Ep.4 朝の鍛錬/(2)

 二人は毎日のように早起きして鍛練をしている。あれ以来、自分も早起きして朝の鍛錬に参加しようと心がけているのだが、流石に二人と同じ時間に起きるのは難しかった。なにせ日が昇る頃にはすでに二人は起きているのだ。

 それでも少しでも早めに起床し、シアと二人で鍛錬していた所に加わる。


 その鍛錬の内容に最初は驚いた。軽く体を温める程度ではない。こんなメニューを毎朝こなしているのか…… それを普通にこなす彼女もだが、シアも当たり前の様に付いて行く。

「さすがに最初はキツかったさ。もう1年近くもやってれば慣れるよなあ」

 慣れるというレベルでもないだろうに。しかも1年も前から二人は一緒に居るという事なのか? どのような関係なのか、わずかに気になった。


 しばらくするとシアだけが先に上がる。彼は毎朝の様にアレクたちに付き合って皆の雑用仕事をしてくれているので、その為だ。

 以前「次は自分が」と言っておいたのだが、結局自分の出番はなかった。自分が手を出そうとしたら、アレクに止められてしまったからだ。しかも自分が声を上げた事が尚更にアレクのやる気に油を注いだらしい。

 彼らばかりにそういった仕事をさせるのは申し訳が無いと思ったが、「彼らなりの矜持きょうじもあるのだろう」と言う彼女の言葉に心咎こころとがめを飲み込んだ。私たちは私たちで、やるべき事を成すべきなのだ、と。



 鍛錬が終わる時、またシアが先に上がる時、彼女はいつも「お疲れさま」と言って軽く肩を叩く。最初、これは彼女なりのコミュニケーションの一つだろう程度に思っていた。

 しかしシアが「よっ、お疲れさん」と、同じように私の肩を叩いた時に僅かな違和感を覚えた。

「……シア。今何かをしたか?」

 そう問うと、シアはしまったと言うように一瞬決まりの悪そうな顔をし、

「まあ、気にしないでくれや」

 そう笑いながら手を振って行ってしまった。彼の叩いた肩に触れてみると、微かに回復魔法の残滓ざんしがうかがえた。


「どうかしたか?」

「あ、いや…… シアが回復魔法をかけてくれたようなのだが……」

 ちょうど通りかかったメルにそう言って肩を指す。

「……スタミナ回復の魔法だな。あとこれと別に回復力上昇の魔法もかかってる」

「別に?」

「ああ、ここにも魔法の跡がある。僅かだが」

 メルは逆の肩を指した。そうか、そちら側は……


 確かに自分は、不慣れな鍛錬で疲れが出ているのは確かだ。だが、こんな事で貴重な魔力を使わせてしまうのは申し訳ない。


 朝食の後に、部屋に戻ろうとする彼女を捕まえて声をかけた。

「いつも鍛錬の後に回復魔法をすまない…… しかし、あれくらいなら自分でできるから大丈夫だ」

 そう声をかけると、少し考えるような顔をした後で、わかったと無表情に告げて部屋に入ってしまった。

 その様子があまりにもあっけなさすぎて…… 胸に小さな陰を落とした。


 その次の朝の鍛錬もいつも通りだった。違うのは…… 彼女から「お疲れさま」の声がかかるが、それまでだ。

 ただ肩に触れない。それだけで、今まで自分に手渡されていた何かがするりと自分の目前を素通りして行ったような、そんな感覚を覚えた。彼女の表情も声も視線も以前と変わらないと言うのに。


 『自分でできる』となどと言っておきながら、その日私は自らを回復などしなかった。そんなものが無くても、彼らと同じように過ごせると…… たかくくっていた。



 道中遭遇したハルピュイアの群れは、ランクとしては本来この一行の強敵になる程ではなかったはずが、如何いかんせん数が多すぎた。

 倒しても倒しても減らない敵、終わらない戦闘。ほんの少し残っていた朝の疲労が、思った以上に戦闘の疲労に重なってこたえた。

 戦闘が終わると、英雄の3人は私も含め皆その場に座り込んだ。


 すっかり体力を使い果たした私に、シアが水の入った革水筒を手渡してくれた。礼を言って飲み干すと、

「朝の疲れが少し残ってたろ。油断するとミスに繋がるぜ。なんて、あいつの受け売りだけどな」

 そう笑って言った。

「彼女から聞いたのか?」

「まあな。余計な事をしたって、ちょっとしょげてたぜ」

 そういうつもりで言ったのではなかったのだが……

「余計な事ではなく…… 貴重な魔力を割いてもらうのは悪いと思った……」

「あいつはそんな風に思ってもいねえよ。あと自分でなんて言っても、大抵甘くみて加減しちまったりするだろう? それじゃあダメだってさ。それにあの程度の魔力、大した事ないはずだ。せいぜい水筒に水を汲んで差し出すのと同じくらいの負担だろうな」


 シアから受け取った革水筒を眺める。ああ、彼女にとってはこれと同じ事だったのか……


「あんたはさ、昔から愛されていただろうし、気にかけてくれる人も沢山いるだろうから、あんな事当たり前かもしれないだろうな。でも少なくとも俺にとっては、ああしてあいつが気遣ってくれている、その気持ちを貰えているようで嬉しいんだよなあ」


 そっと彼女を見ると、もう立ち上がって皆の様子を眺めていた。その目がいつもよりほんの少し優しく緩んでいる事に気付いた。

 彼女の瞳の色に不思議と魅せられている自分が居た。

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