第57話 暴露

「あら~!リンちゃんじゃない!おはよう!」

「は、はい。おは、よう、ござい、ます」

「まあ!もう納品に来てくれたのね!おばさん嬉しいわあ!」


冒険者ギルド、スタトリン支部が総力をあげてリンの活動支援をすると宣言。

文字通りの運命共同体となった、その翌日。


この日も早朝からギルドの方へと出向いて、自分向けの依頼を探していたリン。

依頼書の掲示板に、昨日パン屋のおばさんと話をした、リンの手作りパンの納品の依頼書が貼ってあったのを見て、リンは即座にそれを受諾。


まだパン屋も仕込みの段階だったこともあり、今なら間に合うと、リンは自らパン屋まで出向いて、納品しに行くことに。


「あら?でも荷物らしいものが見当たらないねえ…リンちゃん、パンはどこ?」

「ちょ、ちょっと、待って、くだ、さい。い、今、出し、ます、ね」

「え?」


そうして、パン屋まで出向いたリンの姿を見て、おばさんは嬉しそうな笑顔を浮かべながら朝の挨拶。

昨日の今日、それもこんな仕込み中の早朝に納品に来てくれたことに、おばさんはそれはもう喜んでいる。

だが、リンがこれと言った手荷物を何も持っていないのを見て、リンの手作りパンは一体どこにあるのかと、疑問符を浮かべてしまう。


リンは、そんなおばさんの様子を気にすることなく、自身の収納空間にある、自身の手作りパンを取り出していく。


「!!え!?え!?リ、リンちゃんなんなの!?これは!?」


何もないところからパンが、まだ何も置かれていなかった作業台の上に次々と出現していく光景を見て、おばさんは顎が外れそうな程に驚いてしまう。


「あ、こ、これは、ぼ、ぼく、の、収納、の、技能、です」

「!!しゅ、収納の、技能!?リンちゃん、そんな技能なんて持ってたのかい?」

「は、はい…!あ、こ、このこと、は、ひ、秘密、に、して、くれ、ますか?」

「?こ、こんな凄い技能のことを秘密に、かい?それはまた、なんで…」

「で、でな、いと、ぼ、ぼく、悪い、け、権力者、とか、に、ね、狙われ、ちゃう、んで…」

「!!」


それなりに親しいおばさんの前とは言え、うっかり【空間・収納】の技能を披露してしまったことに、今更ながらに気づいてしまうリン。

こんな技能を持っている自分だけでなく、その秘密を知ってしまった人間にも危害が及ぶ可能性を考慮すれば、この行為は明らかにリンのミスと言える。


慌ててリンは、おばさんに口止めをするが、おばさんは合点がいっていない様子。

だが、リンから続けて出た一言が、おばさんにリンの今の立ち位置を理解させることとなった。


「そ、それって…リンちゃんが悪い貴族とかに、お抱えされちゃうってことよね?」

「は、はい、そ、そう、です」

「つまり、リンちゃんがこの町から、いなくなっちゃう、ってことよね?」

「そ、そう、です」


リンが、このスタトリンからいなくなる。

そのことを理解した瞬間、おばさんは目の前が真っ暗になってしまうかのような、恐ろしい悪寒が全身を駆け巡ってしまう。


「!!そんなの、おばさんが許すわけないじゃないかい!!よく分かったよ、リンちゃん!!今見たことは、おばさんが墓の下まで持っていくよ!!」

「あ、あり、がとう、ご、ござい、ます」


こんなにもいい子が、この町からいなくなるなんて。

それだけは、何があっても避けなくてはならない。


その思いが、強く猛々しい炎となって、おばさんの心にリンの秘密を生涯護り抜く決意をさせる。


「こんなにもいい子なリンちゃんを、どこの馬の骨とも分からない貴族共なんかに渡すわけにはいかないね!!リンちゃん!!おばさんは、ず~っとリンちゃんの味方だからね!!」

