異世界チート転移『最も冴えた答え方』

空色凪

第1話 女神様に出逢ってから昇天するまでのお話

 シンイチは受験を控えた高校三年生だ。今彼は夏休みで、ほんの思いつきで隣町にある学問の神様が宿るとか言われていた山を登ることにした。


 30分ほどかけて、シンイチが頂上に着くと、山頂には誰もいなかった。隣町の景色を一望しながら、シンイチはかいた汗をタオルで拭う。


 シンイチは座るための平らな地面を探した。案外すぐに見つかり、シンイチはリュックから家族用の大きめなレジャーシートを取り出して広げると、その上に座っておやつを食べ始めた。


「あの、少しいいかしら」


 シンイチが呆然と眼下に広がる町のパノラマを眺めていると、不意に後ろから声がかかった。それは女性の声に聞こえた。そして鈴がなるようなとても美しい声だった。シンイチは反射的に後ろを振り返る。そこには三人の金髪碧眼の美女がいた。三人はシンイチの方をじっと見つめていた。


「そこ、座らせてくれないかな?」


 一人がそう訊いたが、シンイチは三人の変な格好の方が気になって「え……。あ、はい」という情けない返答しかできなかった。キトンって言うんだっけとシンイチが思案していると、三人はレジャーシートの上に遠慮なく座り始める。シンイチは彼女たちの美貌とその神話に出てくる女神のような服装に終始目を奪われていた。


「あのー。よかったらどうぞ」


 所狭しと並んで座る三人に、気まずさに耐えかねてシンイチがお菓子を差し出すと、三人はそれらを受け取り、遠慮なくボリボリ食べ始めた。


「ありがとう。坊や」


 「坊や?」とシンイチは一瞬疑問に思ったが、驚きはしなかった。そう言われれるのが妙にしっくりきたのだ。


「これ美味しい。ヘラもどう?」

「うむ。これはなかなか」


(今、ヘラって言ったよな。外国の人かな。金髪だし。でも日本語喋ってるから日本人なのか? 見た目は外国人美女って感じだけど。それにしても三人ともあり得ないほど美しすぎる)


 シンイチが一人思案していると、一人が言った。


「ねえねえアテナ。この子でいいんじゃない?」

「そうね。この子なら聡明そうだし、ピッタリかも。パリスは酷かったからねぇ。目先の欲に釣られて」

「何よ。私が悪いみたいじゃない。まぁいいわ。今回もこの私の美貌で一番になってやるんだから」


 シンイチ抜きで勝手に話が進んでいく。ヘラにアテナって、女神かよ、と心のなかでシンイチはツッコミを入れる。三人の美女はシンイチが持って来たお菓子を全て平らげると「ごちそうさま」と呟いてからこう尋ねて来た。


「「「この中で一番美しいのは誰?」」」


 咄嗟の質問に驚いたが、その質問の答えは一つしかなかった。逆にこの答え方以外の正解をシンイチは知らない。


「みなさん美しいですよ」


 シンイチの回答に三人が戸惑い始める。


「我らの美貌を前にしてなお堂々とした物言い。パリスとは比べ物にならない程肝の座った男ではないか」

「そうよね。こんなに美味しいお菓子も喜んで私たちに献上してくれたし、器もかなりあるわ」

「この子なら有耶無耶になった前回の審判みたいな結果にはならないかも」


 ひそひそと喋る美女三人だったが、レジャーシートの上だから、話している内容が筒抜けだった。


 彼女たちの会話からシンイチはある神話を想起していた。パリス審判。簡単に解説すると天界での三美神アテナ、ヘラ、アフロディーテが誰が世界で一番美しいかを決めるため地上に降りてパリスという少年に決めさせた話だ。不和の女神エリスが仕組んだことだったが、もしかしなくてもこれがそうなのではないかと思い始める。三人とも神様みたいな変な格好しているし。


「ごほん。その前に先ずは名乗らなきゃね。私は戦と知恵の女神アテナ」

「私は美の女神アフロディーテ」

「我はヘラ。神々の女王である」


 やはりそうそうたるメンバーだな。シンイチも自己紹介をしなくてはと思い、相槌の後話し始める。


「そうなんですねー。あ、僕は神谷慎一です。よろしくお願いします。あの、これ何かのドッキリですか?」


 シンイチの問いに三人はキョトンとしてお互いの顔を見合うも、少しして首を傾げた。


「ドッキリとはなんじゃ?」

「私も知らない」

「私も」

「えっと……。え?」


 三人の様子からシンイチには嘘をついているようには見えなかった。役者が演技をしているという可能性はあるものの、シンイチは彼女たちの美貌や声、話し方に神性を感じていたのも事実だった。


「皆さんは本当に神様なのですか?」

「だからそう言っているじゃない」


(確かにあり得ないほど美人だけど、本当に神様なのか。もしそうなら、今やっておくべきことがあるのではないか)


「あの! 握手して下さい!」

「いいわよ」

「はいどうぞ」

「うむ」


 シンイチは一人一人と握手した。こんなに美しい女性たちと握手できる機会なんてもう二度とないかもしれないと思ったシンイチは、それはもう大切に噛みしめるように握手した。


