第276話 純粋
「リン、どこにいくのじゃ?」
国境となる峠とキーデンの領地の間にある森。
その中に潜むように存在している岩山の洞窟。
そこを根城にしている、略奪を生業としてしまっている傭兵集団。
今、どんな状況でどんな風に苦しいのか。
人から奪う以外に、きちんとお金がもらえてちゃんとした生活が保証されるなら、略奪なんてしたくない、って言ってくれるのか。
誰かの為に働ける、って聞いたら、喜んでくれるのだろうか。
そんな思いが出てきて止まらないリン。
もしそうなら、絶対に助けたい。
一度はサンデル王国に裁きを委ねることにはなってしまうが…
例え犯罪奴隷と言う形になったとしても、自分の商会で働いてもらえるなら…
それで、何の不安もない生活を送ってもらえるなら…
ぜひそうしてほしい。
そう思うと、気がはやってどうしようもなくなってしまうのか、すぐにでも傭兵集団の根城となる岩山の洞窟に行こうと、リンは動き出そうとする。
「!!あ、あの……」
のだが、そこをシェリルに呼び止められ…
まるで自分が今から何をやろうとしているのか、全て見抜かれているかのような視線に、リンは思わず委縮してしまう。
「なんじゃ?妻となる妾にも言えぬことなのかえ?」
「ち、ちが……」
「であれば、妾が聞いてもよかろう?リン、改めて聞くが…今からどこに行くのじゃ?」
「あ、う……」
元々が重度のコミュ障である上に、自分がしでかした悪い事を暴こうとしてくるかのように問い詰めてくるシェリルに、リンは思うように言葉を紡ぐことができなくなってしまっている。
「言えぬのかえ?」
「う……」
「言えぬのであれば、妾が言ってやろうかえ?リン、お主一人で件の傭兵集団のアジトに行こうとしてたのじゃろう?」
「!!ど、どう、して…!!あ……」
「…全く…リン、お主と言う男は……」
まるで自分の考えていることを、そのまま読み取られたかのようなシェリルの言葉に、リンは思わず墓穴を掘るような反応を返してしまう。
そんなリンを見て、シェリルは思わずため息をついてしまう。
「リン…お主は妾が王となるスタトリン…そしてその友好国となるサンデル王国…その両国の守護神であり、さらにはその両国を支えてくれる神の宿り木商会の会頭…お主はまさにこの世を生きる神そのもの…ゆえにその存在を、両国で暮らす誰もが崇拝、信奉し…何より愛しておる。もちろん、この妾もじゃ」
「ぼ、ぼく、そ、そん、な…」
「お主はいつも自分の事をただの平民だと言うのう…じゃからこそ、余計に誰もがお主のことを慕って、愛して、その喜ぶ顔をみたくてたまらなくなるのじゃからな」
「あ、う……」
「じゃがなリン…いくらお主の力が、エンシェントドラゴンであるこの妾をも遥かに上回る程のものであったとして…やはり一人で知らぬ間にいなくなられるのは、この妾はもちろん、お主を慕ってお主に仕える者達にとっては悲しくて不安でどうしようもなくなってしまうのじゃ」
居た堪れなさげにそわそわとしてしまうリンが愛おしくてたまらないのか…
シェリルはリンを優しく抱きしめて、幼子に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
どれ程の存在が、リンを神として崇めているのか。
そして、それと同時にどれ程に愛しているのか。
そんな存在が何の前触れもなしにいなくなってしまうことが、どれ程の存在に悲しみと不安を感じさせてしまうのか。
そんなことを、シェリルは言葉にしてリンに聞かせていく。
「で、でも、ぼ、ぼく……」
「分かっておる。あの傭兵集団を救いたいのじゃろう?」
「!!ど、どう、して、そ、そんな、こ、こと、まで…」
「お主が自分のことよりも、他の喜びを自身の幸せと感じる男なのは、お主に仕える誰もが知っていること…お主を生涯の伴侶と定めている妾に分からぬ道理など、あるわけなかろうて」
「あ、あう……」
「それに……」
「?え?……」
不意にシェリルが言葉を切って、後ろの方を見る。
リンもつられて、シェリルが見ている方向と同じ方向に視線を向ける。
「…申し訳ございません、リン様」
「!ア、アイリ、さ、さん?」