「あ、あり、がとう、ご、ござい、ます。う、嬉しい、です」

「!ま~ほんと可愛いんだから!それと…これがリンちゃんが作ってくれたパンなんだね…」


おばさんの絶対味方宣言に、リンは顔を綻ばせて喜ぶ。

そんなリンを見て、ますますおばさんはリンをよからぬ権力者共から護ると、改めてその心に誓う。


そして、リンが納品してくれたパンを、パン作り職人としてしっかりと見定めようとする。


空腹を刺激するであろう、嗅いでいるだけでその美味しさが伝わってくるような匂い。

保存用のパンとは完全に別物の、もちもちとした感触。

そして、作りたてと言うことがすぐに分かる温かさ。


「……リンちゃん、一つ食べてみてもいいかい?」

「は、はい、ど、どうぞ」


リンの手作りパンの一つを手に取り、リンに一言断りを入れてから、それを食してみる。


ずっとパン作りをしてきた自分が、こんなにも感動できる美味しいパン。

そんなパンを、ざっと五十個も作りたてで用意してくれるなんて。


リンが作ったパンのふんわりとした食感、味、風味、どれをとっても素晴らしいと、太鼓判を押せる。

おばさんは、思わず顔を綻ばせながらリンの手作りパンの一つを、全て食べ終えた。


「リンちゃん!これならお客さんも絶対に喜んでくれるよ!おばさんが保証するわ!」

「!そ、そう、ですか…よ、よかった、です」

「それもまさか作りたてで持ってきてくれるなんて!リンちゃんのその技能、凄いのねえ…」

「あ、ぼ、ぼく、の、収納、は、じ、時間、経過、が、な、ない、ので…」

「!え!?じゃあこのパン、今日作ってすぐに持ってきたんじゃないのかい?」

「そ、そう、です。しゅ、収納、空間、に、い、入れて、おけば、ず、ずっと、保存、できる、ので…」

「…なんて便利な技能なんだい…じゃ、じゃあ今リンちゃんの収納空間には、こんな作りたてのパンがいくつも保存されてるってことなのかい?」

「は、はい…た、多分、せ、千個、以上、は、ある、かと…」

「!そんなにも、こんな作りたてで美味しいパンが…」


リンのパンを試食して、これなら間違いなくお客さんに喜んでもらえると太鼓判を押すおばさん。

それを見て、リンはほっと安心したように一息つく。


てっきりこの日の朝に作ってくれたと思っていたおばさんだったが、リンの収納空間に時間経過がなく、品質そのままで永久に保存できることを聞いて、驚きを隠せない。

そして、リンが作った、作りたて状態のパンが、リンの収納空間にざっと千個以上もあると聞いて、愕然としてしまう。


「!も、もしかして今ギルドで評判の貸倉庫サービスって、リンちゃんの…」

「!あ…そ、その、こと、は、ひ、秘密、に…」

「やっぱりかい!!もちろんだよ!!絶対にリンちゃんの秘密は護るよ!!リンちゃんがいなくなるなんて、あたしゃ絶対に嫌だからね!!」

「あ、あり、がとう、ご、ござい、ます」


そして、ここ数日で町中の冒険者が必須とまでのたまう程となっている、冒険者ギルドの貸倉庫サービス。

聞くところによると、収納も取出もお手軽で、他人に自分の収納物を見られず、しかも出したいものを検索することもできる為、そのあまりの利便性から急速に町中で噂が広まっていっている、とか。


