第31話

8-4


フロストランドに発注していた船が到着した。

中型船が5隻である。

スカサハ、オイフェ、ウアタハ、メイヴ、エメルと名付けられた。


「……なんか節操なくね?」

ブリジットは言ったが、

「こういうのは気分ですよ」

「てか女神の名前なんてすぐ打ち止めですからね」

「知ってる名前を付けちゃえばいいんですよ」

コルム、ダーヒー、ダブリンたちが口々に言った。

「まあ、いいけど」

ブリジットはポリポリと頭をかく。


5隻の船は早速、運用されることになった。

それぞれ船長が選ばれ、就任した。

モーリアン、ヴァハ、バズヴは港の防衛に当たることになった。

モーリアン、バズヴはアルスター、ヴァハはエルベを担当することになった。

中型船5隻が忙しく動き回って輸送を担当した。

輸送費を安くしたので、依頼がドンドン舞い込んできた。

フロストランドに事情を話して出資を増やしてもらい、運転資金を増やした。

なんとか耐えられるはずである。



「ライアン様、陸運の依頼が激減しています」

ベンが報告した。

「エリンが運賃を安くしたからだな」

ライアンは珍しく、しかめっ面をしている。

「顧客が皆、安い方へ流れたんだ」

「これはマズイ傾向ですね」

スティーブンは顔色一つ変えずに言った。

「でも、こんな安値はいつまでも持ちませんよ」

「普通ならな」

ライアンは言って、肩をすくめる。

「恐らく、フロストランドが背後でバックアップしている」

「まさか、採算度外視で出資しているのですかね?」

ベンが気付いて言った。

「多分な」

ライアンは腕組みしている。

「とりあえず様子見だな」



ディーゴン船団は中型船5隻を活用して、輸送をこなした。

ローテーションを組んで仕事をこなしてゆく。

輸送費が安いのでドンドン依頼が舞い込み、そのうち船の空き待ちになった。

そこで船団では格差を付けることにした。

基本料金より高い金額を出すことで、優先して船に積むということを始めた。


依頼が増えることでコストが徐々に安定してきて、採算が取れるようになってくる。

儲けが出たら、さらに中型船を発注し、増やしてゆく。

これを繰り返して15隻まで船数を増やした。

依頼が一定数までくると頭打ちになったので、それ以上は船を増やすことはしない。

中型船15隻で回してゆく。

大型船3隻は交代でアルスターとエルベの防衛を行った。

これがアルスター、エルベ間のルートを守ることにつながった。

こうして交易ルートを強固にしていった。


交易が起動に乗ってきた。

儲けの額はまだまだだが、黒字になってきた。



逆に陸運の方は仕事が減っている。

同じくらいの金額を払うなら、海運を選ぶ者が多くなっている。

陸運のネックは盗賊であった。

海賊より楽で金も掛からないので、狙うなら陸運である。

これを警戒し、防護するため護衛を必要とする。

それが値段を安くできない理由につながった。

しかも、自分たちで企んだコストアップが逆に自分たちを苦しめることになる。


「陸運業が縮小していますね」

ベンが報告した。

「海運の運賃が安くなって顧客が流れたことで陸運を選ぶ客が減って、さらにコストアップで運賃が高くなっています。

 わざわざ高い運賃を払う客はいません。

 それに国境付近に盗賊が出るので、警護がどうしても要ります。

 この警護代がコストダウンを阻んでいる一因ですね」

ベンは分析結果を説明している。

「……うーむ、これは負けだな」

ライアンは諦めた。

勝つことにこだわるより、負けを認めて別の方法で戦うということだろう。

「ですが、ここで引いてしまうと…」

「鉄道か」

「はい」

スティーブンがうなずいた。

「エリンでは鉄道の運行が始まっています。

 港から直接物資を鉄道に載せられる、大量に物資を輸送できます。

 これを許してしまったら……」

「しかし、これ以上張り合ってもな。こちらの資金にも限りがあるんだ」

ライアンは経営者っぽいことを言っている。



スティーブンが言った通り、輸送量の拡大と増加はエリンに有利をもたらした。