「なんだこれ!」


 三人と握手をすると、シンイチは心なしか体が軽くなった気がしたが、どうやら気のせいではないらしい。シンイチは今、宙に浮いているのだ。体から抜けて天空へと上昇していた。これが臨死体験というやつなのだろうかとシンイチは朧気に思う。


「しまった! シンイチくんが私たちの体に触れたことで昇天してしまいそう!」

「追うぞ、アテナ。ヘラ」

「うむ」


 三女神が遥か上空を漂うシンイチのところへやって来た。


「気を確かに。シンイチくん。このままでは本当に昇天してしまいますよ?」

「良いのです。アテナ様。もう良いのです」

「だめだヘラ! 完全に悟りを開いちゃってるよ!」

「うむ。こうなったらアレじゃな」


 ヘラがシンイチの体の元へと向かっていったかと思うと、いきなり誰かにキスされる感覚に陥る。どうやら、ヘラがシンイチの唇にキスをしているようだ。


(そんな千載一遇のチャンス。この身で味合わないと)


「よし。戻っているぞ」

「流石ヘラちゃんのキスね。これで魂も体に戻ろうとするでしょ」


 シンイチは健全な男子高校生なら誰しもが持つであろう性欲にまかせてヘラとのキスを堪能するために自身の体へと必死で戻ろうとした。無事にシンイチの意識は体へと戻り、女神様とのファーストキスをシンイチは堪能した。


「サービスじゃぞ」

「あ、はい」


 どうやらヘラはサービスで長めにキスをしてくれたようだ。ゼウスに殺されないか心配だ。アテナとアフロディーテも戻ってきた。レジャーシートに降りてくる二人の美女神。その様はまさしく女神降臨といった感じだった。


「ふぅー。一件落着ね」

「あの、僕死にかけたんですけど!」

「まぁいいじゃない。お陰でヘラちゃんとキスできたんだし」

「僕のファーストキスだったんですけど!」

 

 シンイチのこの言葉にヘラはムッとした顔をして訊いて来た。


「我のキスは不満か?」

「いえ! 最高でした。ありがとうございます!」

「うむ。ならよろしい」


 一旦落ち着いたところで、シンイチは訊きたかったことを尋ねる。


「そういえば、どうして皆さんは降りて来たんですか?」

「そうだよ。シンイチくん! 今からシンイチくんにはこの三女神の中で誰が一番美しいか決めてもらうの」

「そんなの、答えは決まってますけど」

「ちょっと待って。もう一度改めて確認する前に例のアレしときましょう」

「そうだね。アフロディーテ。いいかいシンイチくん。もしこの私、アテナを選んだらこの世の全ての知恵を授けましょう」


 続いてアフロディーテ。


「もし私を選んだら、世界で一番美しい女性を与えます」


 そして最後はヘラ。


「もし我を選んだら、この世の全てを支配する権利を与えよう」


 三人の話を聞き、シンイチはより一層決意が固まった。シンイチはパリスのような失敗はしない。


「答えは一つです。僕は三人とも世界で一番美しいと思います。誰一人甲乙つけられません。美しすぎて。あと思うのですが、美しいという感覚は人それぞれですので、世界で一番ってものは本当は存在しないんだと思います。ですが、それでもなお、アテナ様、アフロディーテ様、ヘラ様、三人ともが世界で一番美しいと呼ばれるにふさわしいレベルで美しいので、僕は三人全員を選びます」


(よし。言いたいことは全部言い終わった。さて、一体どうなるだろうか)


「そんなの……。そんなの……」


 怒らせてしまっただろうか。シンイチはプルプルと震え始めた三美神を見て心配になる。


「初めて言われたわー!」

「嬉しいわ。私たちみんな世界で一番美しいんですって」

「うむ。一本取られたな」


 どうやらシンイチの心配は杞憂のようだ。三女神ともきゃっきゃうふふとはしゃいでいる。こんなにチョロくていいのだろうかとシンイチは逆に心配になってきた。


「約束は約束だよ。シンイチ。君を世界で一番美しい女性のもとへと連れていってあげるよ」

「それに知恵も与えるわね」


『スキル【全知】を獲得しました』


「あれ? 今頭の中で変な声が」

「なら成功ね」

「我からは万象を支配する権利を与えよう」


『スキル【万物の王】を獲得しました』


(またあの声だ。何が起こっているんだ?)


「では行きましょうか。姫のところへ」


(三女神が急に抱きついて来た。嬉しいけど、また昇天しちゃうじゃん!)


「あの。何してるんですか!昇天しちゃいますよ」

「あなたには天界に来てもらうわ」

「それって僕死ぬんですか?」

「大丈夫。安心して。あなたは死なないわ。あなたはこの宇宙とは別の宇宙に行くのよ。そこにいるミュー・クリスタルっていうお姫様が全ての宇宙の全時間軸の中で存在する全ての女性の中で一番美しいから、その子の所へと連れて行ってあげるのよ」

「そんな簡単にできるんですか?」

「うむ。何せ神が三人もおるんじゃからな。不可能はない」

「しかも、ベストタイミングを見計らって転移させちゃうんだから」


 三人の、あまりにも美しすぎる女神様達の言葉を聞きながら、シンイチは心の高鳴りとともに白い光に包まれて、宇宙よりも高く昇っていった。

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