちと交わす契約書ですか? 確かに、貴族家の者が奉公に出る時は、あまり契約は交わさないようになってきておりますけど。王族に近しいものはともかく」
貴族家で働く使用人たちは、スクロールを使用した魔法契約を交わしている。秘密の順守や報酬のことなど、お互いに不利益が出ないようにするためのものだ。
だが、ヴィクトリアは首を振った。
「そちらではなく、血の契約の方よ」
「え!? それこそ王族が側近と結ぶ強い契約ではないですか!?」
驚いたユージェニーがリアムを見る。リアムは何故か、どこか恍惚とした顔で頬を染めた。
「ヴィクトリアお嬢様と、強い結びつきが欲しかったのです」
「もはやそれは、忠誠という言葉に収まるものですの?」
ユージェニーが引いているのも無理はない。
血の契約は、結びつく二人の血を混ぜ合わせ、強い強制力を持つ縛りを設ける魔法契約だ。普通の魔法契約とは異なり、契約を破れば大きな反動がある。
内容としては背信行為を禁じたりといったごく普通のものだが、仮にリアムがヴィクトリアに刃を向けたりすれば、その場で死に至ることになるだろう。
ヴィクトリアは何度か合意のもとでその契約を解除しようとしているのだが、リアムが頑なに拒んでいるため、未だに血の契約は結ばれたままだ。
優秀なかわいい従者ではあるけれど、この点だけはヴィクトリアは彼を理解できない。
「リアムがそれでいいのなら、わたくしから強制はしないけれど」
「はい、お嬢様。私は今が幸せですので」
その言葉は本心だと分かるから、ヴィクトリアは仕方がないと笑うしかない。
――この会話を、離れた場所でポーラが聞いているとは思わずに。
「ギル君、血の契約ってなあに?」
「ポーラは随分古いものに興味を持ったね。裏切りを防ぐために、主従の間で交わす魔法契約だよ。従者の方からは破る事さえ難しいし、主人の方から契約を破棄するのにもそれなりに代償が必要になる」
「なんだか怖いのね……」
「今となっては、王族くらいしか使わないものだよ。かつてはこの契約を悪用して、悪逆なことを行った貴族もいた」
「酷いことをされた人がいたってこと?」
「そうだよ。僕らが目指す改革とは、相容れないものだね」
「……やっぱり、ヴィクトリア様は許しちゃいけない人なんだ」
甘い逢瀬の中に、その決意は溶けていった。
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