第16話

「俺がやりますよ」


先輩のその姿を見かねた俺が、何とか立ち上がって


「残りの四分。俺が全ての敵を倒します。先輩はそこで見といてください」


と言った。俺は残った力で廊下まで歩き、銃を構えた。


(残り時間はあと四分。敵は三体、戦えるのは俺しかいない……)


そう思っただけで、なぜだか俺の身体は力をなくし、景色が霞んでいった。


 俺一人で残りの敵三体を?……本当にそんなことできるのか?先輩が頑張っても二体しか倒せなかったbotを、たった数分前に手にしたこの銃で……



敵の足音が近づくにつれて、俺は銃を持つ手が震えた。やはり先ほどは、強気になってあんなことを言ってしまったが、敵など一体も倒したこともない無力な俺に三体を倒すなど、無理も同然。不可能なのだ。俺は身体の震えが下半身にまで迫ってきて立っていられなくなってきた。


(意識が遠のいていく……)


俺は目の前が暗くなって床に倒れた。さきほどの敏生の死にざまを見たばっかりか、俺は一人で立つことも出来なくなっていた。


「ふみと」


教室から先輩の弱々しい声がした。


「おまえひとりじゃ……むりだ」


先輩は何度も息を吐きながら、倒れている俺の横に近づき


「俺がこの銃を持って廊下に立つ。敵が俺を見つけて撃ってきたその間に、お前が横から全員を撃つんだ……」


と言った。


「でもそれじゃあ先輩が……」


「いいんだ……俺はもう弾がない。このままここにいても邪魔になるだけだ。それにこの方法しか、もう試合(ゲーム)に勝つ術(すべ)がないんだ」


先輩はそう言って、口にせり上がった酸をぺっと吐いた。


「今銃を使えるのは、お前しかいないんだ。だからもうこの先はお前が……」


そう口にしたところで、先輩は気を失って倒れた。口から酸を垂れ流し、床についた首は、ぐったりとしていた。


「せんぱい?せんぱい」


俺が何度そう叫んでも、先輩はそれっきり目を覚まさなかった。心臓は未だ鳴っているものの、呼吸は浅く、もう時間も少ないと思われた。


「どうすりゃいいんだよ……」


俺は廊下に倒れた先輩を教室に持ってき、敏生の横に並べた。


「としき……」


俺は血の気が失って、いつまでも目を覚まさない寺沢敏生を眺めながらそう呟いた。


 一体なぜこんなことになってしまったのだろうか。つい先ほどまで放課後の和やかな雰囲気が、学校一帯を包み込んでいたではないか。それがいつのまにか、冷めきった教室に一人取り残されて、そこら中に赤黒い液体が飛び散っているこの状況に、今、自分を殺そうと階段を上がってくる者を、息をひそめながら待っている……俺はいましがた襲われた眩暈に今すぐにでもなれるといった状況で、床にひざまずきながら敏生を眺めた。


 それにしても敏生はとてもきれいな顔をしているな。クラスが一緒で席が前後だということもあり、彼とは入学して直ぐに仲良くなって、毎日のように顔を合わせてきたのに、こうして彼の顔をじっくりと眺める機会は一度もなかったなと、俺は思った。頭の上部は鉛に撃ちぬかれ、大半が赤くなり変色しているが、目を閉じた彼の表情はどこか安らかで、苦しいものはひとつも感じとれなかった。


「まさか、こんなに早くお前と別れることになるとはなぁ」


俺は以前敏生と語った、二年時の文理振り分けの話を思い出しながらそう呟いていた。



俺たちの学校は、二年に上がるころに文系と理系に分かれ、大学受験に特化した授業を受けるというシステムになっているのだが、生憎俺は数学が好きで、敏生は社会科目の方が得意だった。


「そんなこと言ったってなぁ。苦手なもんは苦手なんだよ」


購買部の列に並びながら、敏生は遠目でパンの様子を探っていた。


「なぁお願いだよ。俺はお前がいなくなったら、話せる相手が一人いないんだ。それに理系に進めば、将来何かと便利だぞぉ。職には困らないし、年収も高いしで、良いことづくめじゃないか」


