第11話 ヤバい、もう白い面積がない!

 どよめく観客、うごめ有翼魔獣モンスター

 気づけばステージ上空は真っ黒で、バッサバッサと有翼魔獣モンスターたちが牙を剥き爪を研いでいた。


「イヴァン、ウルスラ!」


 俺は迷いなく2人を呼んだ。

 俺たちはアイドルだ。けれどアイドルの前に勇者一行パーティである。


「はい! やりましょう!」

「おう。魔物の群など蹴散らしてくれるわ」


 念のため、ステージ袖に備えてあった武器を手に取った俺たちは、きらびやかなアイドル衣装のまま有翼魔獣モンスターと対峙した。


 空中の敵をウルスラの捕縛魔法で拘束し、俺とイヴァンとで叩き斬る。


 舞い散る血肉と血霧、民衆の悲鳴と怒号。バックに流れるのはオーリーが復元したアイドルソングだ。


 曲に合わせてステップを踏む。アイドル修練で習得したステップと踊りダンスは、俺たちの剣と魔法によく馴染んだ。


 曲のテンポの良さと、腹の底から込み上げてくるような熱いトキメキ。

 ノリノリで数匹切り捨てたところで、ウルスラの怒鳴り声がステージに響いた。


「お、おい! 衣装を汚すなよ、オーリーが夜なべして造り上げた一点モノじゃあ!」


 すでに倒した魔物の返り血を浴びて、真っ白だった衣装は所々、緑や青に染まっていた。


「えっ、えー!? そんなこと、急に言われましても!」


「……っ、き、極力! 努力する! ってことで!」


「努力義務かー。それならできそうです!」


 イヴァンは大きく頷くと、愛用の銘もなき大剣を構えて気合いを溜めた。


「し、に、さら、せぇぇぇえええーーー!!」


「「「「「ギェャァァァァァア!!」」」」」


 有翼魔獣モンスターすべてを薙ぎ払うイヴァンの一撃。


 勇者である俺と違って、イヴァンの攻撃は魔物を消滅させることができない。


 つまり、ぶしゃぁぁぁあああ! と。

 俺たちは努力虚しく勢いよく魔物の返り血を浴びてしまったのである。


 ——や、ヤバいーーー! もう白い面積がない!


 今はまだ、鮮血を浴びたばかりだから鮮やかな青だとか緑をしているけれど、乾けば直にくたびれた色になる。


 ——だ、台無しだーーー!?


 と、パニックになりそうなところで、不意に聞きなれない声がステージ下から上がったのである。


「く、クソッ、痛ェ! ……な、なんでオレ、勇者に突撃かましてンの!?」


 そこにいたのは、イヴァンの一撃を受けてなお、奇跡的に翼が折れるだけで済んだ有翼魔獣モンスターがいた。


「て、撤退だァーーー! 正気のヤツから撤退しろーーー!!」


 人語を話すその有翼魔獣モンスターがそう言うと、上空で待機していて無事だったらしい仲間の魔物たちが、慌てて次々に撤退してゆく。


「……て、撤退……した? な、なんで……?」


 魔物モンスターの統率が取れた動きを、今日はじめて見た。

 もしかしたらあの人語を話す魔物は、この地域一帯の指揮官なのかもしれない。


 勇者の思考で考えて、逃げた人語を話す魔物を追いかけようとしたところで、


「皆さん、大丈夫ですか!?」


 と、今まで避難していたらしいオーリーが、珍しく俺たちに駆け寄ってきた。


「あ、オーリー! 俺たちは大丈夫です。あっ……ステージ……ステージは大丈夫ですか!? 今の俺たちにステージ修復費用は出せませんけど!? しししし借金とかしないと駄目!?」


「それは大丈夫です。ありがとうございます、勇者アレク。お陰でステージは守られました」


「よ、よかった……本当によかった……」


 所持金ゼロは耐えられても、借金までは耐えられない。


 文化的生活を捨てられずアイドルの道を選んだ俺たちにも、金銭的な矜持くらいあるのである。


 けれど、安堵したのは束の間だ。


「で、でも……僕らの衣装……オーリーさんが夜なべして作ってくれたこの衣装は……」


 イヴァンの言葉に、俺もウルスラもうつむいた。


 白く艶やかに輝いていた衣装に、初々しくもあった面影は、もはやない。


 誰もが絶句するような魔物の血塗れ衣装を纏う勇者一行パーティが、管理支援官マネージャーオーリーの悲痛な視線を受けて立ち尽くしているだけ。





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