79 隠された記憶/ケヴィン(1)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー(アッシュ)。神秘魔法で大人の姿などになれる。

・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。

・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王で、2代前の『英雄』


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 黒髪の美しい彼女の姿を、栗毛の青年はただっと見ていた。

 彼の口が言葉を発せようと震える様に動く。上手く言葉が出せないようだ。


 おそらく、彼の記憶も――

「戻ったのだろう」

 ついと口から言葉がこぼれた。その言葉を拾うように、彼女が私を見て薄くうなずいた。


 あの時の私と同じだ。

 失っていたはずの記憶が戻った瞬間の衝撃からすると、彼のあの様子も当然だろう。あの時の私も、しばらくは混乱で何も語ることはできなかった。見ているもの全てが偽りであるかの様にすら感じていた。

 記憶を取り戻す切っ掛けを私に与えたリリアンは、黙って私の言葉を待っていた。


 今は前世アシュリーの姿になった彼女リリアンは、青年の涙にハンカチを当てようとした。それに、はっと気が付いたように彼が視線を動かした。

「あ…… アッシュ…… あの時……あの時、俺たちは……魔王を……」

「シア」

 えるように顔を伏せた青年の名を、彼女は優しく呼んだ。


 * * *


 重く苦しい声で彼が吐き出したのは、魔王との戦いの記憶だった。


「サムが…… そうだ。あれは……マーガレット様だ」

 彼が口にしたのは、この国の者なら誰でも知っている先の神巫女の名前だ。そして私は別の理由で彼女を良く知っている。


「マーガレット、か……」

 思い起こす様に、その名を繰り返した。

 彼女はかつての私の仲間だった。魔王を討伐したのちに神巫女を継ぎ、約30年の間その任を務めた。そして娘のローザに神巫女を継がせ、自身はその姿を消した。

 ……本来ならマーガレットの跡を継ぐのは、サマンサだったはずなのだ。その前に教会を抜けた彼女の最期についても、リリアンから話を聞いたばかりだ。


「マーガレット様が現れて、変な事を言った…… バランスが狂ったとか、星に力が注げないとか……」

「星……かね? 魔王と何か関係があるのかね?」

 魔族領で見上げた夜空を思い出した。『魔族領ここで見る星空も俺たちが見ていたのと変わらず綺麗きれいなんだな』と、そう言ったのは仲間の誰だったか。


「わかんねえ。マーガレット様は俺たちの事なんてこれっぽっちも気にしていないようだった。そんで、何かが無駄になると、立て直すからと言って…… 魔王に向かって何か不思議な言葉で魔法を使うと、あっけなく魔王は消えた」


 彼はそう言うと、混乱を払うように頭を振った。

「不思議な気分だった…… 呆気あっけにとられていた俺たちに、マーガレット様は俺たちのお陰で魔王を倒す事ができたんだと言った。彼女の手が光って…… 多分、それから魔王を倒したつもりになっていた……」

 そうして組んだ手の上にまた顔を伏せた。自責の念に駆られているのか……


「シアン殿」

「ああ、申し訳ありません、ケヴィン様。俺、本当は口が悪くて……」

 私が声をかけると、彼は気付いたように顔を上げて詫びた。

「いや、楽に話してくれていい。上下の関係はないと、言っただろう。私もシアンと呼ばせてもらう」


 彼の横で、アシュリーがふぅーと長く息を吐く。

「……シア、私がは何があった?」

 私の口からは聞きづらい事を、彼女はえて包まずに聞いた。


 シアンは一瞬目を見張り、それから視線を下げてまた話し始めた。

「俺はアッシュを助けたかった……」



 巨大な魔獣に飲み込まれたアッシュを助けようと、剣を握り直して駆けだした。けど、横から魔法が飛んできて、俺はふっ飛ばされた。

 やたらと魔力の強い魔族が居て、そいつはビフロスと名乗った。あそこに魔獣がいたのは、そいつの仕業だったらしい。


 俺は諦めたくなかった。まだ、アッシュを取り戻せると思ってた。でも立ち上がった俺をルイが止めて、その目の前でまた大きな魔法が弾けた。ルイに止められなかったら、きっと俺はやられてた。

 その魔族は強かった。俺たちは手も足もでなくて……  とうとう、クリスが引けと言った。

 嫌だと叫ぼうとして…… 多分、俺は魔法かなんかで眠らされた……


 目が覚めて、右目が見えなくなってる事に気付いた。

 あの魔族にやられてたんだそうだ。自分の傷なのに、自分で気付いてすらいなかった。それほどに、俺はアッシュの事しか考えていなかった。


 こんなんじゃ、もうアッシュのスペアにもなれない。いや、それ以前に認めたくなかった。アッシュが死んだなんて。

 みっともねえ俺の頬を、アレクが引っ叩いた。あいつも泣いてた。


 アレクが、アッシュの腕輪を受け継いでくれた。

 クリスもつらそうだった。あいつも、本当は引きたくはなかったんだろう。

 そういやサムが、こんなはずじゃないって言って泣いてた。

 メルは…… ずうっと黙ってた。


 心が重くて重くて。でも進まないとって思って。

 ああそうだ。ルイがずっと横で俺に声をかけてくれていた。ルイには悪い事しちまったな。自分の故郷でもないこの国の為に、あそこまで一緒に来てくれていたのに。


 なんとか皆の傷を癒して、別の道から奥に進んだ。

 何日か進んで、そこでまた別の魔族に会った。


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(メモ)

 あの時(#55)

 (#46)

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