二人が視線を向けた先には、申し訳なさそうな表情を浮かべているアイリが立っていた。
「…フレア様達から、リン様がお一人であの傭兵集団の元に向かうと言うことをお聞きしておりました」
「!フ、フレア、た、達、が……」
「フレア様達も、やはりリン様のことを心配されてまして…それで、こっそりとわたしの方に教えて下さったのです」
「そのアイリから、妾が聞き出したからリンが何をしようとしているのかが分かったのじゃ」
リンと傭兵集団のことを会話して、全てを知っていたフレア達が、リン以外で唯一精霊を視認し、言葉でのやり取りができるアイリにこっそりと、リンが何をしようとしているのかを伝えていたのだ。
そして、そのアイリからシェリルが聞き出したから、シェリルも事前にそのことを知っていた。
それを聞かされて、リンはどうしてシェリルが自分がやろうとしていたことを知っていたのかを知り、得心がいったと言う表情を浮かべる。
「リン様…わたし達メイドも、シェリル様と同じ思いでございます。リン様は、この神殿でわたし達の太陽として構えて下されば、それだけでわたし達は幸せ以外の何者でもないのです」
「そうじゃぞ、リン。何もお主一人で何もかもしようと思う必要はないのじゃ。かの集団はひとまずサンデル王国の法に基づいて裁きを受けることとなろう…じゃが、かつてのロッサの時のように、神の宿り木商会で犯罪奴隷として引き取ることはできるのじゃ」
「そうです、リン様。連中のアジトが分かったのでしたら、そこに向けて防衛部隊の隊員に出向き無力化し、拘束してもらいます。その上でサンデル王国に引き渡して裁きを言い渡してもらい、マクスデル陛下とエリーゼ王妃にシェリル様より相談して頂き、我が商会で犯罪奴隷として引き取る形を作ることはできます」
だが、リンはどうも納得がいかない雰囲気を醸し出しており…
それを宥めるかのようにシェリルとアイリが言葉を紡いでいく。
のだが、それでもリンの表情は浮かないものとなったままだ。
「リンちゃん、大丈夫だから…後は商会で全部やるから…だからリンちゃんはここにいて?リンちゃんが設立してくれたこの神の宿り木商会の会頭補佐として、私が手筈を整えておくから、ね?」
「リン様、関連部門への伝達はこのアシリス達専属秘書が全部させて頂きます」
「ですから、どうぞこの神殿で、リン様にしかできないことをなさってください」
「リン様…リン様より頂いたこの商会は私達が盛り立てていきますから…どうぞこの神殿で、私達を照らしてください」
そこにエイレーン、アシリス、ジュリア、イリスが現れ…
ここまでのやり取りを聞いていたのか、リンを納得させようと優しく言葉を紡いでいく。
だがそれでも、リンの表情は浮かないままとなっている。
「リンちゃん…もしかして、何か思うことでもあるの?」
「む?」
「え?」
そこに、浮かない表情のリンが気になったのかそばに寄ってきたリリムが、リンに何か思うところがあるのかと思い、優しい声で問いかけてみる。
その声に、その場にいたシェリル、エイレーンは素っ頓狂な声をあげ…
他の女性達は意表を突かれたような表情を浮かべ、言葉すら発せずにいる。
「…ぼ、ぼく…」
「うん。どうしたの?」
「も、もっと…」
「大丈夫だよ?ほら、もっと言葉にして、ね?」
「じ、自分、で、い、いろ、んな、と、ところ、に、い、行って、い、い~、っぱい、だ、誰か、を、し、幸せ、に、し、したい、で、です」
普段、我儘らしい我儘など言葉にしないリンの、子供らしくそれでいて温かく尊い願いのような言葉が声となって、その場に響き渡る。
「ぼ、ぼく、の、こ、この、ち、力、で、も、もっと、もっと、だ、誰か、を、た、助け、た、たい、です」
「リンちゃん…」
「リン様…」
「こ、この、しょ、商会、は、み、皆さん、が、い、いれ、ば、だ、だい、じょう、ぶ、で、です。だ、だから、ぼ、ぼく、こ、この、しょ、商会、に、にも、た、頼れ、な、ない、ところ、に、い、行って、い、い~、っぱい、お、お手伝い、し、したい、です」
ただただ、誰かを助けたい。
ただただ、困っている誰かの力になりたい。
ただただ、誰かに幸せになってほしい。