海から潤沢に運ばれてくる物資が徐々にエリン全土を豊かにしている。

物資の中には兵器も含まれていて、マスケットと銃弾が豊富に配備された。

歩兵隊の隊員数も十分に補充しており、隊員の輸送も行える。

これなら、ウィルヘルムが何度押し寄せようと跳ね返せるだろう。

鉄道が兵站を一変させたのだ。


ライアンたちは絶えず情報収集をしており、状況分析を行っていた。

その結果、労力をかける意義がないと判断した。

「エリンをつつくのはやめだ」

ライアンは言った。

「労力に成果が見合わない」

「ですなぁ」

ベンは同意している。

「そうですねぇ…」

スティーブンは力なくうなずいた。

エリンを叩くことを主張していたが、状況が変わってそれができなくなった。

「他のやり方に変える」

ライアンの言葉はベイリー家の方針でもある。

ベンとスティーブンは従わざるを得ない。

「では、チャーリー殿は放置ですな」

ベンが言うと、

「ふん、放っておいても害はあるまい」

ライアンはうそぶいた。



こうした経営者的判断のお陰で、エリンはウィルヘルムのプレッシャーに耐えきった。

メルク戦、エリン戦、どちらもウィルヘルムは勝利できなかった。

攻撃側は防御側に対して使用する労力が大きい。

外界の様々な要因に左右されることもある。

ウィルヘルムの貴族連中は、これまで持っていた自信を失いつつある。


「アナスタシア様、エリンでは鉄道を導入したようです」

アナセンは、ヤコブセン邸を訪れていた。

入手した情報をアナスタシアと照らし合わせるためである。

「はい、聞いています」

アナスタシアはうなずいた。

「我々もそろそろ鉄道の導入を考えるべきでしょうなぁ」

アナセンは言った。

少し決まり悪そうだった。


亡きニルス・ヤコブセンが、フロストランドへ訪問した際に、鉄道の報告をしている。

その時は、メルクの貴族たちはまったく興味を示さなかった。

今頃、興味を示すのは、ニルスに対して申し訳ないという思いがあるのだった。


「……頃合いでしょうね」

アナスタシアは少し間を置いて言った。

彼女は、そのことについては何も言わなかった。

ボーグであるアナスタシアにとっては、メルクの貴族たちは皆、子供のようなものである。

長命なアナスタシアは、実際、アナセンたちを子供の頃から見守ってきている。

アナセンらを慈しみこそすれ、困らせることはしたくないのだ。

「鉄道を導入するとなると、かなりの期間、工事をしなければなりません」

アナスタシアは本題に入る。

「エリンでも半年はかけて工事してますからなぁ、今もレールを敷く作業をしているようです」

アナセンは調査した結果を述べた。

「機関車や客車、貨物車などは1月もあれば建造できるようですが、レールを敷く作業が思いのほか時間がかかるようですな」

「ええ、そのようですね」

アナスタシアはうなずいた。

「そうすると、鉄道が通るルートをよく吟味しなければならないでしょう」

「ええ、聞くところでは土地の起伏には弱いらしいですな」

アナセンとアナスタシアはポンポンとリズムよく話が進んでゆく。

2人とも、事前によく調べてから会談をしているので、議題に対する理解が速い。

「機関車の性能ですね」

「はい、起伏が少なく、そしてできるだけ最短のルートを選びたいですな」

「金額に反映しますからね」

「おっしゃる通りです」

アナセンがうなずいた。

結局、この2人が話すと金の話に落ち着く。

アナスタシアは今でこそ退いたが、以前はメルクの経営者たる立場にいた。

アナセンは今まさに経営者の立場である。

金の話をしない理由がない。


アナセンはメルクの有力貴族を集めて、同じ話をした。

貴族たちは、エリンで鉄道が開通した事を知っており、反対するものは少なかった。

もっともその興味は、主に自分たちがどれだけ儲かるか、に集中した。

アナセンはその辺を心得ていて、

「物資を大量に輸送できれば、輸送コストが今までより下がる見込みが立つ」

と説明していた。

実際、輸送コストは小分けにするよりも、一気に大量を運ぶ方が安くつく。