パン屋を営んでいることもあり、おばさんもこの貸倉庫サービスには興味を持っていたのだが…

ふと、そのサービスの仕組みが、リンの技能によるものではないかと、思い当たってしまう。

そして、リンの素直すぎる反応に、おばさんはそれを確信してしまう。


最も、それが分かったからと言ってバラす、などという選択肢は微塵も存在しない。

こんなにも可愛くて頼りになるリンを、権力の魔物から護るとその心に誓っているのだから。


「は~…リンちゃんは本当に凄い子だって、ずっと思ってたけど…あたしが思ってた以上に凄い子だったんだねえ…」

「い、いえ、そ、そんな…」

「何を言ってるんだい!リンちゃんはパン職人のあたしでもほっぺたが落ちちゃいそうなくらい、美味しいパンまで作れるんだよ?そんな子が、凄くないわけないじゃないか!」

「あ、うう…」

「リンちゃん…リンちゃんがよかったら、これからもうちにリンちゃんの手作りパンを、卸してほしいんだよ。そしたらお客さんももっと喜ぶからさ」

「は、はい…ぼ、ぼく、の、作った、パン、で、よければ…」

「ありがとう!リンちゃん!こんなにもいいパンを作って卸してくれたんだ!報酬は弾むからね!」

「あ、あり、がとう、ござい、ます」


リンの底知れぬ力の一端を目の当たりにし、おばさんはますますリンのことを気に入ってしまう。

そして、今回の依頼はお試しの意味も込めての単発のものにしたのだが…

この品質なら文句どころかいくらでも欲しいと思い、今後も継続して、納品の依頼を出すことを決める。

さらには、こんなにもいいパンを卸してくれたと言うことで、報酬の増額まで約束してくれた。


おばさんがとても喜んでくれて、リンの顔に柔らかな笑顔が、浮かんでくる。

これからも、いっぱい美味しいパンを作って、おばさんとここのお客さんの為に持ってこようと、思うのであった。




――――




「み、みんな、元気?」


パン屋への納品を終え、ギルドでの依頼完了報告まで済ませて報酬を受け取ったリンは、その足で孤児院へと訪れた。


「あ!リンおにいちゃん!」

「リンおにいたん!」

「わ~い!」

「リンおにいたんが、きてくえた~!」

「おにいたん!」

「おにいちゃん!」


二日ぶりに顔を出してくれたリンを見て、子供達は心底嬉しそうにリンに駆け寄ってくる。

そして、べったりとリンに抱き着いて、甘えてくる。


「よかった…元気そうで」


怪我も病気もなく、とても健康そうな子供達を見て、リンは安心する。


「あ!リンちゃん!来てくれたんですね!」


そして、この日から冒険者ギルドからの支援で、希望した職員がこの孤児院の子供達のお世話係になることになっていた。

この話が出た時に真っ先に希望を出していたニノが、にこにことした笑顔でリンを出迎える。


「あ、ニ、ニノ、さん。あ、あり、がとう、ござい、ます」

「ううん!こっちこそありがとうございます!リンちゃんのおかげで、こんなにも可愛くていい子達のお世話をさせてもらえるんですから!」


昨日本決まりとなった話であるにも関わらず、翌日からこうしてお世話に来てくれたニノに、リンはたどたどしくも感謝の言葉を贈る。

ニノはそれを受け取りながらも、むしろ自分の方がやりたいことをさせてもらえて嬉しいと、お礼を言ってくる。


ちなみにニノはまだ、ここの住人登録を済ませていない為、ギルドに出勤したエイレーンが一旦ニノをこの孤児院に連れてきて、そのまま一緒に入ることで、迎え入れることに成功している。