純粋過ぎる程に純粋で、真っすぐすぎる程に真っすぐなリンの思い。
そして、自分が作った商会は、自分がいなくても他の皆がいれば大丈夫だと、これ以上ない信頼を置いてくれている。
「う、うう…」
「リン様…リン様…」
「リン様が、そんなにも私達を信頼してくださっていたなんて…」
そんなリンの思いに、その場にいる女性達は心を震わされ…
思わず、涙を零してしまう。
「リンちゃん…ごめんね。リンちゃんがあまりにもかけがえのない存在だから、どうしても大切にしたいって思いが強くなっちゃうんだ」
「リン…すまぬのじゃ。お主のその純粋な思いを無下にしてしまうようなことを…妾、お主の妻じゃというのに…」
エイレーンとシェリルも、リンの純粋な思いに心を打たれ…
そんなリンの純粋な願いを無下にするようなことをしてしまっていたと、涙を流しながらお詫びの言葉を声にする。
「リンちゃん、ごめんね。お姉さん達、リンちゃんの思いをちゃんと分かってあげられなくて…」
「!わ!…」
リリムも、リンの純粋な思いに心を打たれ、涙を流しながらリンのことを抱きしめる。
こんなにも純粋に、誰かの為に動こうとするリンがあまりにも尊くて愛おしくて…
その場にいる誰もが、リンを抱きしめてくる。
「リン…我らが神となるリンがそう思っているのであれば、我らはその意に則すのじゃ」
「うん…リンちゃんの力があれば、どんなに不幸な人だって救ってもらえるからね!」
「リン様…わたし達はリン様の為に、リン様の意に則し」
「リン様の救世のお手伝いを」
「全力でさせて頂きます!」
シェリルを始めとする、この場にいる女性達は誰もが…
自らが仕える神であるリンの意に則し、リンの救世の手伝いをすると、心でも声でも宣言する。
「あ、あり、が、がとう、ご、ござ、い、ます」
「ただ、リンちゃん」
「?」
「どこに行くとしても、必ずあたし達に伝えてね?」
「そうじゃな、リン」
「私達が心配しなくていいように…いつでもリンちゃんをお迎えできるように…ちゃんと私達に行き先と、帰って来る時は連絡してね?」
ただ、さすがにネイティア共和国の視察の為に無断で外出したことがよほど心に残っているのか…
出かけるなら、行き先と帰って来る際の連絡は必ずしてほしいと、念を押してくる。
「わ、わかり、ま、ました」
「うむ、それならいいのじゃ。妾とリンはいつでも念話ができるから、ひとまずは妾に伝えてくれればいいのじゃ」
「もちろん私やリリム君、後はリンちゃんの念話の魔導具を装備している誰かでも大丈夫だからね!」
「リンちゃん!リンちゃんがお出かけしてる間のお留守番は、あたし達に任せてね!」
「は、はい。あ、ありが、と、とう、ご、ござい、ます」
シェリル達がとても優しい笑顔で、リンに協力的になってくれているのが嬉しくて…
リンはその喜びをありのまま伝える笑顔を浮かべている。
「リン様!」
「リン様がお作り下さったこの世界」
「そして神の宿り木商会は」
「わたし達が必ず、お護り致します!」
そして、自分の生活空間と神の宿り木商会を護ってくれると言う言葉に、リンはますます嬉しくなってしまう。
「じゃ、じゃあ、ぼ、ぼく、あ、あの、よ、傭兵、しゅ、集団、さん、の、と、ところ、に、い、行って、きます」
「リン様!お気をつけて!」
「リン様!お早いお帰りをお待ちしてます!」
「リン様!」
「リン様!」
「リン!お主が築いてくれたもの全てを、お主が留守の間はこの妾が護るのじゃ!」
「リンちゃん!待ってるからね!」
「リンちゃん!ちゃんと無事に帰ってきてね!」
「は、はい」
そして、自分を抱きしめていた女性達から離れ、リンは件の傭兵集団のいる、森の中の岩山へ行くことをみんなに告げる。
その言葉に、片時でもリンと離れることがとても寂しくなってしまうものの…
それでも、リンの救世を邪魔するわけにはいかないと振り払い、見送ることにする。
自分の為に、自分の場所を護ろうとしてくれる存在がとてもありがたくて嬉しくて…
リンは可愛らしい笑顔を浮かべながら、【空間・転移】でその場を後にするのであった。
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