これを推し進めると、鉄道で大きく輸送して目的地付近で小分けにして配達するという考え方になる。


フロストランドでは既にそういった運用になっている。

それから郵便貨物も多く運んでいる。

郵便制度はまだメルクでは行われていないが、鉄道の導入によりこれが発足することができるようになる。


また、メルクから沿岸沿いに様々な港街をつないで、エルムト、ギョッルを経由し、フロストランド領地を通って、メロウの町へ到着する。

アナセンとアナスタシアが頭に思い描いた路線は、このようになった。


「そうすると、他の街にも声をかけるべきでしょうな」

アナセンは、メルクの貴族連中に話をした後、再びヤコブセン邸へやってきた。

「そうですね、こちらはこちらで建設をするべきでしょうが、同時にフロストランド側からも鉄道を延してもらうのが良いかもしれません」

アナスタシアは構想を語った。

東と西の終点より同時にレールを延してゆき、途中で合流させる。

そうなると、西のフロストランド側からの建設は別資金になる。


・フロストランド

・エルムト、ギョッル、及びビフレスト

・その途中の港街

・メルク


それぞれのパートを担当する形だ。

それぞれのパートだけ建設すれば良いのが利点だ。

欠点はどれか一つの場所が金を出し惜しみしたら、途端に計画が頓挫するということだ。

そして、大概、現実というのは理想とは違うものだ。


「しかし、一つの場所が金を出し惜しみしてしまえば、フロストランドまでの線路はできません」

アナスタシアは言った。

その場合の救済策を考えていたらしい。

「ふーむ、その可能性が高いと言うことですかな」

アナセンは肩をすくめる。

「それを防ぐには鉄道を運営する組織を作ること、でしょうね」

「なるほど」

アナスタシアが案を述べると、アナセンはうなずいた。

「それをメルクで結成するということですか」

「ええ、それぞれに任せるより、自分たちが制御できる組織を使って建設・運営を行う方がマシでしょう」

「なるほど、どの道、運営を担当する組織は必要ですからな」

「はい、建設・運営の両方を行う方が効率は良くなりますし、各場所で技術レベルの差が現れるのも防げます」

「つまり、各場所が面倒臭がる可能性が高いと?」

「……その可能性はあります」

アナスタシアは微笑んだ。

「裏を返せば、メルクの都合に応じて好きに制御可能だということですね」

「しかし、その分、持ち出しが大きくなりますな」

アナセンは言った。

「それはそうです。労力も出さず、努力もせず、金を儲けるなどという事はあり得ません」

アナスタシアは返す。

目が笑っていない。

「ですが、利益を出せば得られる儲けは独占できますよ」

「ふーむ」

アナセンは考え込んでいる。

「運営は我々がやるとして、関係組織に出資を求めるというのはどうですかな?」

「よいんじゃないでしょうか」

アナスタシアは、うなずいた。

「そういえばエリンやアルバの船団も似たようなことをしてましたね」

「ええ、それを真似てます」

アナセンは言った。

「我々は出資を受けることで資金増大し、活動を拡大できます。

 関係組織は金を出すだけでなく、意見を反映できます。

 それぞれ利点がありますな」

「欠点は?」

「エリンやアルバが出資者に逃げられておりました。出資金を短期間に引き上げられると弱いですな」

「出資金を引き上げられた後はどうなったんです?」

「フロストランドに泣きついて出資してもらっております」

アナセンは肩をすくめた。

「結局、金を湯水のようにもっていて、それほど出資していることを気にしない出資者でないといけませぬ。

 出資の大部分60%は自前として、30%くらいは必要ですかな」

「じゃあ、フロストランドに出資してもらうしかないじゃないの」

アナスタシアはムンクの叫びのようなポーズを取っている。

「ですので、よろしくお願いします」

アナセンはニヤリとした。


アナスタシアは魔法の石を通して、スネグーラチカに連絡を取った。

出資の話はまとまった。



フロストランドが出資したので、他の街も出資をすることになった。

安定した出資者がいる中で、少額出資をして配当をもらう気だ。

