103 ランクアップ(1)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。姿を変える魔法を使う事が出来、人間の騎士の姿に扮する時もある。

・ニール(ニコラス)……前『英雄』クリストファーの息子で、現国王の甥。正体を隠して冒険者をしている。

・アラン…デニスの後輩のBランク冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。

・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。

・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、Sランク冒険者(実力はSSランク)。デニスの兄貴分。ずっとアシュリーに想いを寄せていた。


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 背中越しにホールのにぎやかさを感じて、軽く後ろを振り返った。

「うん? アラン、どうした?」

 目当ての者たちを見つけたと思われたのか、向かいに座るデニスさんが自分の眺めた方に視線を向けた。


「ああ、いや。少し混み合って来たようですし、ここに居たら邪魔ではないかと思いまして」

 それを聞いて、シアン様も少し伸びあがるようにしてホールを見回した。


「そうだなぁ。でも朝とは違って、冒険者ギルドで待ち合わせをする奴らはほとんど居ないだろう。クエストの完了報告に来ているやつらばかりだろうし、座る席がなければ『樫の木亭』に行くだろうから、その方が店には都合がいいんじゃねえか?」

 わざと調子の良さそうな風に言った言葉に、そうですねと笑って返すと、合わせてデニスさんもハハッと笑った。


 テーブルに置かれている、クエストの書類と自分たちの冒険者カードに目を向ける。

 それぞれのカードのランクを示す表示はシアン様の『S』とデニスさんの『A』。そして残りの一つは『B』。



 もうすぐ闘技大会があるので、その前には参加資格のある『A』ランクを取得しておきたい。経験値はなんとか足りたが、もう一つの条件として「ランクに見合うクエスト」をクリアする必要があった。


 先日、リリアンさんにその相談を持ち掛けたのは、シアン様とデニスさんの助力を当てにしての事だ。でも思惑とは違い、リリアンさんは私たち二人でクエストに行くことを提案した。

 後で理由を聞いたら「足りると思ったから」だ、そうだ。結果的には、確かにそれで手は足りた。むしろ余る程だった。

 しかし冒険者デビューしてまだ1年足らずの小柄な少女が、高ランクの魔獣をほぼ一人で倒してしまうとは、誰が思うだろうか……


 確かに先王ケヴィン様も元討伐隊のシアン様も、彼女に一目いちもく置いている事は承知している。

 大人の女性騎士の姿になれるのは、変姿かえすがたの石という特殊な魔法石を使っているそうで、故郷から戻って急激に成長していたのは獣人の神の加護を受けたからだと聞いた。

 でも理由はそれだけではないのだろう。内緒の話だと言われ、それ以上の訊きたかった言葉は飲み込んだ。


 受けたクエストは『Aランク』のバジリスク討伐で、対する自分たちのランクは『B』と『C』。このクエストは以前にデニスさん、マーニャさんと3人でこなしたのとほぼ同じだ。

 二人だけで、あの時の3人分の戦闘力が出せなければ成功は難しい。しかもバジリスクは猛毒を持っている。気を抜いて向かえば大変な事になる。


 そう判断し、一度は彼女を止めた私は間違ってはいないはずだった。

 判断を間違っていたのは、クエストの難易度ではなく、大人の女性騎士の姿になったリリアンさんの戦闘力だった。


 * * *


 ニールと二人で、クエストの報告の為に冒険者ギルドに帰ると、隅のテーブルで出掛ける前に会った3人が談笑をしていた。

 デニスさんとアランさんは冒険者ギルドのマスターに報告をしてくると言っていたので、ここに居る理由はわかる。でもシアさんは王城に行ったはずなのに。


「あれ? シアンさん戻って来てたんだ?」

「3人揃って、どうしたんですか?」

 二人で口々に違う言葉で尋ねると、アランさんはこちらを振り向き、デニスさんは笑顔で迎え、シアさんが手を上げて応えた。


「よお!リリアン、ニール。お前たちが帰って来るのを待ってたんだ。例の手続きをしてもらえるように、マイルズに話を通しておいた」

 シアさんは後半は私の方を向いて言った。そうそう。王都に戻ったら3人でギルドに行かないとねって、話をしていたんだ。


「二人で依頼を受けたって聞いてたからさ、一緒に清算できるし、丁度いいだろう?」

 デニスさんが手にしている書類は、今受けて来たグース狩りの書類だろう。

「ああ、そうですね」

 そう答えて、ちらりとニールの方を見た。彼には外してもらった方がいい。


「ニール。私たち、旅の間の清算をしないといけなくて、ちょっと時間がかかりそうなのよ。悪いんだけど、先に『樫の木亭』に帰って、グースの処理をお願いしてもらいたいんだけどいいかなぁ?」

「ああ、わかった。じゃあ、さっきのクエストの清算を……」

「すまん。順番で、こっちの清算が終わってからになるんだ」


 デニスさんがそう言うと、ニールは少しだけ首を傾げた。

「っと、じゃあまた後で来ればいいかな?」

「いや、お前の冒険者カードと清算する分のグースを預かろう」

 それを聞いたニールは素直にカードとマジックバッグを差し出した。


「アランは?」

「用事が終わったらすぐに向かいますから、先に行っててください」

 それを聞くと、ニールはちょっとだけ首を傾げたけれど、すぐにまた後でなーと手を振って冒険者ギルドを出ていった。


 正直、ちょっと拍子抜けした。ずるいとか、俺も一緒にーとか、絶対そんな風に言うと思ったのに。

 デニスさんもシアさんも同じ気持ちだったらしい。なんとなく3人で申し合わせたように、アランさんの方を見ていた。


「ニールももうすぐ成人ですし、少しは分別ふんべつが身に付いたと思っていいんでしょうかね」

 アランさんはふっと優しい笑みを見せながらそう言った。


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(メモ)

 変姿の魔法石(#18、#25)

 獣人の神の加護(#12)

 バジリスク討伐(#4、#5)

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