101 露天風呂/デニス(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー

・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。

・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。

・タングス…現在リリアンたちが世話になっている、仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の兄

・シャーメ…仙狐兄妹の妹。二人とも今は20歳程度の人狐の姿で過ごしている。


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「そうなんだ? でもデニスはちゃんと生きてるじゃん」

 慰められているような言い方じゃあない。それが当たり前の事のように、シャーメが言った。


「私たちのお母さんも、おねーちゃんも死んじゃったんだよ。どんなに傷だらけでも、デニスは生きてるじゃん。良い事なのに、なんでそれがみっともないの?」


 あの時……俺はこの傷の癒えぬうちに王都に戻り、後輩冒険者のロディがクエスト中の事故で片足を失った事を知った。ちょっとした、油断だったそうだ。

 俺が先輩として、ちゃんと彼らに教えることが出来て居れば、防げた事故だったのかもしれない…… 俺はあのDランクだけでなく、自分の後輩も守れなかった。

 そう思って、自分の傷の事を皆から隠した。


 でも、そうだ。せめて死ななくて良かったと、命があって良かったんだと、ロディに言ったのは俺だった。


「デニス、その傷はもう治してもいいんじゃねえか?」

 ……やっぱり、シアンさんも、この傷を俺がわざと治していない事をわかってたんだ。


「私が治してもいいかな?」

「できるのか?」

「簡単だよーー」

 その言葉と一緒に、温かい何かに背中が覆われる。


「……すげえな。付いたばかりの傷ならともかく、こういう古傷は普通なら教会で金を積んで治してもらうようだぞ」

 自分から背中は見えないが、シアンさんの感心した言い方からすると、綺麗になったんだろう。

「えへへーー」

 シャーメの得意げな返事が、背中越しに聞こえた。



「なあ、シャーメ、タングス。高位魔獣って何なんだ? そんなすげえ魔法も使えるし、高位ってついてるけど、明らかに他の魔獣たちとは違うよな」

 シアンさんが二人に尋ねる声が聞こえる。

「僕らはあるじには聖獣と呼ばれている。神々に作られた種族だよ」


「作られたって…… でも、人間もそうだろう? 生きとし生けるものは全て神が……」

「少なくとも、我らが主は人間を作ってはいない。そしてシルディス様も」

 タングスがシアンさんの言葉を遮った。


「え……?」

 シルディス様は、俺たち人間が崇める神のはずだ…… なのに、人間を作ってはいないってのは…… いったいどういう事だ? 

「少なくとも人間を作ったのは、僕らが知っている神ではないよ」

「……どういう事だよ…… それは……」

 驚くシアンさんの声…… 俺も、驚きで言葉が出て来ない……


「これ以上は話せない。他の人にも言ったらだめだよ。リリアンにもね」

「……リリアンも知らないのか?」

「ううん、リリアンは知ってる。でも覚えていないだけ。まだ思い出しちゃいけないから」

 タングスが、そう言った。



「ところで、デニス。なんでまだそっちを向いてるの? こっち向きなよーー」

 また背中越しにシャーメが呑気な声をかけてくる。

 って、そんな簡単に向けるかよ!?


「シャーメ、シアン兄ちゃんとは違うんだから、デニスには気を使わないと」

 ……そうタングスに言われてしまうと、こうして俺だけが騒ぎ立てているのが申し訳ない気がしてきた。


「……あーー…… わかったよ。でもせめて、タオルを巻いてくれ…… ほっんと、目のやり場に困るから……」

「タオルを巻けばいいんだね! わかった! じゃあ、おねーちゃんも呼んでくるね!!」


 シャーメの嬉しそうな声と一緒に、バシャッと湯が跳ねる音がした。

 えっ!? おねーちゃんって!? 


「ちょ!! 待て!! シャーメ!!」

 シアンさんの止める声を聞きもせず、シャーメが尻尾を揺らしながら、脱衣所の方に駆けて行く。尻尾のついた尻を隠そうともせず……

 呆気あっけにとられて、ついその後姿を眺めてしまった……



 すぐに、タオルを巻いたシャーメは戻って来た。裸にタオルだけ巻いたリリアンを連れて……

「デニスさんとシアさんに、タオルを巻いて入って来いって言われたって、シャーメに言われて……」

 リリアンは少し恥ずかしそうな顔をしている。


 ……いや、言ってねえし……


「あはは、まあいいんじゃねえか? 俺らももうすぐ王都に戻るしな」

 仕方ねえなって感じで、シアンさんが言った。

「ちょっと寂しくなるね」

 タングスの言葉に、そうだなとうなずいた。


 タオルを巻いたリリアンの姿は、目のやり場に困るような、目の保養になるような…… まあ正直にいうと、ラッキーだなとは思った。

 この数か月、他のヤツらはしたことがないような経験を、ここでは沢山させてもらった。そしてもうすぐ王都で闘技大会がある。

 そんな話を皆でして、程よく体が温まった頃に二人は風呂を出ていった。


 その間、ずっと湯から出られなかった俺は、すっかりのぼせてしまった。


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(メモ)

 背中の傷(#33、Ep.14)

 ロディ(#4、#26)

 聖獣(#28)

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