4 先輩方のクエスト

 じーっと、ニールが目をまん丸にさせて私を見ている。

「な、なによぉ」

「お前、その手とか足とか…… なんだそれ?」

 そう言って、半獣化した私の手足を指さした。

「なんだ? ……って。ニール、獣化を見た事ないの??」

 ぶんぶんと、ニールが首を縦に振る。


 いつもの、獣化してない状態でも耳と尻尾は出ているが、半獣化すると私の場合は手足が狼になって足がより速くなる。もちろん完全獣化の方がさらに足が速いのだけど、狼の姿では武器が牙だけになってしまう。まぁ、牙でも戦えるんだけどね。


「ニール、そんなにじろじろ見ていると流石にレディに失礼ですよ」

 ちょっと怖い顔をしたアランさんが、ニールを連れて行った。ニールがなんか泣きそうな顔してる…… あー、なんかご愁傷しゅうしょうさまー……


「ほらほら、リリアンちゃん、見てあげるわよー」

 マーニャさんが私の体の怪我をチェックしてくれる。普通は小さな切り傷や擦り傷なんかは途中では治さず、その日の最後に治すのだけど、おそらく暇を持て余していたのだろうマーニャさんは綺麗に全部治してくれた。


 狩ったモーアはデニスさんが全部拾って、マジックバッグに詰めておいてくれた。今は草原に残った血の跡を魔道具で浄化して回ってくれている。

 浄化は出来る時にはしておいた方がいい。特に今回みたいな『肉集め』の場合には、血の臭いを消して生息地をできるだけ元の状態に戻してあげておいた方が、群れの回復も早くなるのだ。

 まあオークとかはそんなの関係なくガンガン増えるけどね。


 * * *


 今日の昼食はボリュームたっぷりのサンドイッチだ。ライ麦の薄切りパンに、これでもかという位に野菜と燻製肉、チーズが挟んである。

 メンバーが5人なのに、7人前くらいあるのは計算通りだから気にしちゃいけない。


「美味しいですね、これ。どこの店ですか??」

「西のロディの店だよ。俺の後輩がやってるんだ」

 アランさんは、普段は中央地区にいるから、ここのは初めてなのかなあ? 冒険者むけに早朝から弁当を売っている店は、どの地区にも何軒かあって、ロディさんの店は私たちのお気に入りだ。


 ニールもお腹すいたようで、一心不乱にサンドイッチを食べてる。

「そういや、ニールもライ麦のパン食べるんだ??」

 ニールに言うと、食べかけのサンドイッチから口を離してこちらを見た。

「……お前なー。俺が白パンばっかり食べてると思ってるのか??」

「うん」

 きっぱりと答えると、ニールは苦笑いをした。

「まぁ、うちはド田舎の貴族で、王都の貴族みたいに金持ちじゃあないからさ。黒パンも食べるさ。それにこのサンドイッチは黒パンとか気にならないくらい美味うまいしな」

 ニールは笑いながら大きな口でサンドイッチにかぶりついた。お世辞とかでなく本当に口に合ったみたい。

「ふーん。結構良い装備してるから、そうは見えなかった」

「これだけはって、じい様が用立ててくれたんだ。冒険者になるなら良いものを持ってないと命にも関わるからってさ」

 てっきりでっかいお屋敷にでも住んでるのだと思ってたら、中央地区のはずれにある普通の一軒家に住んでるんだって。一応メイドさんはいて、でも普段食べている食事は話を聞いてる限りではちょっとだけいい庶民の食卓くらいみたい。

 貴族って言っても色々なのねえ。それでニールは偉ぶっていないのかもね。


 あれだけあったサンドイッチは綺麗になくなった。約2名、二人分ずつ食べていたけれどね。


 * * *


 昼食後は場所を少し移動して別のモーアの群れを狩った。さっき10羽狩っているから、今度は7羽。さっきの群れのリーダーほど、はなかったので、アランさんのサポートが無くても、二人で上手く散らしながら1羽ずつ仕留められた。


