第49話 行き道

 藤宮・桐嶋・西条の三人は待ち合わせ場所から駅のホームに向かう。今日は夏祭りということもあって、駅のホームに近づくにつれて人がごった返している。見知らぬ人に押されたり、逆に押してしまいそうになったり……。藤宮はこういう人混みはどうも好きになれなかった。


「ひゃあっ!?」


 隣にいた桐嶋が唐突に声を上げ、バランスを崩してしまう。人混みの中で誰かに押されたのだろうか、彼は力なく倒れそうになる彼女に腕を伸ばして彼女の手を取り、自分のほうに抱き寄せる。強引に引っ張ったときの桐嶋はあまりにも軽くて、普段とは違って頼りなかった。


 急な出来事に彼女は目を丸くし、言葉を発することができなかった。ただジッと彼を見つめるばかり。そんな目で見られると、特に何も悪いことをしていないのに彼は罪悪感に襲われる。


「ごめん、とっさのことで……」


 彼の言葉で我に返った桐嶋は、今の状況を把握して頬を赤く染めた。それは異性に抱き寄せられたことに対する恥ずかしさもあったが、藤宮の腕の力強さ、実際に触れて感じた藤宮の体のたくましさが頼もしかったからに他ならない。


(意外と力あるんだ……)


 普段はだらしない彼ばかり見てきたが、いざというときはやる男らしい。


「いいえ、むしろありがとう。おかげで助かったわ」


 早口でそう言うと、桐嶋は急いで彼の体から離れてプイッと顔を背けた。耳まで真っ赤になっている彼女の様子を察して、藤宮はとやかく言うことはしなかった。異性に急に近づかれると恥ずかしくなったり、緊張してしまうのはよくあることだから。その後、桐嶋の足下に目を向けて、彼女が下駄を履いていたことに気づいた。


(どうりでバランスを崩したわけだ)


 人混みの中でなれない下駄を履いていたら、少し押されてバランスを崩してしまうのはよく分かる。ふと西条の足下に視線を移すと、彼女もまた下駄を履いていることに気づく。


(はぁ、なんで気づかなかったかな~)


 自分の観察眼のなさにあきれつつ、藤宮はあたりを見渡した。やがて駅のホームに着く直前、彼は近くに薬局があることを確認してから口を開いた。


「悪い。この後トイレに行っていいか?」

「別に電車はまだ来ないし、行ってもいいよ」


 西条がそう答えてくれたのを受け、藤宮は急いで駆けていった。そして、その場には西条と桐嶋の二人だけが残される。しばしの沈黙の後、西条が口を開いた。


「ねぇ、私たちはどうすればいいと思う?」

「どうすればいいと思うって、どういうこと?」

「二人とも何もしなければ、たぶん今まで通りで過ごせると思うの。宏人君、そういうのに疎そうだから」

「……ああ、そういうこと。確かにそうかも知れないね」


 桐嶋は西条の発言の意図をくみ取り、苦笑いする。お互いなんとなく感づいていたが、まさかこんなにもストレートに聞かれるとは思っていなかった。実際藤宮はそういうことに疎そうと言うか、大して興味を持っていないように感じる。いや、興味を持っていないわけでもないが、優先するほどではないと思っていそうだ。確かに二人とも想いを押し殺して振る舞えば曇り一つない文芸部ができるだろうし、西条とも仲のいい友だちでいられるだろう。最近少し関係が冷えこんでいるが、これを機にまた元通りに修復できるだろう。それが理想かも知れない。ただ……ずっと想いを押し殺すことにどれほど耐えられるか、どちらかが我慢できなくなったとき、悲惨な現実がもう一方に訪れる。


「フフフ、納得してなさそうだね」

「あっ、その、……ごめん」

「全然かまわないよ。それより私こそごめんね、変なこと言っちゃって。この話は忘れてね」


 西条はそう言って顔に笑みを貼り付けて適当にごまかしたので、桐嶋もそれに乗っかって笑うことにした。


「悪い、遅くなった」

「OK、OK。じゃあ行こっか」


 その後すぐに藤宮が戻ってきてこの話はそのまま打ち切られた。彼らはやってきた電車に乗り込み、夏祭りが行われている場所へと近づいていった。その間、西条はずっと藤宮と腕を組んでいた。


(これは一体どういう心境!?)


 女子と腕を組んだ経験など皆無に等しい藤宮は困惑しつつ、かといって腕を振り払うのはためらわれた。それは、西条の豊かな胸の感触が彼の腕にはっきりと感じたからだったりする。


(気をしっかり持て、俺!)


変に意識してはいけない、こちらが顔を赤らめようものなら気持ち悪がられること間違いなしだ。それにしても、先ほどまで特に何もしてこなかった西条がなぜ急に積極的になったのかわからない。ただ、今の状況は彼にとって決して悪いものではないように思えた、というよりむしろよかったので、これまで通り接することにした。

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