81 田舎町

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー(アッシュ)。転移魔法を使う事ができ、神秘魔法で大黒狼の姿などになれる。

・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーに想いを寄せていた。右目の『龍の眼』で、ステータスや魂の匂いを知る事ができる。前の旅でリリアンの前世を知った。


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 転移の魔法を使えるようになってから、立ち寄った町の座標は全て記録してきた。


 北の方へは先日、シアさんと一緒に。

 南の方はデニスさんとドワーフの国へ行った時に。

 東の方面は、国境近くのレーテの町と、その先の獣人の国にはいつでも行けるようになっている。

 でも西の方はほとんど座標を取っていない。王都から狼の足で半日ほど行った所にあるラントの町くらいだ。


 今回用事があるのは、そのさらに先なのだ。ひとまずラントの町まで跳んで、そこからは大狼になった私の足で向かう。昼過ぎには目的の町に着けるだろう。


 シアさんは大分私の背に乗り慣れて、以前よりしっかりと掴まってくれるようになった。

 けど……


「んーー…… アッシュの匂いがする」

「って! 何してるんですか?! もしかして眼帯外してるんですかっ?」

「別にいいだろう? 誰かが見てるわけじゃないし」

 そう言って、私の首に回した手に軽く力を入れて、また顔を寄せる。


 その度に、背中から抱きしめられている気分になる……


 ずっとデニスさんを背に乗せて、こないだはシアさんと旅をして、だいぶ慣れたはずだったのに…… なんで私はまた緊張しているんだろう。


 * * *


 山のそばにあるのどかな田舎町。その外れに目指す家はあった。

 町民の家だと思うと大きいが、貴族の家としてならかなり控えめだ。『田舎の貧乏貴族』というのは間違っていないなと、そう思った。


「お前が来るとは思わなかった。久しぶりだな。あれから何年経つんだ?」

 呼び鈴を聞いて自ら出てきた夫人が、さっぱりとした口調で言う。

「思ったより元気そうだな」

 懐かしそうな目をしてシアさんが応えた。


 彼女の翠玉エメラルドの瞳が、差し込んだ光で明るく輝いた。明るい茶色の髪を、飾るのではなく後ろで軽く結わえているのは動きやすいようにだろう。相変わらずだ。


「まあ、確かにあの頃に比べたらずっと動けなくはなっているが、不便を感じる程ではない。ところで、そちらのお嬢さんは?」

 昔の仲間――アレクサンドラはそう言って、シアさんの隣に立つ私ににっこりと笑いかけた。



「サムが死んだ」

 案内された応接室は、飾り気も色気もない小ざっぱりとした部屋だった。だからといって、そんなつらい話を最初にしていい訳じゃない。

 しかし、これからする話がそんなに軽い物ではないと思わせるには、これでも良いのだろう。


 アレクは、シアの第一声を聞くと一瞬驚いた様に目を見開いた。そのままゆっくり視線を落とすと、静かに息を吐いた。

「……サムは、ずっと行方がわからなくなっていた。お前は居場所を知ってたのか?」

「ああ、知っていた。でも会う事を拒絶されて、それきり避けていた。だがこの子に頼まれて、一緒にサムの住んでいた場所に行ってきたんだ」


 シアがそう言って私を示すと、アレクは不思議そうな顔でこちらを見た。

「リリアンちゃんは…… 何故サムの事を知っているんだ? シアとはどんな関係なんだ?」

「リリアンがあの家を買ったんだよ。王都にある、元はアッシュの物だった家だ」

「あそこか」

「あの家に俺らの物があの時のまま残されていた。彼女はそれを俺に見せてくれた。その時にアニーに会って……サムとメルの魔力が消えている事を知った」


「メルもか?!」

 驚くのも当然だろう。行方が知れぬサムならまだしも、メルは今でも教会の奥に居るのだと、世間的にもそう信じられているのだから。


「証拠はない。サムの死は彼女の旦那の証言だ。ほんの2か月ほど前の事だったらしい。メルの死はサムの日記に記されていた。15年前……俺たちが王都に戻ってすぐ後に、サムの目の前で死んだらしい、としかわからない。でもアニーへの魔力供給が絶たれていた事は、確かに俺が確認した」

