第8話 正気に戻ってはいけなかったのに

 僕たちは勇者一行パーティだ。無茶振りされることには慣れている。


 棒切れ一本で四脚魔獣モンスター100匹討伐、魔核コアを連続200個粉砕、塵ひとつ残さず大型魔獣モンスター300匹撃破……。


 100単位で上限なく上がってゆく難易度を、養成機関時代の僕らは必死でクリアし続けた。

 そんな無茶振りに応えてきたから、今の僕らがあるわけで。


 けれど、無茶振り対応にも限度というものがあるのだ。


「なぁ……なんで俺たち、こんなとこで足止め食らってアイドル活動なんてしてんのかな」


 ノクタリア草原の真ん中で、アレクさんが遠い目をしながら弱音を吐いた。


 勇者であるアレクさんがそんなことを言うなんて、僕は信じられない思いで息を呑む。


 アレクさんが各種魔物モンスターを単独で1万匹討伐する試練に出向いたときだって、疑問を口にすることはなかった。

 そんなアレクさんは試練を最速攻略達成したのだけれど。


 ——いくらアイドル修練が更なる高みへと登るための訓練になるとはいえ……やっぱり、訳わかんないですよね。わかります。


 心の中でアレクさんに同意をしていると、ウルスラさんが呆れたように長く長くため息を吐いた。


「旅費のためじゃろ。魔物を資金化できない儂らは、別の方法で金を稼ぐしかない」


「でもさぁ、それにしたって……もっとあるんじゃないですか!? 腕力活かして現場仕事だとか、知識を活かして臨時教師とか! 師範だっていい! 賄いつきの食堂とか、部屋つきの雑用とか! 屋台の兄ちゃんだとか! 山盛りの肉が食べたい! 上等なパンも食べたい! 具沢山のスープが飲みたい!」


 ブチブチと草原の草を抜いては捨て、捨てては抜きながらアレクさんが嘆く。


 ——気持ちはわかる、わかります。遠慮しちゃって思うように食べれてないですもんねー……。


 養成機関にいた頃はよかった。

 訓練や鍛錬は厳しく辛いものだったし、成績順ではあれど、飢えることなくお腹いっぱいに食べられたから。


 それが今では、食べて生きるためにアイドルをやらなければならないという。


「でも、なんでアイドルなんですかね? オーリーさん、古文書まで引っ張り出して……」


「確かにそれは気になるがの。オーリーにも考えがあるんじゃろ。じゃが、目下の問題は明日じゃ明日!」


 明日。

 なにが正解なのかもわからないまま、僕らはライブステージに立つという。


 ——ライブステージ……って、なにやるんですかね?


 昨日観せてもらったデーブイデーのように、きらびやかな衣装を着て、ピカピカな舞台ステージに立って、夢と希望と愛を提供するんだろうか。


 ——うん、全然わからない! し、あの映像みたいに僕らが観衆を熱狂させられるとか思えない!


「……明日のステージでお客さんがひとりも来てくれなかったら、どうなるんですかね、僕たち」


「そりゃあ……文無し宿無し名誉無し。なぁんにも残らず野垂れ死にじゃろ。勇者一行といえど、食わねば死ぬ」


 ウルスラさんがそう言って、カラカラと笑う。

 だから釣られて僕も、ヘラヘラと笑ってしまった。


「死かぁ〜。ちょっと早すぎませんか、僕らの旅はこれからでしょう?」


 魔王と戦って死ぬならともかく、飢えて死ぬとかノーセンキューだ。

 そもそも僕らの旅は、まだはじまってもいないのに。


「はは、は……死、かぁ……」


 彼方をドドドと馬型魔獣モンスターが駆けゆく。遠くの空にはまた別の有翼魔獣モンスターが飛んでいる。

 ノクタリア草原に、勇者アレクの乾いた嘆きが響いた。


 けれど、僕もウルスラさんも、同じように乾いた笑みを浮かべてシビアな現実を受け止めることで精一杯だった。





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