「リンおにいたんも、エイレーンおねえたんも、リリムおねえたんも、ロクサルおにいたんも、ニノおねえたんも、みんなみんなしゅ~ごくやちゃちいの!」

「やさしいおにいちゃんとおねえちゃんがい~っぱい!しゅ~ごくしあわせ!」

「リンおにいたん!このおうちつくってくれて、あいがとう!」


子供達は、優しくて素敵なお兄さんお姉さんがいっぱいでとても幸せを感じている。

幼い子供が得られるはずの、年長者の庇護を、受けたくても受けられなかったのだから。

でも今は、この孤児院で暮らせるおかげで、毎日がとても幸せ。


そして、ここにいるお兄さんお姉さんが本当に優しくて、いつも自分達を大切にしてくれて…

嬉しくて、いつもにこにこと笑顔が浮かんでくる。


「ふふ…み、みんなが、喜んでくれて、よかった」


幼い子供達が幸せそうに喜んでいるのを見て、リンの顔にもほっこりとした笑顔が浮かぶ。


「!!(リ、リンちゃん可愛い…あんな笑顔、できるんですね…)」


そんなリンの笑顔に、ニノは心を大きく揺らされる。

幼子達と仲睦まじく触れ合っていることもあり、あまりにも可愛くてついぎゅうっと抱きしめてしまいそうになる。


「あ、ニ、ニノ、さん」

「!!は、はい!!な、なんでしょう!?」

「ちょ、ちょっと、だけ、血、を、も、もらっても、い、いい、ですか?」

「?血、ですか?」

「は、はい。ニ、ニノ、さん、が、ひ、一人で、こ、ここに、入れる、ように、し、します、ので…」

「!い、いいんですか?」

「?だ、だって、ニノ、さん、こ、この子、達、の、お世話、して、くれる、んです、よね?」

「(う、嬉しいです!リンちゃんにこんなに信用してもらえて!こんなこと言ってもらえて!)ぜ、ぜひお願いします!わたし、この子達のお世話、精いっぱいさせてもらいます!」


リンが、ニノの住人登録をしてここに一人で入れるようにすると言い出し…

ニノはその言葉に思わず聞き返してしまう。


だが、本当に純粋に子供達のお世話を喜んでしてくれるニノのことを、リンは純粋に信じ、微塵も疑わずにいる。

それを見て、ニノは自分がリンの身内として認めてもらえたような気がして、本当に嬉しくなってしまう。

そして、この孤児院の子供達のお世話を精いっぱいすることを、心に誓う。


「よ、よかった、です。じゃ、じゃあ…」


凄い勢いで懇願してくるニノを見て、リンはほっとしつつも…

ニノの右手を取って、【医療・施術】を使ってわずかな量の血液を採取する。


「え…今わたし、血を抜かれたんですか?凄い…痛みも全然感じなかった…」


痛みどころか、抜かれたかどうかすらも分からないリンの採血術に、ニノは驚き…

そして、心底感心してしまう。

先輩職員から、リンがかなりの医療技術を持っていると聞いていたのだが…

実際にそれを目の当りにすると、やはりリンが見た目十歳くらいの子供であるだけに驚きの方が強く出てしまう。


そんなニノを差し置いて、採血した血液を使ってニノの孤児院の住人登録を済ませてしまう。


「こ、これで、ニノ、さん、も、ここに、じ、自由に、で、出入り、できます」

「!ほ、ほんとですか!?」

「は、はい。これ、から、こ、この子、達の、お世話を、よ、よろしく、お願い、します」

「こ、こちらこそ!こんなにも可愛くていい子達なんですから、精いっぱいお世話させて頂きます!」


孤児院での子供のお世話、と言う仕事を本当の意味で任せてもらえたと言う実感が、ニノの中で確かに感じられる。

ましてや、ギルドマスターのエイレーンだけでなく、この孤児院を作ってくれたリンにまでそれを認めてもらえたと言うことが、本当に嬉しくてたまらない。


もはや冒険者ギルドにとっては、恩人の中の恩人であり…

様々な改革、そして利益をもたらしてくれただけでなく、いざとなったら職員全員を受け入れ、護ると宣言までしてくれた…

冒険者ギルドの関係者にとってはなくてはならない存在とまでなっているリン。


そのリンからも信頼され、任せてもらえた仕事を全うすべく、ニノはその喜びと共に、親に捨てられた可哀そうな孤児達を目いっぱいの愛情で包み込んで、お世話することを心に誓い、リンに対して宣言するので、あった。

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