いつでも出資金を引き上げられるという安心感がある。


その中で、ビフレストは鉄道にかなり積極的であった。

東でメルクが運営会社を経営するなら、西ではビフレストが運営したいということだ。

ビフレストの領主、ウンタモ・ホロパイネンが乗り気である。

「メルクが鉄道会社を経営するなら、我らもやるべきだろう」

「対抗意識ですか?」

部下のピエトリがつぶやくように言った。

「それもある。だが、誰かがやらねばならぬことだろう?」

ウンタモは自分の言うことに酔っているようである。

「それはそうですが…」

ピエトリは何やら言いたそうだ。

「出資金を集めるぞ!」

「上様、まずは我らが金を持たねばなりませぬ」

意気込むウンタモに、ピエトリが言った。

「出資者を募るのは構いませぬが、それはプラスアルファとせねば」

「うむ、そうか…」

ウンタモは口を尖らせた。

「聞くところでは、エリンやアルバではウィルヘルムの出資を受けましたが、一度期にその出資金を引き上げられてしまったそうです」

「なに!?」

「そうなれば会社は瓦解します」

「うーむ、そうならぬよう自分たちで多く金を持たねばならぬのか」

「はい」

ピエトリはうなずいた。

「約半数以上は自分たちの金でなければいけませぬ」

「難しいものだのう」

ウンタモは面倒臭そうにつぶやいた。


ピエトリは、さらにその部下のヘルッコとイルッポを使って情報収集をしていた。

エリンとアルバでの出来事を調べて、対策を考えていた。

自分で資金を多く持っておく。

出資金は少量を数多く集める。

いつ出資金を引き上げられても問題がないようにしておく。


①60%を自分の出資金。

②30%をフロストランドの出資金。

③残り10%を少額の出資者群の出資金。


というように配分しておく。

もちろん、②枠は「おいそれと出資金を引き上げない者」なら、フロストランドでなくてもよい。

今の所、②枠に適した組織団体がフロストランドしかないということだ。


エリンとアルバの失敗を見て、後から出資金を導入する組織団体は、この形式を採用するようになった。


ウンタモはピエトリのアシストを経て、鉄道会社を立ち上げた。

鉄道と同時に郵便制度も開始する。


これはフロストランドの真似である。

エーリクの入れ知恵だ。

エーリクはフロストランドに雇われているビフレスト人で、アールヴ隊とともにビフレストをメインに様々な活動をしている。

郵便制度を導入することで情報伝達速度を高める。

無線がないこの世界では、伝令が唯一の連絡手段だ。

それが鉄道という輸送手段により、大量に情報伝達が可能になる。

フロストランドを中心に、ビフレストやその周辺都市の間で情報網が作り上げられるということだ。



「どうやら、メルクやビフレストでも鉄道を建設し始めたようです」

ベンが報告した。

「ふん、エリンの動きを見て導入し出したのか」

ライアンは鼻を鳴らした。

自分も様子を見て上手くいくようであれば導入しようと考えてるくせに、である。

「これはいけませんね」

スティーブンが顔をしかめる。

「鉄道による輸送網が作られてしまいます」

「というと?」

ライアンは聞いた。

ピンと来ないのだった。

「メルクからフロストランドを経由して、エリンまで物資が自由に行き来することになります」

スティーブンはさらに言った。

「すると、どうなるのだ?」

ベンが聞いた。

同じくピンと来ない。

「すると、兵器など戦略物資が絶え間なく送り込まれることになります」

スティーブンは答えた。

「それから兵士も輸送可能です」

「増員ができるようになるということか」

ライアンの顔色がさっと青くなる。

スティーブンの言いたい事に気付いたのだった。

「では、どうやって妨害する?」

「はい、鉄道はレールというものの上を走ります。それを破壊するのがよろしいかと」

スティーブンは献策した。

「破壊には爆薬を」

「なるほど」

ライアンはうなずいた。

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