犬宮賢の行動理念

桜桃

プロローグ

犬宮賢の出会い

第1話 「…………来る?」

 暗雲が立ちこむ夜空。

 ザァーと、街全体に降り注ぐ雨が、全ての音を隠すように雑音を鳴らしている。


 視界すら雨で霞んでしまい見ることが出来ない中、一人の少年が公園の真ん中にある砂場で遊んでいた。


 泥まみれの手で一生懸命、一つの山を作っている。


 紫色のおかっぱは雨で濡れ、服代わりに身にまとっている白い服は体に張り付いていた。


 腕や足に巻かれている白い包帯は、赤色に滲み。

 体は雨で冷え、カタカタと震わせた。


 寒くは無いのか、痛みは無いのか。

 そう質問したくなるほど、今の少年は弱々しく、今にも儚く消えてしまいそう。

 

 だが、彼の表情を見れば、誰もが声かける前に躊躇する。

 その理由は、簡単。


 雨が降り注ぎ、白い包帯は赤く滲む。

 そんな状態なのに、少年は何が面白いのか、ニコニコと笑い続けていた。


 白い歯を見せ、笑いながらひたすら、一つの山を作り上げている。


 そんな少年に、コツ……コツ……と。

 革靴の足音を鳴らし、近づく一つの影が雨の中から現れた。


 黒いスーツを身にまとい、上着の代わりに白衣を肩に羽織っている。

 ビニール傘をくるくると回しながら白衣を翻し、少年の前に立った。


 革靴が視界に映り、少年は笑顔のまま青年を見上げる。


「こんな所で何をしているの?」


 低く、掠れているような声。

 雨音に消えてしまいそうな声だったため、少年の耳に届いているかわからない。


「…………」


 無言。何も少年は答えない。

 青年は再度、同じ問いをするが、同じ。ニコニコ笑っているだけで何も言わない。


「話せないの?」


 今度はしゃがみ、少年の顔を覗き込む。

 質問内容も変えてみたが、少年は何も言わず、ただひたすらに青年の黒い瞳を見つめるのみ。


「…………来る?」


 青年は少し考えた末、右手を差し出し、誘うような言葉を投げかけた。

 それでも、少年は見つめるのみで掴もうとしない。


「…………」


「…………」


 お互い、何も口にせず無言が続く。

 差し伸べた手をそのままに、青年は少年の動きを待つ。


 ――――ポツ ポツ


 沈黙の中、雨の音だけが二人を包み込み、鼓膜を揺らす。


 少年の手は、まだ砂の山に添えられ、動かない。

 それでも青年は、動き始めるのを待ち続けた。


「どっちでも、いいよ」


 青年が最後に言うと、少年はやっと、右手を砂の山から離し、動き始めた。


 ゆっくりと腕を上げ、空中をさ迷う。

 表情は、笑顔のまま変わらない。


 迷っているような動きを見せる少年に、青年は焦らせることはせず、待ち続けた。


「…………ん」


 数秒間、さ迷い続けた手はやっと、青年の手に乗せられる。

 二人は立ち上がり、一つの傘に入り歩き始めた。


 少年の冷たい手を包み込むように、青年の大きな手でしっかりと握り、二人は闇の中に姿を消した。

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