第240話 救済⑧

「……教団の方は、サンデル王国中にあった支部は全て閉鎖…残る本部もマグサを始めとする教団幹部達の横暴により、信者も神官も愛想を尽かせていなくなりました。もはや教団としての運営もなされておらず、どこにも行く当てのない幹部達は本部に籠城しているものの、資金の当てもなく食料も底を尽いている状況…いつ入るか分からない王家の監査に怯えながら過ごしている状態です」

「そうか…なら教団の方は放っておいても問題はなさそうだな…」

「……はい…もう教団は風前の灯火…今回のアシリス商会への狼藉を始めとする、数々の悪行の証拠は我が諜報部隊が抑えており、それをセバスさん、アンさんを通して王家に提出しております」

「うむ…さすがはロクサルとロクサル率いる諜報部隊じゃ…」

「よくやってくれたよ、ロクサル君。ありがとう」


アシリス商会が神の宿り木商会の系列商会となってから十日程が過ぎた。


その間も新生アシリス商会には、奴隷落ちした者を連れて多くの奴隷商が訪れ、奴隷を託していく。

元々の得意先に加え、神の宿り木商会の系列商会となってから新たに得意先となった奴隷商もかなり増えた為、奴隷の購入が右肩上がりで活性化していっている。


アシリス商会が息を吹き返し、さらに成長して好評を得ているのとは反比例して…

教団の方はとうとう、勤めていた神官も教徒も、あまりにも横暴な幹部達を見限って全て去っていってしまった。

それまでの幹部達の横暴によって引き起こされた出来事などもじょじょに明るみになっていっており、教団の評判は奈落の底にまで落ちていってしまっている。

もはやサンデル王国中にあった支部は全て閉鎖にまで追い込まれ、残った本部も見せかけだけの運営はしているものの、教徒も神官もいない為まさに開店休業状態。


お布施や寄進をする教徒がいない為収益などあるはずもなく、今は王家の監査が入って、その悪事の数々を暴かれるのを待つのみとなってしまっている。


「それにしても…思っていた以上に悪辣な教団じゃな…」

「ええ…まさかミリアちゃんの両親を殺して、それまでのミリアちゃんの記憶を奪うだなんて…」


諜報部隊の調査結果にあった、教団の悪事の数々のうちに…

【聖女】の称号を有していたミリアを教団に抱え込む為に、ミリアの両親を殺したあげく、ミリア自身のそれまでの記憶を、教団で保有していた禁忌の呪物を使って全て消去するなどと言う、外道極まりないことをしていた、と言うのがあった。


しかもそれだけではとどまらず、ミリアの感情すらも奪って、ただただ教団に都合のいい手駒となるように仕向け、あげくまたしても禁忌の呪物を使って強制的に【不老】の称号を保有させ、永遠に教団の奇跡の象徴として飼い殺そうとするなど…

神々の使徒として、人々を救うはずの教団の所業とは思えない程の悪行を仕出かしている。


ミリアは偶然リンと出会い、リンの神気に触れたことで自らの感情を奪っていた呪いが解呪されたことにより、今の天真爛漫で可愛らしい性格に戻ることができた。

加えて、リンがミリアを家族として迎え入れてくれたから、教団から解放されることができた。


神の奇跡を顕現することのできる聖女の確保の為に、教団はミリアにしたような所業を幾度となく繰り返し…

あげく、教団にそぐわないと判断した聖女は、幹部の好みであれば性奴隷として飼い殺し、欲望のはけ口にもならない場合は秘密裡に処分するなど、非人道極まりない悪行に手を染めていたのだ。


「本当に…聖職者が聞いてあきれますね…シェリル様…」

「全くなのじゃ…この幹部共を本部もろとも灰にしてやりたいくらいなのじゃ…」


ちなみにミリアの他に教団に抱えられていた聖女は、相次ぐ支部の閉鎖で教団全体が右往左往していたどさくさに紛れて教団を抜け出していた。

しかも、行く当てもなく彷徨っていたところに、ちょうど建立したばかりのリンの教会の支部に辿り着き…

その支部の中にある清浄な空気に魔力、さらにはそこに常駐している修道女の優しさと聖水に触れ、そのおかげで本来の人格を取り戻すことができたのだ。


「聞けばリンと年齢も変わらない…それどころかリンよりも年下の少女までいたではないか…そんな幼気な少女達に、ミリアも含めあのような所業を…許せないのじゃ」

「私もです、シェリル様…リンちゃんが当然のようにあの子達を受け入れてくれたからこそ、あの子達はミリアちゃんと一緒にリンちゃんの教会の聖女となってくれたのだと思います」