 それを聞いて、アレクはつらそうに顔を伏せた。


「いったい…… 何があった?」

「今それを調べている。だが悪いが、お前には教えられない」

「なんでだ?」


「貴女に危険が及んで……これ以上何かがあれば、ニコラス様が悲しまれます」

 私が不意に二人の会話に口を挟んだ事に、アレクは少し戸惑いを見せた。

「あ……ああ……」

「その身の不調は呪いですね」

「……そうだ。クリス様をむしばんだ呪いは、息子のニコラスにも受け継がれてしまっていた」


 アレクの体が何かに侵されている事は、会ってすぐに鑑定したのでわかっていた。

「教会には解呪は出来ないと言われた。でもその呪いを、血の近い者に移す事なら出来ると。幸いにもクリス様が受けたような強い呪いではない。こうして毎日を無事に生きる事は出来ているよ」

 そう言って、私を安心させようとしてか、優しい笑みを見せた。



「なあ、アレク。からの、お前が覚えている事を教えてほしい。情けねえが、俺はあの時あんな状態だったから、殆ど覚えていないんだ」


 シアの言葉を受け、アレクは静かに口を開いた。



 魔王を倒し、皆で王都へ戻った。

 王との謁見を終え、祝杯を挙げ、その後はそれぞれに分かれて帰った。

 が、そこでクリスは倒れた。魔族から受けた呪いの所為せいだった。


 急ぎ、教会に運び込まれ……

「それきり、クリス様には会っていない…… せめて一目、会いたかった」

 アレクは寂しそうな目で、そうこぼした。


 一方、町ではアレクを責める声がどこからともなくあがっていた。

 魔王討伐を目指す旅の途中でアシュリーが死に、本来ならその腕輪を継ぎ英雄になるのはシアのはずだったのだ。

 しかし、シアは負傷しその任を果たす事ができなくなっていた。

 代わりにアレクが継いだのは必然であったはずなのに、世間は――庶民や冒険者たちは、黙ってはいなかった。


 彼ら民衆の代表である英雄の座を、貴族に奪われたと、そう考えたのだ。


「俺の所為せいなのにな…… ごめんな、アレク」


 私たちは仲間で家族だった。冒険者だとか、貴族だとか、そんなものは私たちの間にはなかったはずだ。

 でも、世間にはそうは思われなかった。


 民衆はアレクを責め立てた。アシュリーの死も彼女に原因があるに違いない。彼女が、英雄の座欲しさにアシュリーを害したのだろう。そんな事を言う者まで現れた。


「皆じゃねえ。少なくとも、西ギルドのやつらはそうは思ってなかった」

「ああ、わかっている。彼らは私たちを、アッシュやお前の仲間として迎えてくれた…… わずかな味方だ」


「だから、ニコラス殿下にアランさんを付けたんですね。アランさんはデニスさんの後輩だから」

 そう言った私の方に、彼女はうなずいてみせた。

「ああ。冒険者の経験がある騎士で、西のギルドの……できれば、アッシュに縁のある彼の少年に繋がる者をと、そう条件を付けて人選していただいた。ニールに友人が出来たと聞いて、嬉しく思っていたのだが…… 貴女だったんだな」

「はい。彼は私の大事な友人です」

 そう言った私に見せたアレクの笑顔。多分、あれは母親の笑みなのだろう。



 不便を感じる程はないという言葉を証明するようにか、アレクは私たちを町の出口まで送ってくれた。

 それでも15年前には騎士として魔王討伐軍に参加した彼女が、もう走る事はできないそうだ。


「本当にサムとメルも死んだのであれば、残っているのは私たちだけなんだな」

「ああ……」

「なあ、シア。私たちは何の為に魔王を倒したのだろうか。あれだけつらい思いをして、やっと打ち倒した魔王も、あと5年もすればまた復活する」


 山から下りて来た風が、夜の気配を連れて私たちの間を吹き抜けていく。

 赤く染まった遠くの空を見つめながら、アレクが静かに言った。


「あの旅は何だったんだろうな……」


 * * *


「何の為……か……」

 シアが、アレクの言葉を思い出すように呟いた。


「なあ、アッシュ。アレクには本当の事を全て言わなくて、あれで良かったのか?」

「アレクを巻き込みたくはない。今のあの体で無茶をされては困る。それに彼女も嘘をつけないだろう」

「ああ、確かにな……」


「お前を…… 巻き込んでしまって、本当にすまない……」

 そう言った私を、シアは後ろから優しく抱きしめてくれた。


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(メモ)

 眼帯(#69、#72、#74)

 田舎の貴族(#4、#78)

 (#Ep.8)

 (#44)

 (#56)

 (#37)

 (閑話1)

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