 朝も早めに出たし、モーア狩りもスムーズだった。日はまだまだ高い。

「帰り道でもうひとクエ付き合ってくれ」

 マーニャさんに傷を見てもらっている私たちに向かって、デニスさんが言った。



 ひとまず荷物をまとめて、王都の方へ向かった。モーア17羽は本当ならかなりの大荷物だけど、ニールの背負うマジックバッグにすっかり収まってる。


 マジックバッグの魔法効果にも色々ある。容量がかさばらないもの、重量を感じないもの、中身の劣化を止める――要は『時間停止』の効果があるものなど。その効果の度合いなどによって価値が変わってくる。

 ちなみに今日持ってきたバッグは、ギルドでレンタルしているもので、『容量減少』『重量軽減』『時間停止』がついているので、レンタル料もだいぶお高い。

 でも一人一人にモーアを持ち帰るくらい余計に狩ったので、過ぎるほど元がとれるだろう。



 クエストの目的地は帰り道をちょっと外れた所にあるそうだ。

「あっちの方にスネークベリーの群生地があるだろう? そこにどうやらバジリスクが棲み着いちまったらしい」

 バジリスクは毒を持つ大型のヘビで、かなり厄介な魔獣だ。

「スネークベリーはヘビの好物だが、流石にヘビの王はお呼びじゃない。まだベリーの時期じゃあないからいいが、流石に収穫期まで居座られると厄介だからな。今日のクエストはひとまず状況の確認をしてくること。その上で対処できる様なら対処をする事になっている」

「対処って??」

 バジリスクと聞いたからか、ニールは興味津々のよう。

「追い払ってもいいのだけれども、それで人里の方に行ってしまったらもっと困るのよ。だから討伐しないといけないわねぇ」

 今回はマーニャさんも一緒らしい。アランさんの方を見ると、私もやりますよと言わんばかりに、軽く腰の剣を叩いて見せた。

「このクエストはAランクだからなー。主役は俺たちな?」

 デニスさんはガッツポーズをしながら笑った。


 * * *


 王都の街道から脇道にはいる。スネークベリーの時期になれば収穫依頼を受けた冒険者たちが大勢ここを通るが、その頃でなければわざわざ通る人もいない道だ。

 その道は森に続き、少し入ったところが群生地になっている。少し開けた日当たりのいい草原に、時期であれば赤い小粒の実が一面に、まるで緑の絨毯じゅうたんに柄をつけたように実るのだ。

 が、今日はその手前に何かがいた。


 離れたところから遠見の眼鏡で様子を見る。

「あー、確かにバジリスクだなぁ……」

「でも小さめの個体ね。あれなら大丈夫じゃない?」

 バジリスク相手に大丈夫とか言えるマーニャさん、流石だわー


 群生地のそばで戦うと荒らしてしまうので良くないという事で、森の入り口側から広い場所に誘導して倒すことになった。

「危ないので、ここから出ないでくださいね」

 アランさんが私とニールの周りに魔道具で簡易結界を張ってくれた。戦う場所から距離はあるが、毒ブレスも使うので念のための対処だそう。


 デニスさんが誘導役になったらしい。マーニャさんに魔法をかけてもらい、一人で森に入って行くのが見えた。

「このクエスト、Aランクって言ってたよな? でも3人の中でAランクはデニスさんだけだろう? 大丈夫なのかな……」

「うん。でも多分だけど…… マーニャさんは言っている通りのランクじゃないと思う」

 ランクをえて上げない事もできるのだ。今まで何度かマーニャさんの魔法をみているけど、あれはBランクの魔法じゃないと思う。

 マーニャさんがさらに自分とアランさんに魔法をかけたようで、二人の体が一瞬薄い緑に光った。多分リジェネだろう。


 しばらくするとデニスさんが走って戻ってきた。何か叫んでいる。続いてバジリスクの巨体が現れる。森から出てきたバジリスクは鎌首をもたげて威嚇姿勢を取った。マーニャさんは小さめの個体と言っていたが、それでも十分に大きい。今の首の高さで大人二人分くらいあるように見える。

「でけぇ……」

 隣のニールが誰にでもなく呟いたのが聞こえた。

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