その後に常駐していた修道女に保護され、リンの元へと連れられ…

今はリンが笑顔で承諾してくれた為、その聖女達はリンの生活空間にある教会の本部にある、修道女達の生活スペースで心穏やかに暮らしている。

かつて自分達と同様に教団に飼われていたミリアともすぐに打ち解け…

さらには、教会が神として崇めているリンの純粋な優しさと温かさ、そして日に日に大きくなっていく神気と神々しさに触れ…

まさに自分達にとって救世主であり、守護神となるリンに心から仕え、リンの教会を護る為にと、ミリアと共にリンの教会の聖女として幸せそうに取り組んでいる。


「あ!リン様!」

「リン様~!今日もわたし達、教会に来る信者さんにリン様のこと、い~っぱいお伝えしました!」

「リン様!あたしリン様の教会の聖女になれて、凄く幸せです!」


明るく鈴のなるような可愛らしい声が複数聞こえてきたので、シェリル達は声のする方に視線を向けると…


「ぼ、ぼく、の、こ、こと、は、べ、別、に、は、話、さ、な、なく、ても…」

「え~?どうしてですか~?」

「リン様はこ~んなにも神気に満ち溢れてて…とても優しい神様じゃないですか~?」

「リン様のことをお話したら、信者さん達すっごく嬉しそうに聞いてくれて…リン様の神像に凄く清浄な祈りを捧げてくれて…あたし達すっごく嬉しいんです~!」

「!ひゃ!?あ、あの…」

「えへへ~♡リン様ぎゅ~ってするの、すっごく幸せです~♡」

「リン様がそばにいてくれたら、わたし達すっごく嬉しいです~♡」

「リン様~♡あたし達これからもリン様の教会で、聖女として頑張りますね~♡」


教団から抜け出して、神の宿り木商会系列の教会の支部で保護された聖女達が…

教会の支部に来た時の、一切の感情を失っていた頃からは想像もつかない程の天真爛漫な笑顔を浮かべて、リンにべったりと抱き着いて、微笑ましいやりとりをしている光景が、シェリル達の目に飛び込んできた。


「ふふふ…ここに来た当初が嘘のように感情豊かになって…すっかりリンに懐いておるのう…」

「本当に…本当によかったです。あんなにも可愛い子達が、教団のせいで…リンちゃんのおかげで、聖女としての活動も本当に楽しそうで…あの子達が幸せそうで、本当に嬉しいです」


ミリア程飛びぬけた力こそないものの、【聖女】の称号は確かに保有しており、【光】属性の魔法に優れている為…

本部の本堂にある簡易診療所で、重傷一歩手前の程度の怪我をした者の治療もできるので、ミリア共々教会に訪れる信者達に可愛がられている。


さらには本堂住み込みの修道女達と一緒にリンの力やこれまでの功績についてを、とても楽しそうに学んでおり、それを本堂に訪れる信者に嬉々として語り掛け…

傷つき、迷って足を運んだ者をリンの信者にしてくれている。


今はもう終焉は目前とは言え、まだ教団の目がある為、聖女達の活動範囲はスタトリンの本部に限定しているのだが…

正式に王家の監査が入り、教団を潰すことができたなら、今後はリンの教会の支部でも聖女として活動してもらおうと、エイレーンは考えている。


「……引き続いて、デナシ商会に関する報告です」


エイレーン、シェリルと同じように、教団から解放されてとても幸せそうな聖女達の姿に微笑みを浮かべて喜んでいたロクサル。

だが、報告はデナシ商会のものもある為、すぐに切り替えて報告の続きをすることにした。


「む、そうじゃったそうじゃった」

「話の腰を折って申し訳ない。ロクサル君、お願いするよ」

「……はい。デナシ商会ですが、こちらも現状唯一の取引先となっている教団が、先程申し上げた状態となっている為売上どころか、営業そのものがすでに破綻してしまっております。ただ、その影響でデナシ商会に所属している奴隷への対応がより劣悪なものとなっており…肉体的にも精神的にも著しく疲弊して、中には病を発症してしまった奴隷もいる、とのことです」

「そうか…今はアシリスさんの指示で、アシリス商会の得意先となってくれている奴隷商の方々にデナシ商会から奴隷を買い取ってほしいとお願いしているところだよ。アシリス商会と違って、デナシ商会の奴隷は待遇も劣悪で状態もよくないから、それを理由に安く買い叩いてくれているそうだ」

「なるほど…そうしてデナシ商会を徹底的に追い込むわけなのじゃな。もはや得意先もなく、元々の評判の悪さから新規顧客も期待できない…商品となる奴隷の供給も止まるとなれば、今デナシ商会にいる奴隷を安く買い叩いてしまい…完全に干上がらせてしまうということじゃな?」

