伊流花がせめてきたぞっ!
沙月Q
第1話「世界平和部」
「このままでは、いつまでたっても平和は来ない!」
磯野
ビン底メガネの奥の瞳をギラつかせながら。
久根川市立第三中学校「世界平和部」の部室には、部長と全部員が集合し、ミーティングの真っ最中だった。
世界平和実現のために何をすべきか。
それを中学生なりに追求するという主旨の「世界平和部」は、ある国で大きなテロが発生した2000年代には、数十人の部員を擁していたという。
だが今、部室に集合している部長と部員は総勢三名しかいないかった。
「今朝、東南アジアのタスキタンとインパ共和国の国境付近で、銃撃戦が発生したそうです」
部長の伊流花は、プロジェクターでスクリーンに投影したパワポのスライドを進めながら言った。
スライドには紛争のニュースを報じているサイト画面のスクショが貼られている。
「東ヨーロッパでは、ルキヤ共和国連邦のナクリアへの侵攻が続いてる。アフリカでもニヤケの内乱が激化。チフ族とタタ族の間で暴力の応酬が止みません…このままでは、いつまでたっても世界に平和は来ないでしょう!」
そこまで言って伊流花は突然、目の前で口を半開きにしてスクリーンを見つめる男子生徒を指差した。
「はい!この状況をどう解決したらいいと思いますか?赤津くん!」
平和部唯一の男子部員、赤津信幸は思わず息を呑んで椅子に座り直した。
「えと…」
感想を求められるならまだしも、いきなり解決とか言われても…
「まずは…国連が…なんとかするべきじゃないでしょうか…経済制裁をするとか、平和維持軍を出すとか…」
この平和部の部活で覚えた付け焼き刃の知識を総動員して、何とか答えた。
だが、部長は肩を落として大きくため息をつく。
「はあ…」
その仕草に、信幸はちょっと心が揺れた。
普段は世界平和への情熱に、態度がトゲトゲしい伊流花だが、そのビン底メガネの奥の瞳が案外大きくて形がいいことに彼は気づいていた。
あのメガネをなんとかすれば、結構可愛いと思うんだけどな…
「まったく、当たり前で常識的な答えよね。その先の具体策が全然ないんだから…」
「は〜い」
信幸の隣に座った女子生徒が手を挙げながらゆるい声を出した。
「はい、来生さん」
来生恭子は名前に似合わぬのんきな態度で答えた。
「えと〜、戦争を終わらせるには〜、それをやってる軍隊より大きな力で押さえつければいいと思います〜」
「理屈は合ってるんだけど、そんな力は地球上に存在しないのよね」
恭子は「あはは〜」と笑いながら頭をかいた。
ちょっと抜けてる態度だが、自分よりも具体的な答えを出している…やっぱり、頭は悪い子じゃないんだな…と信幸は印象を新たにした。
誰の答えにも…と言っても二名だが…満足しない部長に、信幸は問い返した。
「じゃあ、部長はどう解決すればいいと思いますか」
「解決なんかしないわ」
「は?」
「いつも言ってるでしょ。中学生に世界平和の実現なんて出来ない。でも、常にそのための方法を考えて、自分たちにできる限りのことをする。大切なのは、それを忘れないでいつも意識しておくことなのよ!」
思いのほか現実的な答えに、信幸は反論できなかった。
「とにかく、世界平和部は自分たちに出来る事をします。明日、9月21日の国際平和デーは、予定通り駅前で署名活動です。学校の許可も取ったし、創立記念日で休みだし、目標の千人分を集めて国連に送るの。集合は朝8時半。よろしく!」
部活終了後の帰り道…
信幸は自転車を押しながら、徒歩通学の伊流花と恭子に歩調を合わせていた。
「ぶちょー、赤津さん、失礼しま〜す」
恭子が曲がり角の向こうに消えると、伊流花の話はますます熱を帯びていった。
「やっぱり、アマンダ・リースってすごい子だと思うわ。いつか会ってみたいのよねー」
アマンダ・リースは、ヨーロッパで世界平和運動のカリスマ的リーダーとして注目を浴びている少女だった。
国連での演説経験もあり、ノーベル平和賞も遠くないとすら言われる存在でありながら、まだ信幸たち中学二年生と同じ、14歳なのだ。
「私たちの活動なんてまだまだだわ。アマンダと会って、運動を大きくするヒントがもらえたらすごいなあ」
「俺は部長も十分すごいと思ってるけど…」
信幸の言葉に、伊流花は一瞬キョトンとした顔を見せた。
「…本気で言ってるの?」
その顔に、信幸は喉の奥がぶるっと震えたような気がした。
ビン底メガネの奥から真っ直ぐ投げかけられる視線に、ドギマギする。
次の瞬間、伊流花は信幸の背中をドンっとどやしつけた。
「なわけないでしょ!」
つかの間、伊流花との間に流れたいつもと違う雰囲気は、一瞬で消し飛んだ。
機嫌を損ねたかな?と思ったが、伊流花は笑っていた。
「どうせすごくするなら、世界平和部をすごい部にしていこうよ。明日は頼むね!」
伊流花は信幸と別れ、自分の家につづく坂道を駆け上がっていった。
信幸のモヤモヤとした気分は晴れなかったが、ひとつだけなんとなくはっきりしたような気がした。
俺は、部長が好きなんだ…
その時、薄暮の空を流れ星が飛んでいった。
長く尾を引く光に、思わず信幸は手を合わせた。
どうか部長との距離が少しでも縮まりますように…
大気圏に突入したただの宇宙のゴミに、何を言ってるんだか…
信幸はため息をつくと、再び家路を辿り出した。
だがその流れ星は宇宙のゴミではなかった。
天然の存在ですらなかった。
高い技術で造られた「それ」は、成層圏を突破すると不透視バリアーを張り、誰の目にも触れぬまま地表近くまで降下した。
そして、信幸たちの街を流れる久根川の水面に着水すると、そのまま沈んで川底も削り、深く深く身を隠した。
その中に潜んだ知的生命体は、一つの目的のために策定した計画を、さっそく実行に移し始めた。
その目的とはすなわち…
地球侵略である。
つづく
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