87 古龍(エンシェントドラゴン)/デニス(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。転移魔法を使う事ができ、神秘魔法で大黒狼の姿などになれる。


・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。リリアンの前世を知っている。

・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。


・カイル…リリアンの三つ子の兄で、灰狼族の若き族長。銀の髪と尾を持つ。やや(?)シスコン気味。

・タングス…仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の兄。前・魔王討伐隊一行を慕っている。

・シャーメ…仙狐の兄妹の妹。二人とも20歳程度の人狐の姿になれる。

・爺様…古龍(エンシェントドラゴン)。竜の翼と尾を持つ竜人の翁の姿になれる。シゴキが好きな体育会系じーさん


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 手合わせという名目で、目の前に繰り広げられている戦いは、タングスとシャーメが参戦した事でさらに激しさを増していた。どうやら1対2対2らしい。


「やべっ!」

 シアンさんが焦った声を上げる。

 そちらに目を向けると、跳び上がったシアンさんが龍の尾とタングスの攻撃に挟み撃ちにされるところだった。


 と、シアンさんの足が空中でを踏んで、そこからさらに上に跳んだ。

「サンキュー!」

 誰にともなくそう言いながら、シアンさんはタングスの腕を掴み、落ちる勢いでそのまま彼を地に落とし、模擬剣で押さえつけた。


 その間にもリリアンは、シャーメと古龍エンシェントドラゴンの片腕を相手にくるくると跳び回っている。

 シアンさんが声を上げていたというのに、そちらを気にもせずただ戦うリリアンの姿に、少し違和感を覚えた。


「僕はリリアンが生まれた時から知っているんだ。でも、僕でも知らないリリアンも居る」

 心中しんちゅうで首を傾げていると、カイルの呟きが聞こえた。

「なあ、デニス。お前はリリアンの事、どこまで知っているんだ?」

 その言葉は、今度は俺に向けて。


 俺の知ってるリリアンの時間はもっと短い。

 1年半とちょっと前に、西の冒険者ギルドでギルマスに引き合わされてからの付き合いで。それでも西のギルドの仲間の内では、仲は良い方じゃないかと思ってはいたが。


「どこまでって…… 俺がリリアンと知り合ったのは、彼女が王都に来てからだ。先輩として、冒険者になりたいっていうリリアンに色々と教えたり、一緒にクエストに行ったり…… その程度だよ」

 二人で旅をしたとか、俺の部屋に泊めたとか…… キスをした、とか…… そんな事を、彼女の兄貴相手に言える訳がない。 


 カイルは俺の言葉を聞いて、少し安心したような顔を見せた。

「そうか。デニスの事はリリアンから何度か聞いていた。改めて、妹が世話になっている。でも……」

 そこまで言って、またあちらに顔を向けて、今度はシアンさんの方をにらみつけた。

「あいつはもっと知っているんじゃないか?」


 その言葉に、さっきの違和感を思い出し、思い当たった。

 そうだ…… 二人の動きが、合いすぎているんだ。

 出会ってやっとひと月程のシアンさんとリリアンが、当たり前の様に連携を繰り出している。ぎこちなさなどまるで感じない程に、自然に、流れるように。

 ……互いの動きが、わかっているかのように。


「爺様、この辺りで仕舞いにして、中に入りませんか?」

「そうそう。爺様の好きな物も持ってきたからよ」

 言葉を合わせる二人の姿に、いつぞやの胸のもやつきを、また感じた。


 * * *


 リリアンがマジックバッグから包みとかめを取り出して見せると、爺さんは「おお」と嬉しそうな声を上げた。どうやらあれは爺さんの好物らしい。

「では宴席えんせきを用意しようかの」

 爺さんは付きの竜人――いや、彼も龍なのかもしれない――に何やら指示を出すと、自分は上機嫌で俺らを屋敷の奥の間にいざなった。


 シアンさんは手土産の包みを持って、さっさと一人で別の方へ行ってしまった。どうやら、ここの勝手を知っているらしい。


 カイルと共に爺さんへ紹介され、ようやく腰を落ち着けた頃に、何人かの竜人が次々に料理と飲み物を持って来た。ようやく戻ってきたシアンさんは、色んな魔獣の塩漬け肉ベーコンが載った皿を手にしていた。


 爺さんに渡した杯に、シアンさんが先ほどの甕から古酒を注ぐ。「それでは頂こうかの」との爺さんの言葉で宴が始まった。



「でさ、こいつに稽古をつけてほしいんだよ」

 爺さんが3杯目を開けた頃、シアンさんが俺を指差して言った。

 爺さんはほうと言いながらこちらを見て目を細める。じろじろと上から下まで吟味するような視線に、何だか妙な緊張を覚えた。

「だいぶ鍛えてはいるようじゃの」


「デニスお前、『英雄』を目指すんだろう? 俺らも討伐隊時代に爺様に稽古をつけてもらったんだ。まあ、俺はその後も爺様に捕まったけどな」

「そうなんですか?」

 シアンさんの言葉を、何故かリリアンが拾った。


「小僧が、らしくなく悄気しょげてたからの。気合を入れてやったんじゃ」

 どうやら、シアンさんが旅をしていると思った期間のいくらかは、ここで厄介になっていたらしい。

「爺様のしごきの所為せいで、泣く暇もなかったからな……」

 そうシアンさんが言ったのは、アシュリーさんを亡くした直後の事だろう。


 その時の話を聞きながらふと見ると、黙って料理を口に運んでいるリリアンの耳が、何故か垂れていた。


 * * *


 その日から、三日おきに爺さんのしごきを受ける事になった。


 三日間はリリアン、シアンさん、タングスと俺の4人で旅をする。狼と狐の背に乗って駆け回り、あちこちの町に立ち寄り、ダンジョンを巡った。

 夜になると、そこが森の中であろうと、山道の途中であろうと、ダンジョンの前であろうと、一度仙狐の住処に帰る。仙孤の住処ではシャーメがご飯を作って待っていてくれた。


 そして、四日目はリリアンに爺さんの屋敷まで送ってもらって鍛錬をする。何故かカイルも一緒だ。

 その日は、リリアンは王都で用事があるんだそうだ。彼女は毎回えらいごちそうを手土産に持って帰ってくる。夜はそれを並べてお約束の宴席になった。


 シルディス国中を巡る旅にダンジョン探索、爺さんのシゴキ。夜は美味いメシを食って、ぐっすりと眠る。

 王都に居た頃とは違うがやたら充実した日々は、刻々と過ぎて行った。


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(メモ)

 もやつき(#41)

 (#48)

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