後日談3 古龍の訓練/デニス(1)

「デニスぅ~~ 終わったー?」

 いつものシャーメの声が聞こえて、ほっと胸を撫でおろす。同時に、目の前の巨大な龍の動きも止まった。


「おお、もうこんな時間か」

 古龍エンシェントドラゴンがそう言って体を震わせると、光を纏いながらするすると縮んでいき、人の良さそうな竜人の爺さんに姿を変えた。


 高位魔獣は人語を理解し、話すという。一介の冒険者だった頃に、そんな話を聞いていた。

 でも今の俺は、それだけでなく獣人と同じ姿に化け、他の獣人に混じって何気ない顔で町に降りている事も知っている。


 目の前の爺さんも竜の角と翼に竜の尾を持っていて、この姿を見る限りは竜人と全く変わらない。

 駆け寄ってきたシャーメには狐の耳と3本の尾がある。この尾を1本に見せる事もできるそうで、そうなると狐獣人と区別がつかない。

 でも彼らは高位魔獣……いや、正確にはこの星の神ギヴリスに直接仕える聖獣の一族なのだ。


 勢いよく走ってきたシャーメは、そのまま嬉しそうに俺の腕にしがみついた。

「おうちにかえろーー」

 そう言って、シャーメはしがみつく腕にぎゅーっと力を入れる。俺の汗ばんだ腕が二つの柔らかいものに挟まれて包まれた。


 ……嬉しくないわけでもないが、もう慣れた。

 最初の頃こそやめろと言ったが、シャーメは別にいいじゃんと言ってききやしない。

 獣人や人間とは違って、聖獣はそういう事に対する羞恥心が薄いのかとも思ったが、こいつの兄貴のタングスに言わせると別にそういう訳でもないそうだ。

 シャーメの性格なんだろう。慣れてしまったし、諦めた。


 古龍の爺さんのところで再び特訓を受けることになって、3か月ほどが経った。

 最初の話では古龍のじーさんの屋敷に世話になるはずだった。爺さんが言うには、かつてシアンさんも同じようにここで世話になっていたらしい。


 でもまあ…… 色々とあって今は、シャーメたち仙狐せんこの住処に泊まらせてもらっている。

 夕方になるとこうしてシャーメが迎えにくるので、彼女と一緒に帰路につく。


 ここから仙狐の住処までは、人間の基準で言うと馬車で四日ほどの距離がある。

 トレーニングの為に、ひとまず残りの体力ギリギリまでは自分の足で走っていく。限界がくるとシャーメに転移魔法を使って送ってもらうことになっている。


 俺の為に転移魔法を覚えてくれたシャーメには感謝している。でも転移先が風呂場ってのは、ダイレクト過ぎないか??

 服を脱ぎ汚れを落として露天の湯船につかっていると、仙狐の兄妹も風呂場に入ってくる。

 タングスは男同士だからともかく、タオルを巻いているとはいえシャーメも一緒にってのはなんだかなぁ……

 まあ、それにも慣れたし…… 別に嫌な訳じゃあねえし……



 こんな毎日を送るようになったのは、一応事情がある。

 再び爺さんのしごきを受けるようになって、ひと月ほどたった頃だったか――


 * * *


 43、44、45……


 腕立て伏せをしながら心で数を数える。さっきからその数に被せるように、背中に乗った爺さんの声が聞こえている。



 俺がこうして再び爺さんの所に来た理由は二つある。


 一つは、純粋に爺さんからスカウトされたからだ。

 お前は筋が良いと、もう一度鍛えてやるからワシのところに来いと。

 しかも伸びしろによっては竜の力を分けてやろう。あのシアンさんより強くなれるかもと言われたら、そりゃあその気になるだろう?


 もう一つの理由は、そのシアンさんだ。

 シアンさんは、正式にリリアンのマスターになったんだそうだ。

 クエストだとかパーティーだとかの、一時的な関係じゃあない。つまりはそういう事だ。


 シアンさんが王都に戻ってきてから、ずっと危惧していた事ではあったが、俺はあっさりとフラれた。


 リリアンの前世が元英雄のアシュリーさんで、リリアンにはその頃の記憶もある事は知っていた。でも実は前世からずっとシアンさんの事が好きだったとか、そんな話を聞いちまったらもう何も言えねえ。

 でも悔しくて仕方ねえから、手合わせと称してシアンさんに喧嘩を吹っ掛けたら、当然のようにのされてしまった。

 シアンさんが小声でごめんなって言ってたから、喧嘩を吹っ掛けた理由もわかったんだろう。



 古龍の爺さん曰く、落ち込んだ時には体を動かすのがいいんだと。いやでもきっと違うな、単に俺をしごきたいだけだろう。


 その爺さんがさっきから俺の背中の上で語っているのは、この星の歴史らしい。しかも、俺たち人間が知らない頃の歴史だ。


 ――まだ、お前たち人間がただの餌だった頃の事――

 爺さんの昔語りはそこから始まっている。


 以前、マーガレット様に『餌』だと言われたと、そうシアンさんが言っていた。

 その話を聞いて、てっきり魔王をおびき出すための餌に使われたのだと、そういう意味かと思ったし、シアンさんもそう思っていたようだった。


 でも実際にはそうではなく、その言葉の通り、人間は『餌』だった。

 しかも、魔王のではなく、神の『餌』――


 その神――星の神ギヴリスは人間を食らう事を拒否し、やめた。そして、尽きた人間の魂だけを食らうことにしたのだと。

 確かにシルディス神の教えでも、死んだ人間の魂は大地に戻ると言われている。その大地はつまりこの星の事で、この星は星の神ギヴリスそのものでもある。


 でもそれだけでは足りなかったのだそうだ。そして、星はどんどんとその力を失っていった。


 人間たちにとっちゃたまったもんじゃない。

 食われる事がなくなって、安心できたと思ったら、今度はこの星自体がじわりじわりと滅んでいっているのだと。


 もちろん、ギヴリスとシルディスも手を尽くそうとしたのだそうだ。


 でもこの星の人間は彼らが作った生き物ではない。だから、それらに直接手をだす事は許されない。

 代わりに、神々はこの星に新しい生命を作り出した。魔力の強いエルフ、生命力と繁殖力の強い獣人――


「それらとの交配によって、人間の魔力や生命力が上がり、数が増えれば、ギヴリスも多くの魂を食らうことができるじゃろう?」


 そう言いながら、爺さんはへばって潰れている俺の背中をぴしゃりと叩いた。

 爺さんの話に聞き入っていて、すっかり途中から数がわからなくなっていたが…… いったい俺は、腕立て伏せを何回やったんだ??


「少し休むかの」

 背中から降りた爺さんは、からからと笑いながら屋敷の方に歩いていった。

 俺はというと、すっかり動けなくなって、そのまま地べたに突っ伏していた。


 ――爺さんに連れて来られたこの古龍の屋敷で過ごすようになって、今までたわいのない雑談をすることはあることはあったけれど、こんな複雑な、しかも俺風情が知ってはいけないような話をされる事はなかった。


 なんでだ?? 何か理由でもあるのか??


 疑問が沸いたが、疲れが先にたって、頭がうまくまわらない。

 心配して寄ってきた竜人たちに手を貸してもらい、やっとの思いで立ち上がると、爺さんの後を追って屋敷に足を向けた。

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