美しい女子会

 あれから少しして、ポーラがそれらしいドレスやアクセサリーを身に着けてくるようになった。今までは必要最低限、という恰好だったから、学園内でも浮いていたのだ。


 意味不明な理屈でつっかられるのは鬱陶しいけれど、ポーラ自身に対しては、正直関わりたくないという思いの方が強い。



「ヴィクトリア様はお優しいですね。私だったら徹底的にぶちのめしてやりますわよ」



 本日は、ユージェニーを公爵家に招いてのお茶会だ。リアムに甲斐甲斐しく世話されながら、ヴィクトリアはにこにことお喋りを楽しんでいた。



「近頃は、ギルバート殿下とアーキンさんの噂が広まり始めていますもの。まあ、彼女が隠さないからなのですけれど」


「アーキンさんはともかく、殿下は関わり方を徹底されているようですから。わたくしから何かを言うことはございませんわ」



 むしろ、もっと堂々とやってくれたら婚約の解消も簡単になるのでは、などと思っている。


 するとユージェニーが、にんまりと口元に笑みを浮かべた。



「あら、ヴィクトリア様は、恋をされたことがございませんのね」


「恋……?」


「ヴィクトリア様の『言葉の意味が分からないわ』ってお顔、初めて拝見しましたわ」


「……だって」



 恋や愛など、高位貴族の令嬢には不要なものだ。ヴィクトリアには、家のための結婚をする以外の選択肢などない。ならば、恋などしても意味がないだろう。


 ユージェニーとてそれは分かっている。だが、ヴィクトリアとは少し考えが違うようだった。



「恋とは、理性でどうこうできるものじゃありませんもの。そうでなければ、世の中の争いはもっと減りますわよ」


「そうでしょうか」


「きっとヴィクトリア様は、そういうお相手にまだ巡り合っておりませんのね」



 友人がそう言って笑うのが、ヴィクトリアには少し面白くない。ムッとして見せたが、「拗ねたお顔もお美しいですわ」とさらに笑われるだけだ。



「では、ユージェニーさんはどうですの?」


「私は幸運な女ですわよ? 恋に落ちた相手が、次の日になって婚約者として現れたのですから」



 少し頬を染めて語られるところによると、領地同士が近く、古くから親しくしていた子爵家の長男との政略結婚らしい。しかしその話し合いのためにデラリア伯爵領を訪れていた婚約者を偶然見かけ、一目惚れしたのだとか。それが自分の婚約者になると知らなかったユージェニーは、話し合いの席で顔を合わせて随分驚いたのだという。



「ですから私、ヴィクトリア様には本当に感謝しているのです」



 ユージェニーは突然、真剣な顔をした。じっと見つめられて、ヴィクトリアは首を傾げる。



「わたくしに?」


「デラリア領は二年前の洪水で植えた穀物の多くが流されてしまいましたの。財源は厳しく、父も兄も立て直すために奔走しております。……私の婚約は、我が伯爵家からの経済支援を前提としたものでしたから。今やこちらが支援を受ける立場となってしまい、婚約そのものの継続も危ぶまれていたのです」



 その件はヴィクトリアも知っていた。アイラ公爵家からもいくらか支援をしたからだ。



「ですが、ヴィクトリア様があのハンカチに目を留めてくださって。ハンカチだけでなくテーブルクロスやドレスにも使いたいと、貴族から注文が殺到したのですわ。そのお陰で、領が立ち直るための猶予ができました。私の、婚約も」



 ふんわりと笑うユージェニーは本当に嬉しそうだ。



「それだけでなく、銀細工まで認めていただいて。本当に、返しきれないほどの恩をいただいているのです」


「確かに、あの銀細工も美しかったわ。ですが、わたくしが真に気に入ったのは、布地や銀細工ではないの」



 ハンカチも銀細工も、確かに美しい。ヴィクトリアは、本当にそう思った時にしか認めないのだ。


 美しさにもいろいろある。純粋にきらめく宝石も好きだ。職人の技術の粋が詰め込まれた工芸品も、見事だと思う。


 一番のお気に入りはリアムだ。赤い瞳に涙が溜まる様など、見ていてぞくぞくするくらい美しい。


 そしてヴィクトリアは、ユージェニーのことも美しいと思うのだ。



? わたくし、あなたのその凛と貫く有り様を、美しいと思ったのよ」


「……ヴィクトリア様?」


「ふふふ、家と領地のことを想い、民を案じるその心。それこそが貴族の一番美しい姿だと、わたくしはそう思うわ」



 ユージェニーは一呼吸分おいて、ボッと真っ赤になった。



「な、なにをおっしゃるんです!?」


「わたくしは美しいものが好き。そして、美しいものはすべて、わたくしのためにあるの。ユージェニー、あなたがわたくしに恩を返したいというのなら、その美しい姿を傍でずっと見せてほしいわ」


「あ、あ……」



 黙り込んでしまったユージェニーが面白くて、ヴィクトリアはくすくすと笑う。その途端、給仕に徹していたリアムがガシャンとティーポットを落としたので、ヴィクトリアたちは驚いて肩を揺らした。



「も、申し訳ございません」



 震えながらポットを片付けるリアムの顔が強張っている。あら、とヴィクトリアは、その手を止めさせた。



「リアム、リアム。今、とってもかわいい顔をしているでしょう? こっちに見せて」


「お嬢様……」



 従順に跪いたリアムの頬を撫でて、伏せようとする瞳を覗き込む。



「あらあら。わたくしがあなた以外を愛でると思ったの? 怖くなっちゃったのかしら?」



 わななく唇のなんとかわいらしいことか。やはりリアムの美しさは格別だ。


 ほう、と息を吐くと、リアムがぷるぷると震え始めた。目元がほんのりと赤くなっているのは、ユージェニーに見られていることの恥ずかしさからだろうか。そんなところもかわいい。



「ヴィクトリア様って……」



 未だに赤い頬を両手で押さえたユージェニーは、ほんのちょっとだけ遠い目をしてから、軽く首を振った。



「わたくしが?」


「……以前から思っていましたが、ヴィクトリア様ってとんでもない人たらしなのではありませんこと?」


「本当にそうだったら、アーキンさんとこんな形にはなっていないのではなくて?」


「あなたの美しさや気高さに、恐れをなしてしまう者はいますから」



 少し冷めた紅茶を飲んで落ち着きを取り戻したユージェニーは、ヴィクトリアに向かって微笑んだ。



「ヴィクトリア様が望まれるのであれば、このユージェニー、不肖の身なれどお力になれればと思いますわ。リアム卿には及ばないでしょうが、どうぞ自由にお使いください」


「リアムはわたくしの従者だけれど、ユージェニーのことは友人だと思っているのよ? そんなにかしこまらなくたっていいわ」



 跪いたままのリアムは、その言葉にパッと顔を上げた。ぶんぶんと振られている尻尾が見えるのは、恐らく気のせいではない。


 ユージェニーはまたもや遠い目をした。



「……ええ、そのようですわね」


「ふふ。さあリアム、立ちなさい。お茶を淹れ直してくれる?」


「かしこまりました、お嬢様」



 さっきまで震えていたのが嘘のように機敏に立ち上がり、リアムはポットを片付け始める。それを見て、ユージェニーがこそっと囁いてきた。



「その、リアム卿はもっと笑った方が美しいと思うのですが」


「あなたも分かってくれないの? リアムはあれが一番かわいいのよ」



 そう答えながらも、ヴィクトリアはほんの少しだけ安堵していた。リアムのかわいらしさは、自分だけが分かっているから良いのだと。

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