同じ系統になれば、たとえ二年からクラスが別々になっても、授業で会うことになっていたから、俺は何とか敏生を理系に引っ張り込もうと説得をしていた。


「うるさいなぁ。俺はもう決めたんだよ。家族にも俺はS大学の文学部を目指すって言っちまったんだから、今更変えるなんてできないよぉ。それに数学の担当は二年でも朝井だろ?あの粘りっこいこい話し方をもう一年聞くなんて、俺には耐えられないね」


敏生は断固として俺の誘いには乗らなかった。後でわかったのだが、どうやら桃川や佐々木らに進む系統を聞いていたらしい。あいつらと同じ文系に進むというのは、つまりそういうことなのだ。


「お前は下心が丸見えなんだよ」


動かなくなった敏生を眺めながら、俺は敏生の外見と積極性ならば、クラスのどの女子にだって、言い寄られる資質を秘めているのになぁと思った。それは決して動かなくなった彼を見て思ったのではなく、入学した初日から俺が敏生にずっと言えずにいた、心の中のプライドと妬みそのものだった。


「としき……」


俺は彼の頭を軽く撫でた。目から涙がこぼれてきた。もっと一緒にいたいという思いが込み上げてきた。彼と一緒にいるすべての時間が、俺の高校生活だった。それなのに、どうして……



俺は血に染まった彼の身体をなるべく落としてやろうと、指でこすった。ワイシャツの半分は血しぶきで染まられていたが、腕や足に飛んだのは少なかった。俺はそのままベルトのかかったズボンに目線を下げていくと、僅かに右ポケットが膨らんでいた。


「スモークだ……」


ポケットから銀色の缶が出てきた。俺はおもむろに自分のポケットに手を入れたが、スモークはなかった。  



そうか、最初の攻撃で使ったスモークは先輩ので、さっき敏生が撃ち抜かれたときに使ったスモークは、先輩が俺のポケットからとっさに投げて使ったものだったのか。


「こんなもの一個で、一体どうしろって言うんだよ」


俺は再びスモークを眺めた。三階の教室を見終えたBotが、四階の東階段を上がる足音が微かに聞こえた。 


 俺は床に座り、何かいい方法はないかと必死に考えた。昨日始めたばかりのFPS、先輩の助言、大城響子、現在進行で起きている不可解な出来事……色々考えるたびに、敏生の怒った顔や笑った顔、昨日の夜、唐突に言われたあのメッセージなどが頭をよぎり、俺は両手で頭を抱えた。


(こんなとき、先輩ならどうするかなぁ)


俺はちらりと先輩を見やった。敏生の横で仰向けになっている先輩は、口元で小さく息を吐いていて、未だ床から起きてくる様子はなかった。


 敵の足音が大きくなってきた。Botが四階フロアにたどり着いたのだろう。もう後は、敵が自分に気づく前に、先制攻撃をして倒すしかないなという考えが、現実味を帯びて俺に押し寄せた。三対一のこの状況、どうせ俺が全て倒したところで無傷で済むはずがない。それに敏生も先輩も、もうすぐ消えてなくなるんだ。それならば近距離戦に持ち込んで、少しでも敵に弾が当たりやすい位置で待ち構えるのが一番だろう。そう思って、俺はふと自分が四階のどの教室にいるのか気になった。



(窓は開いていないから、最初にいた俺たちの教室じゃないな)


俺は音をたてないように、ゆっくりと教卓の位置まで動き、名簿を取った。


「一年F組か」


黒い表紙の右上に、F組と書かれたシールが貼ってあった。


「俺たちのクラスは、一年G組だよな」


俺は数分前に先輩と見た、学校のマップを思い出しそう呟いた。俺たちの学校は、西から順番にAクラス、Bクラスと続いてゆき、最後にHクラスがある、八組制の学校なのだとたしか先輩は言っていたな……


(そうか、それならこのスモークを使えば……)

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