96 彼女の記憶/デニス(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。転移魔法や姿を変える魔法を使う事が出来る。

・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。冒険者だったアシュリーと幼い頃に縁があった。

・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。リリアンの前世を知っている。


・タングス…仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の兄。前・魔王討伐隊たちとは顔見知り

・シャーメ…仙狐の兄妹の妹。二人とも20歳程度の人狐の姿になれる。


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「なあ、リリアン…… ちょっと聞きたい事があるんだが」

 そう切り出すと、リリアンは「何ですか?」と疑う様子もなく応えた。


 夕食の後、シアさんはすぐに風呂に入ると居間を出て行って、それを追いかけるようにタングスも風呂場に向かった。

 ここにいるのはリリアンとシャーメだけだ。ちょうどシャーメが台所に飲みものを取りに行ったので、今がチャンスだと思った。


古龍エンシェントドラゴンの爺さんといい、仙狐せんこの二人といい、お前はどこで彼らと知り合ったんだ」

 他にも聞きたい事はあるが、ひとまずここから聞くのが無難だと思った。

「先日故郷に戻った時に、兄たちと高位魔獣たちに挨拶に回ったんです」

 ニコニコとリリアンが答えた。


 でもおかしくないか? それだけが彼らと面識がある理由だとしたら、カイルより親しい理由が説明できない。

「そうなんだ。族長になった挨拶回りみたいなものか? じゃあ、最近なんだな。てっきりもっと前からの知り合いだと思ってた」

 わざとそう言ってみせると、リリアンの耳が少しピクリと動いた。

「なんだか昔からの知り合いみたいな雰囲気だからさ」

 それを聞くリリアンの耳がまたピクリと動く。

 やっぱりおかしいな。何かを隠しているのだろうか?


「おねーちゃん、デニスには話してないの?」

 思わぬ方向から声がした。皆の分のカップを持って戻ってきたシャーメの言葉だ。彼女の獣の耳には、台所からでも俺たちの会話がしっかり聞こえていたのだろう。


「言ったらダメなの? だって、デニスはおねーちゃんの大事な人なんでしょう?」

 シャーメは確かにそう言った。そして、それを聞いたリリアンは慌てだし、顔を赤くさせた。


 大事な人ってどういう意味だ……?

 もしかして、リリアンも俺の事を想っていてくれたとか、そういう事か?


 でも、その後に続く二人の会話が、俺の都合のいい期待を遠くの方へ跳ね飛ばした。

「ま、待ってシャーメ!」

「なんでおねーちゃんが私たちのおねーちゃんなのか、カイルにだって言ってあるんでしょう? 知らないのはデニスだけじゃない」


 俺だけと聞いて、やっぱりと思う気持ちと寂しいような気持ちが沸いた。

 言葉を失っている俺から、リリアンは申し訳なさそうな気まずそうな顔をそむけた。


「うん…… わかった、けど…… せめてシアさんが戻ったら……」


 * * *


「アッシュだ」

「……は?」

「リリアンはアッシュの生まれ変わりなんだよ」

「待って、シアさん……」


 シアンさんはまだ濡れた髪をタオルで乱暴に擦りながら言った。

 いくらなんでも、過ぎた冗談だと思った。これはさすがにリリアンが止めるのかと思ったら、そうじゃなかった。

「いくらなんでも突然すぎます」


 ……否定、しないのか??

 リリアンは少し困ったような顔をして、俺とシアンさんの顔を交互に見ている。その表情にアシュリーさんの面影は全くない。


「変に回りくどく言っても仕方ねえだろう? こいつには俺と違って『龍の眼』は無いんだ。確かめる方法だってありゃしねえだろう? なら、俺らが言った事を信じるか信じないかだけだろう?」


 腕を組みながらシアンさんがさらに続けた。

「それに、俺がアッシュの事で嘘をくと思うのか?」


 ……そうだ。俺はシアンさんがどんなにアシュリーさんを大事に思っていたか、知っている。彼女の事を冗談のネタにしたり、悪ふざけに使うとは思えない。


「だからきっかけは俺と同じだ。討伐隊のアシュリーだった頃にこいつらと知り合っている。高位魔獣たちは魂の匂いとやらがわかるらしい。俺もこの『龍の眼』でアッシュの事がわかったんだ」

 確かにそうであれば、納得できる事は多い…… 高位魔獣たちの事も、シアンさんの事も、そしてまだ冒険者1年目のはずのリリアンの強さも。

 しかしだからといって、素直に信じられるような簡単な事ではない。


 いつの間に、リリアンの両脇には狐の姿になった仙狐たちがすり寄っていた。

「おねーちゃんもおにーちゃんも、私たちの恩人なんだよ」

 そう言って、リリアンに何かを促しているようだ。


 リリアンは不安そうな顔をしながら軽くうなずいて、そっと胸に手をあてた。


 柔らかい光に包まれ、彼女の姿が一瞬見えなくなった。その光が晴れると、そこに居たのは――


「アシュリー……さん……?」


 艶のある黒い長髪、炎をたたえるような強さを見せる深紅の瞳、すらりとしたスタイルの美しい女性剣士。


 幼い頃の記憶が蘇る。

 俺と仔犬の墓を作った、あの冒険者。俺に旅の話を聞かせてくれて、俺に剣を教えてくれた。

 その思い出にあるアシュリーさんの姿が、幻などではなくはっきりと目の前にある。


「生まれ変わり……と言ってもにわかには信じられないだろう。でも全てではないが、確かに私の中にはアシュリーの記憶がある」


 口調もリリアンとは違う、確かにアシュリーさんの話し方だ。

 そうか大人になったリリアンの姿や口調に俺が惹かれたのも当然なんだ。だって、あれはアシュリーさんだったんだから。


「この程度の事が、証になるかはわからないが…… あの公園で会った日に、お前と二人で白い花を摘んだ事を覚えている」


 彼女の瞳がほんの少し緩み、幼い頃に見たあの人の笑顔を思い出す。

 あの優しい手が俺の手に触れる。


「デニス」


 あの温かい声で俺の名を呼んだ。


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(メモ)

 魂の匂い(#22、#74)

 仔犬の墓(Ep.1)

 高位魔獣との縁(Ep.10)

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