「そうです。その奴隷をアシリス商会で買い取り、神の宿り木商会所属の奴隷として今後の従業員候補にしていくつもりです。もちろん、健康と生活の面は全面保証します」


唯一の得意先であり、一蓮托生の関係だった教団がすでに風前の灯火の状態なのだから…

当然、デナシ商会も営業は破綻してしまっている。


それゆえに、デナシ商会にいる奴隷は元々相当にひどかった扱いがさらにひどくなり、心身共に疲弊し、重い病を発症してしまっている者すらいる程。


そんな奴隷達を救うべく、アシリスはエイレーンとジャスティンに相談し…

神の宿り木商会の圧倒的な財力を武器に、デナシ商会に今いる奴隷を全て購入する作戦に出ている。

神の宿り木商会の系列になってから、飛ぶ鳥を落とす勢いで増えている得意先の奴隷商に通達し、デナシ商会の奴隷を購入してアシリス商会に連れて来てもらうようにしており…

その通達を受けた奴隷商から、次々とデナシ商会で奴隷を購入していっている。


ちなみに、奴隷商達はデナシ商会の奴隷があまりにも状態が悪いことを理由に、購入価格を減額する交渉を強気に仕掛けており…

今のところ、どの奴隷もデナシ商会の提示価格よりもかなり安い額で購入することに成功している。

これはアシリス商会からのお願いにはなく、奴隷商達が勝手にやっていることなのだが。


そして、購入した奴隷をしっかりと療養させ、健康面と生活を保証した上で、動けるようになった者から神の宿り木商会の業務に携わってもらっている。

もちろん、今後はこのまま神の宿り木商会の従業員となる道も、その上で他の依頼先に出向して仕事をする派遣作業員としての道も、自身が心に決めた主に買われる道も用意されている。


「……また、デナシ商会の現会頭となるロッサについて、なのですが…」

「?デナシ商会の会頭が、どうかしたのかい?」

「その者が、どうかしたのかえ?ロクサル?」

「……此度の一件をこのロッサが引き起こした動機は、単にデナシ商会にとってアシリス商会が商売敵になるから、と言うわけではなかったようです」

「!それは一体どういうことだい?」

「……ロッサが、個人的にアシリス会頭を激しく憎んでいることが一番の要因だったようです」


デナシ商会の会頭ロッサが、アシリスに個人的に激しい憎しみを抱いている。

ロクサルのその一言に、エイレーンもシェリルも瞬間、呆気に取られてしまう。


今となっては、アシリスの聖女とも思える程の穏やかで優しい人格を普段から見ているからこそ、アシリスがそれほどまでの憎しみを抱かれることが想像できない。

ましてや、その心に裏などあるわけもなく、純粋に他を思いやる姿をずっと目の当りにしているからこそ、余計にアシリスがそれ程の憎しみを抱かれることが想像できない。


「…それは一体、どうしてなんだい?ロクサル君?」

「妾も…それは気になるのじゃ。アシリス程の人格者を、ロッサとやらがそこまで激しく憎む理由とは?」

「……アシリス会頭が、アシリス商会を設立することを志す、そのきっかけとなった出来事を覚えてますか?」

「?あ、ああ…奴隷落ちしてしまった親友を救えなかった為に、その親友の為にも奴隷を救えるようになりたい…それが、アシリスさんの行動理念となったのだろう?」

「……その奴隷落ちしてしまった、アシリス会頭の親友が、デナシ商会の現会頭となるロッサその人なのです」

「!!な、なんだと!?」

「そ、それは確かなのかえ!?ロクサル!?」

「……はい」


ロクサルから伝えられたその事実に、エイレーンもシェリルも驚きを隠せない。


それが本当なら、ロッサはかつての親友を奴隷落ちさせ、マグサの性奴隷として売りさばこうとしたことになる。

その事実が信じられなくて、エイレーンもシェリルも思わずロクサルに掴みかかるようにしてしまう。


「……ロッサが、アシリス会頭を憎む理由なのですが…」


エイレーンとシェリルに掴みかかられるようにしながらも、ロクサルは冷静なまま…

デナシ商会の会頭ロッサが、アシリスを憎む理由についての報告を開始する。


ロッサが、奴隷落ちしてすぐにデナシ商会所有の奴隷となったこと。

そもそも、ロッサと家族もろとも奴隷落ちすることになったのは、デナシ商会がロッサ一家を巧妙な罠にハメたことが起因であること。

当時の会頭であったデナシが、ロッサが優秀かつ自身の欲望をそそる異性として美しく成長していくのを見て、自身の秘書兼性奴隷として扱い、都合のいい手駒かつ欲望のはけ口として散々な目に遭わせてきたこと。

