6 温もり


 まだ陽も高いので待ち時間は十分ほどだった。

 係の人に案内されて、二人そろってゴンドラに乗る。扉が閉められると、隣に海凪さんが座ってきた。


 「そっちも空いてるけど……」

 「ここがいいの」

 「そっか」


 僕としても海凪さんの温もりが感じられるので、この方がありがたい。ギュッとくっついてくれてるから、すごくいい匂いもするし。って、なにを考えてるんだ僕は!


 ブンブン首を振って邪念を吹き飛ばし、気晴らしに外を眺める。下を歩く人の姿とか、その先に見える街並みとかが、眼下には広がっていて。

 ゴンドラがぐんぐん上に上がっていくと、ぽつりと彼女がこぼした。


 「なんだかこうしてると、二人きりになったみたいね」

 「あ、うん、そうだね。周りの騒音とか、人影とか気にならなくなるよね」

 「……私ね、ほんとは寂しかったの」

 「え?」


 いったいどうしたんだとばかりに視線を向けると、海凪さんの表情に陰がかかってるようにみえた。

 寒さでも感じてるのか、ちょっと震えてる。


 「みんなが私のことを氷みたいな女だって言ってるの、温森くんは知ってる?」

 「え、うん、そりゃまぁ……」

 「私だってね、べつに好きでこんな風になったわけじゃないのに」

 「そうなの?」

 

 僕が訊ねると、彼女が小さく頷いた。

 僕の肩に頭を預けるようにしながら、言葉を続ける。


 「私はね、温もりってものがよく分からないのよ」

 「へ? なんで」

 「物心つく前に母親はいなくなって、父親は仕事ばかりでいつも家にいない。冷たい家で、いつもひとりきりなの」

 「そうなんだ……」

 「イベント事はいつも先生とだし、ご飯なんか作ってもらったこともないわ」

 「あれ、でも、弁当……」

 「あれは自分で作ったものよ」


 そうだったんだ……いや、待てよ?

 さっき『人の温もりが感じられるご飯が食べたい』って言ってたのは、作ってもらったことがないからってこと?

 じゃあ、生まれた環境のせいで海凪さんは……。


 「ずっとひとり。全部自分でやらなきゃいけない。どこにも連れてってもらえない。そんな人間が温かな性格になると思う?」 

 「それは……」

 「私を好きだって言ってくる人たちは、自分のことしか考えてない。私のことなんか、しょせんステータスとしか思ってないの。そんな人たちの上っ面でしかない言葉なんか、冷めきった私の心に届くわけないじゃない」

 「……っ」

 「でも、あなただけは違った」

 「え?」

 

 顔を上げると、海凪さんと目があった。


 「あなただけは本気で、私にぶつかってきた。最初は不快でしかなかったけれど」

 「そ、その節はすみません……」

 「でも、あなたの思いが本物だって気づいて私、初めてドキドキしたの。もしかしたら、この人なら私を情熱的に愛してくれるんじゃないかって」

 「それで、」

 「えぇ、悪いとは思ったけど、試させてもらってた。普通なら嫌われてもおかしくないようなことばかりしたのに、温森くんは離れなかった」

 

 海凪さんの声が震えて、なんだか寒そうだったから。

 手を伸ばして、彼女を抱きしめてあげた。


 「当たり前だよ。だって僕は冷奈のことが好きなんだから」

 「……っ」

 「日本で、いや世界で一番好きだといっても過言じゃないし、めんどくさいとこもあるけど、僕の知らない一面を知れてますます好きになった」

 「私、めんどくさくないわ」

 「うん、ごめんね。甘えん坊ですっごく可愛いって言おうとしたんだ」

 「ぜんぜん違うじゃないの」


 怒った風に言いながらも、海凪さんは僕の背中に手を回して、離そうとしない。

 寂しがり屋で、甘えん坊な彼女らしい仕草に、思わず頬が緩んでしまう。


 「なにが言いたいかっていうと、僕はずっと冷奈のそばにいるから」

 「――っ」

 「この先もずっとそばにいるし、寂しいって声が聞こえたらすぐに駆けつけるから」

 「ほんと……?」

 「もちろんっ。氷みたいな女の子なんて誰にも言わせない、僕がきみの心を温めてあげる」

 「……っ、うん」


 海凪さんは僕の胸で小さく頷いて、また震えだした。

 でもそれは、きっと大事なことだから、全部吐き出せるように。

 僕は優しく、彼女の背中を撫でてあげることにしたんだ。

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