第30話 肝試し
「在庫を確認したのですが全て売り切れておりまして、入荷の時期も未定です」
店員は申し訳なさそうに頭を下げレジへ戻っていった。
「やっぱり無いんだね」
マスカラやアイシャドウは充実していたがリップがあるはずのスペースだけがらんどうだった。
「このブランドのリップ、すごく人気でいつも売り切れなんだ。ネットで転売されちゃうくらい。私も欲しくて探してるんだけど、一回も見つけたことがないの。なかなか手に入らないから、ミイにあげたら喜ぶと思う。デパコスに比べたら安いし気軽に渡せるんじゃない」
「さすが親友。呼んで正解だったな」
涼真を船渡川が睨む。
商業ビルを出て三人で商店街へ向かった。
商店街にはドラッグストアが三軒あったはずだ。これ以上付き合わせるのも悪いから一人で探しに行くと言ったのだが、二人はついてくると言ってきかない。
「リップ、十色くらいあるんだよ? 千葉先生はミイに似合う色なんてわかんないでしょ」
そう言われるとぐうの音も出なかった。
まず大型チェーンのドラッグストアに入った。
店員に尋ねたが雑貨屋と同じく全て売り切れで、入荷時期は未定だと言われた。
二軒目のローカルなドラッグストアは、そもそもブランドを取り扱っていないという。
三軒目は、入り口の看板に「リップ完売・入荷未定」と雑な字で書かれた張り紙が掲げられていた。
「本当に品薄なんだな。こうなったら転売価格で買うしか……」
「先生、何言ってんの? だったらデパコスのリップでいいじゃん!」
「あそこは?」
涼真が指さしたのは商店街の脇道に面する古びた店だった。
ドラックストアというよりは薬局、もしくは生活用品店という雰囲気だ。西日が当たるせいでガラス窓に貼られた女優のポスターは白っぽくなっている。なんの商品を宣伝しているのかわからず、もはやポスターの役目をはたしていない。
店内は薄暗くて営業中なのかどうかも怪しい。
「あるわけないじゃん」
船渡川が少し後ずさった。若者はなかなか寄り付く機会の無い場所だ。
「まあまあ、訊くだけタダだから」
涼真に背中を押され、恐る恐る中へ入る。埃っぽさのせいでくしゃみが出そうになった。
「いらっしゃい……」
しわがれた声にぎくりと振り返る。腰の曲がった、八十代くらいの男性がレジカウンターの向こうにいた。口元はたるみきっているが、人のよさそうな笑みが浮かんでいる。
「あの、このリ……、口紅を探してるんですが」
船渡川はスマホの画面を店員に見せる。ピントが合わないのか、老人はスマホに入り込もうとするかのように顔を近付けた。皺だらけの顔が画面から放たれる光に照らされる。
「無いですよね。すみません」
返事も待たず船渡川はスマホをしまおうとした。
十三、と不吉な数字を店員が呟く。
「十三番なら、あります。一本だけ……」
老いた店員はゆっくり振り返り、奥の棚から小さな箱を取り出してカウンター上に置いた。
「お~……!」
三人の声が揃った。
これぞ、探し求めていたリップだった。
店を出た涼真は「肝試しの甲斐があったな」と言いながら腕をぐんと上に伸ばす。
商品と引き換えに魂を差し出さなければならないかと思ったが、要求されたのは定価分の代金だけだった。
「船渡川もこのリップを探してたんだろ? いいのか?」
古くさい花柄の紙袋に入れられたリップを、まだリュックの中にしまえずにいた。
「いいの。私はイエベだから十三番は似合わないんだ」
「最近よく耳にするけど、『いえべえ』、『ぶるべえ』ってなんなの? ゆるキャラか?」
同じ大学の女生徒たちも、「いえべえ」とか「ぶるべえ」とかの話をしてよく盛り上がっている。
船渡川は腕で口元を押さえ、ぷはっと息を吐いた。
「ゆ、ゆるキャラって」
船渡川は肩を震わせてしばらく笑っていた。
「あー、くだらな」
「やらない面白いギャグより、やる寒いギャグがモットーだからな」
「やらない膳よりやる偽善、みたいな?」
「そう」
「大地は昔から寒いよなあ」
「はあ。千葉先生にうちのお父さんを会わせたい。どっちがくだらないこと言い続けられるか勝負してほしい。……話し戻す。先生に説明してもわかんないと思うけど、そのリップはブルべ向けでミイに似合うし、喜ぶと思うよ。よかったね。見つかって」
「
「ずっと前、一緒に診断してもらったから……」
「診断って、医者に診てもらうのか?」
「涼真! おまえ、何処ほっつき歩いてた!」
げ、と呟き涼真が振り返る。
「俺が便所行ってる間に店閉めやがって!」
つっかけを履いた涼真のお父さんだった。
「あれっ、梓紗ちゃんに大地くん? 悪いけど、涼真持ってくよ!」
「あ、はい、大丈夫でーす……」
大きなピアスのついた耳を引っ張られ、涼真は問答無用で大谷画材店へ連れ戻されてしまった。
今日のお礼にコンビニでアイスを買い、商店街の脇の細い道を進む。道を抜けたところの小さな公園のベンチに腰を下ろした。
船渡川は「スカートが汚れるから」と、ベンチの横に立っている。
「ちょっと見てほしいんだけど」
アイスをかじりながら彼女はスマホを取り出し、SNSのアプリを開く。
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