そのデナシに家族が殺されたこともあり、仇として付け狙い、自らの身体を差し出してまで復讐の機会を伺い、そして復讐を遂げたこと。

その際にデナシに左目を切り付けられ、醜い傷が残り左目の光を失ってしまったこと。

それにより、ロッサはデナシ商会の会頭となったこと。


そこまでを、ロクサルは淡々と説明していく。


「……そんな、ことが……」

「…………」


想像を絶する程のロッサの過去に、エイレーンもシェリルも言葉が出てこなくなってしまう。


さらにロクサルは続ける。


ロッサと言う名前は、デナシ商会の会頭となってから彼女自身が過去と決別する為に改めた名であること。

先代会頭のデナシよりも優秀であった為、さらに巧妙に罠にハメて奴隷を生み出し、その奴隷を商品として高く売りつけ、商会の売上を伸ばしていったこと。

だが、そこにアシリス商会が台頭して、優良な得意先を次々と奪われたこと。

しかも王家までもが味方についた為、下手な手出しができなくなってしまい、おまけに評判で完全に負けていたこともあって、デナシ商会は一気に窮地に追いやられてしまったこと。

ロッサはアシリス商会の会頭が、かつての幼馴染で親友だったアシリスであると知り、ようやく掴んだ地位を脅かされてしまったことと、かつて自身が奴隷落ちする際に何もできなかったことでアシリスを強く憎むようになったこと。

そこに追い打ちをかけるように、先の第二王妃・第一王子の派閥が一斉に粛清された為、もはや商会の存続すら危うくなってしまい、自身はこんな状況なのにアシリス商会はますます繁盛していることが、よりロッサの憎悪を激しく燃え上がらせたこと。

経営状況の悪化に伴い、部下の求心もなくなり、もはや破滅は免れないところまで来てしまい、それならせめて、と言う思いで教団幹部のマグサをそそのかしてアシリスにも自分と同じ境遇を与えてやろうと企てたこと。


そこまでを、ロクサルは説明していった。


「…………」

「…………」

「……教団同様、デナシ商会のこれまでの悪事の証拠はすでに押収、王家に提出しています。このままなら、デナシ商会も取り潰しは確実…商品となる奴隷も、我が神の宿り木商会が全て買い占めてますし、会頭となるロッサを始め、商会の関係者は全て生涯国の労働奴隷となるでしょう」


そこまでの報告を聞いて、半ば放心状態となっていたエイレーンとシェリルだったが…

何か意を決したかのようにお互いに向き合い、頷き合って…

再度、ロクサルの方へと向き直る。


「……ロクサル君……」

「……ロクサルよ……」

「?……何か?…」

「そのロッサなのじゃが…」

「いずれにせよ、奴隷落ちは避けられないと言うのであれば…我が神の宿り木商会の奴隷として買い受けようと、思うんだ」


シェリルとエイレーンの言葉に、ロクサルは一瞬何を言われたのか理解できなかった。

だが、すぐにその優秀過ぎる程の頭脳を働かせ、少し遅れながらもその意味を理解する。


「……それは、なぜ?…」

「確かにそのロッサとやら、これまでの悪行を考えれば…サンデル王国で犯罪奴隷として沙汰を下してもらうのが一番なのじゃが…」

「ただ…そうするにはあまりにも境遇が…家族を殺された仇に、人生はおろか自らの純潔…さらには左目すら奪われ…皮肉な運命の悪戯で、かつての親友を憎み続けることになるなんて…」

「妾も同じメスじゃからのう……いくら復讐の為とはいえ、憎き仇の慰み者になり続けるなど…考えただけでもおぞましすぎて…」

「……確かに…そう聞かされると、情状酌量の余地はあるかも、ですね…」

「じゃから、妾の方からマクスデル殿とエリーゼ殿にこの件をお願いしてみるのじゃ。無論、ロッサの身柄は神の宿り木商会が責任をもって預かる、と言う大前提の上で、じゃ」

「……しかし、仮にロッサの身柄を預かれたとしても…どのように…」

「ロクサル君、我が神の宿り木商会には、この世を生きる神様…文字通りの守護神様となるリンちゃんがいる」

「!!……そうですね…リン会頭なら、ロッサの心を癒してくれるはずです…」

「そうなのじゃ。リンならば…必ずやロッサの傷つき、凍てついた心を癒して…そのあまりにも幸薄い人生に光をもたらしてくれるのじゃ」


そのあまりにも不幸なロッサの人生に、同じ女性となるエイレーンとシェリルは共感してしまい…

ロッサを神の宿り木商会で奴隷として買い取ることを心に決める。


その発言にロクサルは驚きの表情を浮かべるのだが…

エイレーンとシェリルの、ロッサに感情移入する言葉に納得の表情を浮かべる。


そして、神の宿り木商会にはこの世に生きる守護神となるリンが会頭としていてくれる。

リンならば、ロッサを必ずや救ってくれると…

シェリル、エイレーン、ロクサルは確信を持てるのであった。

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